天然の運ぶ厄介な状況
奇妙な天然?女、アンに無理矢理連れられた場所は一般的な大衆向けの食堂だった。
いや……、一般的なと片付けていいのかわからない部分が一つある。
「……"光の奇蹟の人御用達"…?」
堂々とそう書かれたのぼり旗が入り口に置かれていた。
一瞬、中に入るのを躊躇うと、アンは俺の右手を掴んだまま「どーぞどーぞ」と中へと進んでいく。
ちなみにやはり振りほどけなかった。
食堂は昼飯を食うには遅く、夕飯を食うには早すぎるといった微妙な時間帯にも関わらずなかなか賑わっている。
「はいよ!"炎の奇蹟!?ステーキ"お待ち!!」
「すいませーん!この"豊穣なるサラダ"一つとー……」
「あ、あの…"恋の魔法ふぃず"お願いします。」
………そんな言葉が店内を行き交う。
何だか色々ツッコみたい様な、決して関わりたくないような不思議な心地にさせられた。
「いらっしゃいませぇ!食堂アラカルティにようこそぉ!!」
無理矢理引きずりこんだアンがそんな言葉をのたまう。
「……お礼と称しながらここまで迷惑な客引きを堂々と行うとはな。」
俺がジト目を向ければ、
「え~、違いますよぉ!ここぉ、私のバイト先なんです~!!」
ブイ!と言いながら何故か指を二本開いて立てる。
「お礼ってゆーのは、ここのご飯を1品奢ります!って事でぇ…。」
「安いな、あんたの礼は。」
別に礼が欲しかったわけではなかったのだが、つい口をついて出てしまった。
俺の言葉にシュンと項垂れ、「すみませぇん。私の給料ではこれ以上は~………。」と謝罪をしてくる。
なんだか俺が酷い悪党になった風に感じるので、悪かったと返し、
「貧しいヤツからそんな礼を期待した訳じゃないし、あんたもそこまで困ってたわけでもないんだろ。気にしないでくれ。」
そのまま席を立とうとしたが、瞬時に膝裏に軽い衝撃が加わりガクリと崩れたと思いきや、固い床の上ではない弾力あるクッションが俺を受け止めた。
「そーゆー訳にはいきませんのでー!」
いつの間にやら背後に椅子の背を握るアンが立っている。
俺が気づくことすら出来ない瞬間に、立ち上がろうとした椅子を後ろから押して無理に座らされたのだ。
……なんとなく察したのだが、この女…常人離れした身体能力を保持しているようだ。
技術ではなく純粋にフィジカルが凄まじい。
あの酔っぱらいを軽々と投げたのも、俺に気づかれることなく俺の手を掴んだのも、振りほどこうとしても全くほどけなかったのも、異常すぎるこの女の物理的な≪能力≫である。
このアンも≪奇蹟の人≫なのか?
そう疑問に感じたが直接そう問いかけたら怪しまれるだろう。
「……ここは、教会が経営してるのか?」
とりあえずは不自然じゃない質問をしてみる。
「え~?教会とは別に関係ないですねぇ。」
アンも特に疑問に思った様子もなく答えた…って……、
「別に関係ない?」
こんなに堂々とメニューに名前を入れといてただの熱心な信者とかでもなく、関係がないのか?
俺の疑問が通じたのか…、いやたまたまか?アンはニコニコしたまま頷きながら、
「はい~、親父さんは別にフォルソーン教じゃないですしぃ、教会とは~全く、これっぽっちも、全然………ん?いや~なくもなくない……?」
何故か途中で迷走した。
この女…大丈夫なのか?
「ん~…、やっぱり教会とは~、関係ないですねぇ。」
人差し指を顎にあてて、視線に宙を向けて考えながら答える。
果たして信用していいのか……いや、別にこの女を疑っているのではなく、この女の頭を疑っていると言うべきか…。
唸りながらも差し出してきたメニュー表を手に取る。
パラパラとめくると大衆食堂らしく、読めれば上等と言った文字で料理名と料理について簡素な説明書きが書かれている。
問題の教会に関わるメニューだけは異色だ。
料理名は≪奇蹟の人≫と関わりがありそうな雰囲気だが、説明書きには"思うんじゃないか!?"だの、"かもしれない!!"だの、"っぽい感じ!!"だの、可能性を示唆するだけで断定はしていない文章で構成されている。
確かに教会とは関係がなさそうだ、というか…、
―― スゴいな、ここまで教会の名前を使って商売しようとしている店は見たことがない ――
その商売根性に素直に感心した。
……ただ、途中メニューの中で気になるものがある。
"光に輝くオムレツセット!!"とやらに関しての説明文に"光の神子の大好物!!"とハッキリと記されている点だ。
さっきののぼり旗といい、このメニューといい、光の神子に関しては断言している…。
確か、随分と前に≪奇蹟の人≫たちの情報共有とかで、資料を読まされた。
豊穣の聖女は孤児だとか、炎の拳神は王国の神官だとかあったが、アレイシアの家は確か………、
「はーい!オムレツセットお待ちー!!」
やたらと聞き覚えのある声を聴きながら思い出した。
―― 大衆食堂をやってたんだったな ――




