獅子の天敵、現る
普段のカナンが唱えている呪とは明らかに違う文言の呪を唱えて暫く、突如カナン称する『デカ虫』なる≪異形≫の攻撃が止まった。デュランタがカナンの方へと振り返れば、カナンもまた石の様にカチリも固まり、自身を支えられずにその場に倒れた。
それと同じように、≪異形≫も中空から落下しその形のまま転がっている。
(……これがカナンの言ってた『手』か…)
デュランタはカナンの心配をする事もせず、≪異形≫の突然の異変に動揺する事もせず、カナンの手から転がった長刀…、正確にはその柄にあるものに注目した。
(……エレスってカナンの奴は呼んでたけど…、あの施設にあった筈のヤツか?)
そうデュランタは頭の中で呟き、再度、そのエレスがもたらした状況を眺める。
カナンと≪異形≫の双方がまるで置物にでもなってしまったかの様にピクリともせず固まっていた。
(…、とりあえずは…だ)
「不良品が…。」
そう辺りに聞こえる位の声量で言うと、デュランタは身動きが取れない≪異形≫に向かい、念のため鐵で出来た投げ斧を投げつけた。
抵抗らしい抵抗も出来ずに≪異形≫は音もなく崩れ落ちた。先程までの無限とも思える再生力など無かったかのようにあっさりと朽ちる。
灰のように崩れながらも、僅かに残る残骸…、およそ子ども位のサイズの燃えかすのような塊だけが残っている。
そんな≪異形≫の残骸をデュランタは沈黙したまましばし眺めた後、投げた斧を拾い更にもう一度斧で打てば、残骸は霧散した。
獅子の覆面を被っている為、漆黒の華以上に表情が分かりにくいが、僅かに見える瞳は酷く複雑な色を帯びている。
トンと斧で軽く肩を叩き、首を鳴らしながらデュランタは辺りを見渡す。
他の≪異形≫らしき存在は感じず、倒れ伏す面々は意識がないようだとデュランタは考え、カナンの方へと歩み寄る。
「………。」
デュランタはジッとカナンを見つめた。固まったままのカナンも意識を失っている様に見える。
今の状況ならばカナンを連れ帰っても問題はなさそうではある。が、
(……、さて、どうするかね。)
デュランタは悩んでいた。
果たしてこのままカナンを見逃していいものか、と。
(完全に遮断されているらしいこの状況なら……確実に消せるんだよな…。)
そう理解していながらもデュランタの心に迷いが生まれる。カナンに対してデュランタはそれなりに友情や親愛の情を持っていたからだ。
(今まではどっちか分からない状況だったが………、ほぼ確定なんだよな。)
デュランタは自身の本来の役割を考えれば仕方がないかと、そう諦めた。
「……恨んでくれて構わねぇよ?その権利がお前さんにはあるからな。」
茶番劇の途中ではあったがデュランタとしての言葉が口から溢れた。
彼はカナンの事情をアイシャ以上に知っているからだ。
カナンに非は全くない。完全な被害者でしかないのだ。だからこそデュランタは言葉を続けずにはいられなかった。
「許してくれ…なんて言わないし、分かってくれとも言えない。ただ、この世界の為なんだ…。済まねぇな。」
カナンに深い謝罪を向けた後、デュランタは覚悟を決め手に握った斧をカナンへと振り下ろそうとし―――
『主がもたらすは裁きの一撃――ッ!』
高らかに辺りに響き渡る声にデュランタは反射的に大きく後ろへ跳び、臨戦態勢に入る。それより少し遅れて晴天にも関わらず雷がデュランタのいた場所にピンポイントで落ちた。
「げ…、んンッ、雷鳴の騎士か……、――ッ!?」
その正体を察し、つい口から出た驚きと面倒くささの入り雑じった声を誤魔化しながら、何事も無かったようにデュランタは呪の聞こえた方に顔を向けようとした。
しかし、すぐ間近に強い殺気を感じ、咄嗟にデュランタは持ち上げていた斧を自分の首もとまで下ろす。――ギィンッ!と金属同士が強くぶつかる高い音がデュランタの耳元に響いた。
「……驚かせてくれる。まさか意識があったとは思わなかったぞ、―――炎の拳神。」
雷鳴の騎士に気を取られていたとはいえ、存在を悟られることなく攻撃まで許した事に、落ち着いた口調に反してデュランタは心底驚いていた。
(あっぶね~…、殺気が無かったらホントにヤバかったわ……しっかし…)
デュランタは自身に襲いかかった武器を確認する。
いつの間に手にしたのか、先ほどカナンが握っていた長剣だ。
(拳神の奴、剣もイケる口か…。)
たった一撃を防いだだけだが、僅かに痺れる腕の感覚でその太刀筋は生半可な腕ではないとデュランタは察した。斧で防げたから現状無傷ではあったが、この斧が無かったらデュランタの首は綺麗に切り落とされていた。
(剣の腕もそうだが……、凄まじい殺気だな。…コイツ、本当に神職者か?)
戦慄を覚えながらデュランタは斧を構え直し、拳神サージェスと雷鳴の騎士の両方に警戒する。
サージェスの方はカナンを庇うように倒れた彼の前に立ち、右手で長刀を構え左手を握り込んだ。剣と拳のどちらでも攻撃出来る体勢を取っている。
雷鳴の騎士の方は何故か髪をかき上げながら気取ったポーズを取り、
「フッ…、敵の前でおねんねとは…少し弛んでいるんじゃないか?冬将軍。」
そうサージェスに煽る様に声を張る。
「………、とりあえずは、何故ここにいる?とでも聞いておくか。…グラナト。」
油断なく構えているサージェスではあったが、心底疲れきった様子で雷鳴の騎士グラナトへと問う。おそらくは虫型≪異形≫の攻撃を受けた後だからだけではないだろう。
「愚問だね。」
そう告げ、雷鳴の騎士は「ハッ!」と高い岩場から軽やかに飛び降り、クルリクルリと回転しながらこれまた気取ったポーズで着地をした。
緊迫していた筈の空気が微妙なものに変わったとデュランタとサージェスの両名は感じた。
「ロマンスある所にグラナトあり!と、云う事位知ってるだろう?」
キラリとした爽やかな笑みを浮かべ、雷鳴の騎士…、別名、恋の戦士グラナトの奇妙な理由に、
(………知らねぇよ…)
デュランタの目が死んだ。
12月より少し落ち着いてきたので、出来うる限り更新するようにしたいと思います。




