炎の神官戦士 (自らの異変に)戦慄す
「…アヴィリ…ナイト?」
サージェスの言葉を口にしながらアレイシアは少し考えるが、心当たりがないので素直に知らないと首を横にふる。
「少し前から世界で広まっている名だ。元々は神話にある反逆を意味する堕神からとられているんじゃないかという話だが…、≪異能≫たちで構成されているテロ組織らしい。」
「テロ?」
サージェスはそこからかという顔をしたがすぐに思い直す。
政治に関心がない年代ならしかたないかと考えたようだ。
「政治的な思想を武力をもって実現させようという犯罪者達の事だ。奴らの基本思想は≪異能≫たちの立場の向上、権利の主張、といったところか。」
「………。」
かつては常人の持たない力を持つ存在、≪異能持ち≫は差別される事が常だった。
アレイシアの周りではあまり感じた事はなかったが、今でも表だって迫害される事がないだけで差別がないわけではない、ということは知っていた。
無論アレイシアはそんな事しないが…。
「でも…世界混迷期以降は法的には≪異能持ち≫だからってクビに出来ないし、住居から立ち退きを強制出来ないんでしょ?基本的人権だっけ?ソレは守られてるんじゃ…?」
アレイシアの家は食堂を営んでいる。
そういった話を両親が言っていた気がする。
≪異能持ち≫である従業員はいなかったものの少なくとも両親たちはその法を遵守しようとしていた。
だが、サージェスは渋い顔をして現状をアレイシアに教える。
「公国でも比較的豊かな地域ではな。俺のいた国はそもそもそんなものを法整備していないし他の国も似たり寄ったりだ。公国であっても地方辺りでは有名無実みたいなものだしな。法があってもそれを取り締まるヤツがいなければなんの意味もない。」
「…そ、そうなんだ…。」
アレイシアは軽い驚きと自身の無知に羞恥を覚える。
「…まぁ、仕方ない。その場にいては分からないことなんて無数にある。問題は知らないことすら知らないままに生きることだ。」
アレイシアの反応にサージェスは苦笑してフォローを入れる。
「話を戻すぞ。」
真面目な顔をし、アレイシアを見るサージェスに、彼女もまた真面目に耳を傾けた。
「その≪異能持ち≫で構成されるアヴィリナイトがこの大陸にも入ってるんじゃないかという話だ。この話はシェー…王国方面から聞いた話だから確かだと思う。」
シェークスリード王国はこの国の宗主国ではあるが、世界混迷時に起きたお家騒動以来微妙な関係となっている。
先代公王が宗主国の先代国王の弟であった当時は友好ではあったものの、そのお家騒動に巻き込まれ亡くなられたと国民の中では知られている。
現公王と違い先代公王は国民に慕われていたので、亡くなられた原因を作った宗主国に対し嫌悪感をあらわにするものも少なくなく、シェークスリードの名も聞きたくないと公言するものすらいる。
その配慮の為にわざわざ名を伏せてくれたのだろう。
意外と細かな気遣いをしてくれる…などと失礼な事を考えながら、アレイシアは耳を傾け続ける。
「…その炎使いはもしかしたらアヴィリナイトの構成員の可能性もあるな。」
「アヴィリナイトの!?」
予想外の別の悪の存在に驚くアレイシア、しかしふとここでラナンキュラスとの関係はなんだろうと思っていると、サージェスが聞く前に答えてくれた。
「漆黒の華の組織と手を組もうとしていて、その挨拶代わりにヤツに助力したのかもしれん。」
「まだ推測に過ぎないがな。」とサージェスは付け加えるが、アレイシアの脳裏にヘレンの言っていた予言の内容が頭に過る。
『公国を守護する者の元に世界を混沌へと導く≪異能≫が現れん』
最初の解釈であれば"公国を守護する者"が公女アイシャで世界を混沌へ導く≪異能≫は"漆黒の華ラナンキュラス"になるわけだったが。
―― ……なんか信じらんないけど、凄い大人物っぽい扱いじゃない?ラナンキュラスのクセに。――
などとアレイシアは口には出さなかったが予言は当たってないのではと思っていた。
しかし、世界を混沌へ導く≪異能≫がアヴィリナイトだとしたら辻褄が合う気がした。
―― ……これから、どうなるんだろう ――
何かが大きく動き出そうとしているようで、アレイシアは不安に駆られた。
「さて、急ぐぞ。お前らを送り届けた後に俺は大聖堂に報告しなきゃならん。」
「…報告って何を?」
休みだった筈なのに報告?と疑問に思いアレイシアは尋ねると、
「グラナトのバカの怠惰っぷりをだ!こんな重要な案件を放り投げてただで済ますか!!」
その言葉にアレイシアはあわあわと慌て、
「あの、上の人に知られるとめんどくさいから、なんとかサボった事は上手く誤魔化しといてね…って、言われてて……。」
実は賄賂に有名どころのお菓子を貰ってたとまでは言えずに口を濁す。
「そんな事出きるわけないだろう!……ったく!あの大バカ野郎は!!」
ガシガシと頭を掻きむしるサージェスにアレイシアは小さく「あっ!」と声をあげる。
「何だ?」
「あ…いやぁ…サージェスさんの生え際…ちょっと白く見えたから……。」
サージェスの髪色は赤色に近い茶色の為、目についたアレイシアはつい声を上げてしまった。
ひどく衝撃を受けたのか生え際を押さえびしりと固まるサージェス。
「あの…、元気出して!!ほら、サージェスさんパッと見23歳とは思えない位にふ……いや、貫禄あるから!白髪くらい生えてもそんな違和感ないと思うよ!!」
苦労性なサージェスが気の毒になって、アレイシア本人はフォローしたつもりだが…
「…悪かったな!白髪に違和感のない老け顔でッ!!!」
当然逆効果だった。




