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悪花狂乱  作者: 謙作
第四章 アヴィリナイト始動

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華と造花と過去の欠片


 俺と紛い者と剣を交えて5分程度経っただろうか。この短時間でも理解した。この男もリンドウと同様、かなりの使い手のようだ。とは云えラナンキュラスの時しか使わない大鎌で対応するには難しそうだが普段使いの短剣ならまだ対応出来そうではある。

 先程の強大な炎を視て思い出したが、あの時の劇場で俺に手を貸した謎の≪異能持ち≫だ。…ということはあの時の黒ずくめの年若い男か。同じ炎の使い手の炎の拳神よりも能力は随分上回る気がする……。

 一体何が目的でこんなふざけた事をしているのだろうか。≪異能≫を使う素振りも見せない事も疑問だ…と言いたいところだが、口元に浮かぶ笑みがこちらを侮って遊んでいると見て取れる。おそらくアレイシアの俺に対しての態度から俺が能力を持たない単なる一般人と思っているのだろう。

 ならば不意打ちで≪異能≫を使えば追い払える可能性もあるが、アレイシアがここに居る今、≪異能≫を使うことも出来ない。さっきの命が危険な状況の時ならばともかく、今の状況なら隠しておきたい。


 「フッ、こっちの大陸にもなかなか腕の立つ奴がいるな。大した動きだ。」

 ギィン、ガィン、と何度も剣を打ち付け合う事数度、俺の心中など知る筈もない男は嬉々として上から目線でそんな事を呟く。

 「……そいつはどうも。」

 淡々と短剣をクロスした状態で剣を受け止めながらも答える俺に口元に浮かんでいる笑みを深めた。

 …いやに癇に触る笑いだ。いっそ胸くそ悪いと言ってもいい。

 明らかに優位に立ってる奴が相手に合わせてやっている、みたいな優越感が無性に苛つかせてくる。……思い出したくもないナニかを思い起こさせてきて……。


 「……鬱陶しいな…。」

 

 らしくもなく落ち着かない異常な精神状態に、この時の俺は気づいていなかった。


 直線的に振り下ろされた長剣を左で握っている短剣そらす。返す剣で下から斬り上げてくる動きをバックステップで避ける。その反動で紛い者野郎の背中が一瞬がら空きになるが、それはわざと(フェイク)だと判断し、追撃せずに軽く後ろへと退くと、その直ぐ後に紛い者野郎が重心を後ろ下げたと同時に先程の反動を利用し大きく円を描くように長剣を横薙ぎに一回転した。

 その俺の動きを見て紛い者「ほぅ。」などと感嘆の声を上げて、再度構え直した。


 結構な時間が経ったように感じるが、擬き男の動きに鈍りはない。お互い様子見の状況だからか無為に時間のみが過ぎていく。紛い者(アチラ)が何を考えているのか分からないが、疲労困憊のアレイシア(お荷物)がいる以上下手は打てない。

 武器のみでの戦いとは言え殺す気でかかっていけば状況は大きく変わるだろう、……最悪な方へ。この擬き男(異能持ち)は手前勝手なハンディをつけてるだけなのだ。本当に危険な状況になれば躊躇う事なく≪異能≫も使ってくるだろう。そうなればこちらとて≪異能≫で応戦せざるを得ない。

 アレイシアの方の様子も気にはなるが、そちらを確認出来る程の余裕までは今のところない。アイツがここから避難してくれれば躊躇うことなく≪異能≫を使って叩きのめしてやるってのにッ…。

 ある種の膠着状態に唇を噛みながらどう手を打つかと考えながら短剣を振るう。


 ―― いっそ能力を使ってしまえばいい… ――


 そんな短絡的な考えが俺の心に囁いてくる。

 バカか、あの状態で≪異能≫を使うことなくやり過ごせたってのに。後々絶対に面倒になるその方法を選択するのは今じゃない。そう自身の言葉に却下し、他の選択肢を探す。


 ―― 何か方法はないか…、この男を退かせる方法は ――

 

 何か紛い者野郎の隙でもつけないかとサッと男の全身を一瞥して、ある一点に目が留まった。

 紛い者の長剣、その鍔の近くに装着されているナニか…、飾りと呼ぶには武骨な金属……なのかはよくわからないもので出来た不可思議な色味のソレ。


 ―― 俺はソレを知っている…… ――


 大きく後ろへと跳び退き間合いをとり、構えを解くと紛い者野郎も俺につられたのか長剣を下ろした。

 「…?おいおい、へばったの」

 「テメェ、何でそんなものを持ってる。」

 急に動きが止まった俺に紛い者は不満そうな態度を見せる。何か声をかけてきたが、その言葉を聞くつもりもない俺は被せるように男にだけ届く程度の声量で問う。微妙な距離だがアレイシアに声は僅かに聞こえても内容までは聞き取れないだろう。

 「チッ、…どいつもこいつも人の話を最後まで聞かねぇな。お前に教える義理」

 「何者だ、何でソレを持っている。」

 不機嫌な声に再度被せて問いかけると紛い者野郎は表情こそ見えないものの、あからさまに不愉快になったのか、

 「だから、最後まで聞けよッ!!」

 と長剣を俺に振る。成る程、吐く気はねぇってか。俺は軽く背を仰け反らせる事でそれを避け、間合いを取る。

 本来ならばこの紛い者…いや、アヴィリナイトとやらの情報だの目的だのが分からないため追い払うか、俺たちが撤退する方法を考えていたんだが…。


 ―――状況が変わった。


 今はカナン(オフ)の時間だ。…まぁ通常ならば用心棒の仕事がある筈だが劇場も休みだし、やるべき事はないのだからその扱いで構わない筈だ。だから、俺の自由時間というヤツだ。

 かつて媛さんがそう俺に教えたのだ。自由時間(オフ)は自分のしたい事をする時間だと。普段の俺なら安酒飲んで時間を潰すか、(ねぐら)で寝てるかしてる位しかないが、今は明確にすべき事がある。

 目の前のこの男から聞き出さなければならない事が出来たのだ。

 …こんな代物を持ってる奴らなんざろくなものじゃないだろう。ならば――


 ―― 力ずくで吐かせても構わぬだろう? ――


 そんな心の欲望()の囁きに身を任せる。

 ≪異能≫を使わない位の冷静さは残っている。いや、今の俺に≪異能≫を使っての手加減は出来ない気がしたのかもしれない。俺は順手に持っていた短剣を逆手に持ち直し、先程よりも身を低く構えた。

 先程までの様子見などと言ったぬるい考えは捨て去る。相手に炎を使う余裕も与える気はない。幸い油断しきって勝手にこちらの戦いに合わせる愚か者(馬鹿)だ。

 紛い者の持つソレがどういった代物なのかは分からねぇ…しかし、確かにソレは()()()に視たのだ。


 ――10年前、かつて俺が実験動物として扱われていた『創成(そうせい)学舎(まなびや)』と呼ばれた場所で――

 


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