表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪花狂乱  作者: 謙作
第三章 お飾り媛と無愛想騎士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/76

痛みは何処からくるのか


 「…へぇ、あの風使いが媛さんの専属の騎士様にねぇ…。」


 ≪異形≫の獣が倒れた後、強制的に延長された茶番劇から痛い目に合いながらも、ようやっと解放されたカナンは人気の少ない酒場でささやかな祝杯を上げていた。

 その痛い目に合わせてくれた風使いが、自分と同じ飼い主に飼われると聞いてもさして大きな反応は返さなかった。


 カナン扮するラナンキュラスが≪異形≫を討つ事が目的だったのではないかと見抜いたとの話から、アイシャは彼の観察眼やら洞察力やらを(いた)く気に入ったとの話らしい。

 イレギュラーの≪異形(蔦野郎)≫の報告の時に軽口で言っていた『強くて賢くて一途なナイスガイ』が本当に現れたというわけだ。

 カナンがうっかりフジを守ってしまったせいで色々とバレてしまったらしいが、まぁ同じ穴の狢になったんなら問題はなさそうだと結論付けた。

 正直、カナンにとってはどうでもいい話だ。

 

 「そんな事をわざわざ伝えに来るとは、あんた意外に暇なのか?フジ。」

 カナンが座るテーブル席の前で、フジは相席するでもなく、別の席で注文するでもなく、立ったままカナンにリンドウの事を伝えていた。

 デュランタのようにやたら馴れ馴れしい態度も苦手だが、フジ(彼女)のように堅苦しいのも息が詰まる。

 ため息をつきながら、「あんたも呑むか?」と気を利かせて訊いてみるが、「結構です。」とスッパリと断られた。


 「私もそれだけを伝える程に暇をもて余してはいません。あくまでもこれはついでの世間話のようなもの。」

 「……世間話、あんたがか。」

 鉄面皮のままに言うその言葉に酷い違和感を感じたが、とりあえずはカナンはスルーしておいた。

 小さな酒場のカウンターの向こうにいる、話好きなマスターがニヤニヤこちらを笑ってみている。

 確かにフジは燻したような銀髪を簡素に纏めているから地味な印象を与えているが、かなりの美人だ。

 普段は見るからに目立つ華やかな色味のアイシャの陰に隠れて分かりにくいだけである。

 そんな美人と話しているから色めいた話と思っているのだろうか…。


 その程度の視線なのだと分かってはいたが、カナンは注目を浴びる事は好きではないので、場所を変えることにした。

 この辺りの酒場は先払いが原則なので、そのまま席を立ち店を出れば、フジもそのままついてくる。

 さっさと話を切り出さなかった辺り、案外彼女もそれを狙っていたのかも知れないとカナンはため息をついた。

 



 「…で?本題は何だ。」

 下町の露店が多く並ぶ道、通称"出店通り"の近くの公園のベンチに座り、カナンは話の続きを促した。

 


 「単刀直入にお訊きします。アヴィリナイト、この言葉に聞き覚えはございますか?」

 いつもの鉄面皮に変わりはないのだが、今日は険しさを感じる。

 どうやらえらく重要な言葉らしいが、カナンにとってこの言葉は昔得たただの雑学程度にしか思い当たらない。

 「悪いが、単なる鉱石の名前だとしか答えられないな。」

 おそらくはなんらかの隠語なのだろうが、カナンはその隠語の元の言葉しか知らない。

 いや、そもそもそれを元にしてるのかも知らないが。


 予想外だったのか、フジの目が一瞬、僅かに見開かれた。

 「………確かに、別の大陸の一部の限定的な場所でしか採石出来ない鉱石の名がそのような音だったと思いますが…。…博識なのですね。」

 珍しく感心した風にカナンを見てくる。

 カナンは軽く肩を竦んで答える。

 「別に、昔知り合いに教えて貰っただけだ。」

 「どなたです。その昔の知り合い、とは。」

 その答えに何故かフジは食いついてきた。

 無駄を嫌うフジが雑談を好むとは思えず、カナンは訝しむ。

 「……あんたの知らない人だ。」

 カナンは短くそれだけを答えたが、フジは沈黙しながらも納得はしていない様子だ。

 「一体何を言わせたい。そのアヴィリナイトってのは何なんだ。」

 カナンは不快感を隠しもせずにフジを軽く睨み問いかけた。


 暫く睨み合う膠着状態が生じたが、フジは小さく息を吐くとその正体を告げた。

 「(かね)てより世界規模で活動している反社会的組織です。世界混迷時、もしくはそれ以前に結成されたと推測されています。…大半が≪異能者≫で構成されているとの話です。」

 そう最後に付け加えられた言葉にカナンは得心が行った。

 ――不愉快ではあったが。


 「あんた、いや、あんたたちが信じるかどうかは知らないが、鉱石の事を教えてくれた人はそんな組織とは関係ない。俺が()()()()に連れられるより前の知り合いだ。」

 カナンは皮肉気な笑みを浮かべ、フジの問い掛けに正直に答える。

 「俺もその組織に所属なんてしていないし、そいつらと通じてもいない。それでも不信感が拭えないというなら…いっそ俺を処分するか?別に俺は構わないぜ?」

 挑発するようにフジに言葉を投げるが、彼女は静かに首を横に振ると、深く頭を下げる。

 そのフジの行動にはカナンも驚き、口を開く。

 「お、おい…」

 「不快に感じさせたのであれば謝罪致します。カナンさんに疑いを持ってアヴィリナイトの事を訊いたわけではありません。」

 カナンの言葉を遮るようにフジは深く謝意を表した。

 「ただ、今は少しでも多くの情報が必要なのです。…カナンさんが()()()()()とアヴィリナイトが関わりがあるのではと考えて先程の質問を致しました。」

 かつてカナンがいた場所が一瞬脳裏を巡り、常には抑えている負の感情がブワッと音を立てるように溢れそうになった。

 咄嗟に首に手を当て、強く強く爪を立て痛みで気を紛らわした。


 「……、()()()()は事故で起きた大爆発で壊滅したし、そこにいた職員や子供たちはほとんどが死んだ筈だ。飼い主(媛さん)かその前の飼い主が知らないなら俺も知らない。」

 「…承知致しました……。」


 フジが再び頭を下げてから出店通りの方へと静かに立ち去った。

 煙草を取り出し火をつけ深く息を吸うと首に痛みがはしる。

 強く爪を立てたため少し血が滲んでるかもしれない。

 カナンは首を擦りながら天を仰いだ。

 酒場にいた時は陽が傾いていたが、いつの間にか沈みかけている。

 さっさと(ねぐら)へ帰ろうと思いながら首を擦るが痛みは何故か治まらない。



 「……あー……痛ぇな……。」


 その痛みは打たれたこめかみからなのか、擦っている首からなのか、カナンは分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ