舞台を荒らす造花 其の四
炎を纏ったシディの長剣がカナンの左肩へと沈む。
―― チッ!この角度じゃ無理か… ――
長剣はほぼ垂直に腕と肩付け根辺りに食い込んでいた。この角度だと腕を斬り飛ばすしか出来ないが、闇の剣を失くすだけでも価値はあると思い直し、そのまま断ち斬ろうと長剣を押し進める。
が、
―― 動かねぇ!? ――
一瞬、シディの頭の中に時間切れ、という言葉が過った。確かに体感的にかなりの時間が経ったように感じはする。だが、まだ制限時間までには猶予がある筈だった。シディは未だ滾るように巡る≪異能≫を、更に長剣に注ごうとするが変化はない。いや、確かに炎は強大になり、剣へと絡みついているが、カナンの肩口に入り込んでる箇所が、再びはらはらと力が散り行く気配を感じる。
「クソッ!ならこっちならどうだ!!」
肩から長剣を引き抜き、直ぐ様頭へと長剣を振り下ろそうとした時、
『ギュオぉオォ――――』
辺りを振るわすその奇声の方へ、シディは慌てて視線を向け、思考が一瞬停止した。
「何だと……。」
そこにはいつの間にかエレスの拘束を手解き、自由を取り戻した≪異形≫の姿があった。
エレスの能力を分散し過ぎたのかと考えて、直ぐに違うと否定した。それも理由の一つかもしれないが、根本は違うと考え直す。
最初に見つけ、拘束した時とその存在感が明らかに違いすぎたのだ。
危険を知らせるようにドクドクと自身の心臓が早鐘を打つ音が頭に響いてくる。今の今まで殺しあっていたカナンの存在が一瞬薄れたが、直ぐに思い出し、慌てて止めを刺そうと剣を振るった。
しかし、
『ギュぁアァあァァ――ッ!!!』
再度奇声を≪異形≫が発したと同時に、カナンの首を刎ねようとしたシディの剣がカナンの首に届こうかというところで止まる。
薄皮一枚程の闇の壁がカナンの体を守るように阻んだのだ。カナン自身がその闇の壁を創ったのかと思ったが、肩を押さえながら≪異形≫をボンヤリと眺めているだけで、特に何かしたようにも見えない。
―― まさか、守ったと言うのか?≪異形≫ が!?――
シディは≪異形≫に視線を戻した。
改めて観察するが、見た目には変化はあまり感じられない。子どもぐらいのサイズ、カマキリやバッタのような形。青や紫やらが入り混じった色合いに若干黒が混じったような気もするが、それも気のせいかもしれない程度の違いだ。
だが、やはり最初に見つけたときよりも明らかに強大な存在を放っている。今までに≪異形≫と戦ってきたことは何度もあるが、これ程の重圧を放つものを見たことなどない。
―― どうする、もう一度エレスで拘束してみるか!? ――
カナンへちらりと視線を向けるが、カナンの意識は≪異形≫に向けられているのか、反応はない。押さえている肩から流れる血の量を見て、致命傷ではないが身動きは取れないようだ。
シディは≪異形≫の方に専念すべきだと判断する。
―― 何がなんだかわからねぇ、だが、コイツは放っとくのは確実にヤバい ――
一旦退く事も考えたが、逃げきれるかもわからない。
この場にいるのはシディとカナン、そしてアレイシアの三人。この≪異形≫が本当にカナンを守ったとしたら、確実にシディを追って来るだろう。
―― 仲間の所まで連れていくわけにもいかねぇ ――
エレスの力を行使しようと長剣を構え直した。
「……ゃめろ……」
小さな声が耳に届く。
舌打ちしながらカナンの様子を伺う。
カナンが立ち上がろうとしているのが見えるが、出血のせいか直ぐに膝をついたのを見てホッとする。
「…これ以上のイレギュラーは勘弁しろよ。」
シディは剣を振りかざし、≪異形≫を無力化する為の呪を唱える。
『アイディークンツァイトエリア3vコウソクパスワー…』
『ギュぁアァあァァ――ッ!!』
今度は≪異形≫の方が雄叫びのような咆哮を上げ、周囲に闇が広がり始める。
『―――ッ、…ワードセイメーヨカスメヨエレス!』
動じながらもなんとか呪を唱え終えたシディは仄かに光を放つエレスを≪異形≫へと向ける。エレスから光の粒が零れ異形へと降り注ぐと一旦≪異形≫の動きが止まる。
『ゥヴ――ッシャアァァぁ―――!!』
しかし、無抵抗で囚われた最初と違い、今回は動きを止められても尚抗うように吠える≪異形≫。それに応えるようにカナンからも≪異能≫の力が膨れ上がっていくのに気づいたシディは声を荒げる。
「くそッ!今度は何をしやがる気だ!!」
≪異形≫を拘束し直した今ならばと再度止めの一撃を繰り出そうと長剣を大きく振ろうとする前に、
『ッああァぁ―――!!』
左肩を押さえながらもカナンが≪異形≫と同じように叫んだ。孕んでいた≪異能≫の闇が叫び声と共に揺らぎ始める。
「っぐぅ―――ッ!」
拘束した筈の≪異形≫と同じような重圧を感じ、シディは思わず怯んだ。
カナンの周りを囲う闇の揺らぎが大きくなるのに呼応するかのように、昆虫の姿に似た≪異形≫存在感が再び大きくなっていく。ほの白い光を発していたエレスが一瞬目映く光を放ち、
―― パチンッ ――
そんな音を立てて光が消える。
そして――同じく≪異形≫の拘束も消えた。
「……最悪だな。こりゃ、帰ってから確実にセレスに馬鹿にされるパターンだ。」
シディは最初にカナンを殺していればと、今更ながら悔やんだ。
自身の油断のせいでこんな状況に陥ったと知られたらと仲間の反応を想像してうんざりする。
……………無事に帰れればの話だが。
―― 例え死んだとしても、その前にエレスだけはクンの元に返さなくては… ――
シディは長剣の柄を強く握りしめた。




