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悪花狂乱  作者: 謙作
第四章 アヴィリナイト始動

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黄昏る華と厄介事への入り口


 舞台の幕を洗濯した後、劇場の裏手の広場へと運んだ。

 開けた風通りのいいこの場所は、こうした舞台の幕だけでなく、劇団員の衣装などを干したり、大道具を修理したりと多種多様に使われた場所だ。

 見晴らしがいいので、誰かが来ればすぐに分かる。

 「そういやお前、あの仕事用のラナのマスクどした?」

 だからこそデュランタも舞台にいた先程の様にぼやかした物言いはやめたのだろう。

 でかい桶に水を張り、舞台の幕をそこに浸して地道に手でガシガシと二人がかりで洗いながらそう問いかけてきた。

 「ああ、……………。」

 デュランタの質問に俺はしばらく記憶を掘り起こすため沈黙する。


 ―――思い出した。

 「あの黒い獣の時に失くしたな。あのリンドウに殴られた後辺り…か?」

 フジを人質にした後、突っ込んできたリンドウに殴られた際にマスクが飛んでいったのだ。

 確かあの後劇場には戻らなかったからそのままだ。

 「ホールにそのまま落としたままだったけど…誰か拾ってくれたんじゃないのか?」

 観客たちはあの位置にはいなかっただろうし、その後も劇場はすぐに修復作業をしてたんなら劇団員やスタッフの誰かが拾ってくれたんじゃなかったか。

 「…いや。ホールの片付ける時は外部の奴いれなかったからな。舞台でも使ったから誰か拾ったら俺のとこに来る筈だが……。」

 顎に手を当ててデュランタは考え込む。

 捨てられたのだろうか…?

 まぁ、もうあんな目立つマスクは使う気も起きないんだが。

 「新しいの作っといてくれ。」

 別に興味もないのでそう注文すれば、ほとほと呆れたと言わんばかりにため息をついた。

 「本当に(オフ)のお前は全てにおいて無関心だな。ラナンキュラス(オン)の方が余程真面目に生きてるぜ。」

 「……そうだな。」

 そう命令されてるからな。

 あっさりと肯定する俺を眺め、デュランタが今度は更に深くため息をついた。

 「…何だよ。」

 「べっつにぃー。」

 追求しても(わざ)とらしくはぐらかされる。

 どうせ大した事でもないだろうと俺も捨て置く事にした。





 物干し用の長い棒に軽く水を切った舞台の幕を、これまた二人がかりでかけていく。

 風は凪いでいるが陽は照っているので、まぁ早めに乾くだろう。

 「うしっ!後でリンドウに乾かしてもらうとするか。」

 「あの男いるのか?」

 というか、≪異能≫を乾燥の為に使おうとするなよ。

 心中で突っ込んでみたが当然デュランタには聞こえないので反応はない。

 聞こえてたとしてもコイツの事だから別にいーじゃん、とかで済ませる気がする。

 「あぁ、媛様の命令でな。≪異能≫を上手く使いこなすための特訓中だ。」

 「まぁ、護衛の仕事でも使えるんならその方がいいんだろうが…。」

 教会の連中には既にバレてるから隠す必要もないのか。

 「護衛?俺が聞いたのは調査って話だけどな。」

 デュランタは軽く眉をひそめる。

 「……調査?」

 フジの話だと媛さんの専属騎士だという話だったが…。

 「ああ。今回のやたらと出没予想の外れている件やら、お前が光のお嬢さんと倒した蔦だか蔓だかの植物っぽい≪異形≫みたいなイレギュラーな件もあったから、少しでも奴らの正体やら目的やらを調べるために外国とかに調べに行かすらしいな。」

 ………外国……、

 「……何処だ?それ。」

 口から勝手に疑問が溢れた。

 一つの場所が俺の頭を過ったのだ。

 ―― いや、そこ以外、俺に心当たりはないだけか…


 デュランタは俺に顔を向けてから、腕を組んで宙に視線を向けてから頭を傾げ、

 「……うーん?…いやぁ、思い出せないわ~。」

 何だよ珍しい、気になんの?と人差し指を顎にあて、小首を傾げながら訊いてくる。

 でかい図体でその仕草は正直ひく。

 「……気持ちワル。」

 「ヒドッ!?」

 わざとらしく傷つくいつものリアクションにため息が出た。

 「お前のせいでやる気が削がれた。もう帰る。」

 デュランタを見てたら何だか馬鹿馬鹿しくなったので、俺は背中を向けた。


 元々やる気なんざ存在しないが、そもそもは裏の仕事の活動時間の方に重きを置かれてる立場なのだ。

 劇団の用心棒兼雑用はあくまでも表向きなだけなのだからこれだけやれば許されるだろう。

 「………。」

 珍しくデュランタもなにも言わなかったので、そのまま立ち去ることにした。



 劇場の敷地内から外に出てから、俺は懐から煙草を取り出し火を灯す。

 このまま(ねぐら)に戻っても気分が悪いだろうと感じたので、俺は気分転換の為に珍しく普段近寄らない賑わった商店街へと足を向ける。


 厄介な事に巻き込まれることも知らないで。


 

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