光の神子 今日の事件を振り返る
今回はアレイシア視点の話。
「……け…結構キツい…かも。」
完全に意識を失ったヘレンを肩に担ぎ、アレイシアは修道院へと向かっていた。
時刻はもう黄昏時。
共闘した風の騎士、リンドウと公女アイシャに少し休んだ方がと勧められたが、公女と辺境伯子息相手ではあまりに畏れ多かったので、挨拶だけを済ましボロボロになった劇場を後にしてるわけだが。
「…お言葉に甘えた方がよかったかなぁ?」
意識を失っている人間は自分より小柄な少女でも重かったが、それでも平民の自分が公女様達に知らず知らずの内に無礼を働くとかもしれない恐怖よりはマシだとアレイシアは己を慰める。
修道院まではまだ距離がある。
アレイシアは歩きながら今日の出来事を振り返った。
ヘレンが意識を失う切っ掛けとなったあの≪奇蹟≫を発動した後。
大量の礫がアレイシアの視界に飛び込み、ラナンキュラスの方へと向かい一直線に飛んでいった。
狙っていたのか、それともたまたまだったのか、礫が飛んでいった時、ラナンキュラスは風の騎士、リンドウの苛烈な攻撃を受け続けることが出来ずになんとか躱し体勢が崩れていた時だった。
あれ程の礫が飛来してきて無傷ではいられないだろうと、アレイシアは思わず障壁を張るべきかと悩んでいた時、それは起きた。
突如ラナンキュラスの周囲を囲むかのような炎の輪が現れ、迫り来る礫を焼き払ったのだ。
近くにいたリンドウはその異変をいち早く察知したのか、即座にラナンキュラスから距離をとっていて無傷だったが。
礫と言っても、そこまで小さな石ころではなくアレイシアの拳位の大きさのものだって多く混じっていた。
それを一瞬で掻き消す位の威力に驚きアレイシアは周囲を見渡すも炎の≪異能≫の使い手はわからなかった。
「炎の≪異能≫の使い手……、あの場にいたのは確かだろうけど、姿は見せなかったな…。ラナンキュラスも特に何も反応してなかったけど……、多分ラナンキュラスの仲間…だよねぇ?」
しかし、その後のラナンキュラスの行動も妙だとアレイシアは感じていた。
もしも自分があの時のラナンキュラスの立場であれば、ピンチを救ってくれた仲間に感謝の言葉なり、そのまま参戦してくれるように頼むなりしたと思うが……。
炎の使い手の方も姿を現さずにそのまま去った……のか?よくはわからないが…。
「……、まぁ、アイツが普通じゃない行動とるのはいつもの事だし」
「誰が普通じゃないんだ?」
考えても答えが出ないので、適当な結論で終わらしたアレイシアの背後から唐突に声がかかった。
「にょふぁッ!!」
奇妙な悲鳴をあげ、慌てて振り返ると、
「サージェスさん!?」
どうやら休日らしく、ラフな姿のサージェスが呆れ顔で立っていた。
「……前から思っていたが、お前その奇声をあげる癖はどうにかならないのか?」
「悲鳴だしっ!!反射的に出てるんだから仕方ないからっ!!!」
結構気にしている事を指摘され、羞恥から真っ赤に顔を染めるアレイシアをサージェスは呆れ顔のまま眺めている。
ふと、アレイシアが抱えてる人物に気付き、「ヘレンの奴はどうしたんだ?」と尋ねてきた。
「あー、その、お務めで能力を使いすぎちゃって……。」
ラナンキュラスの挑発にキレて能力を使って疲労してるとこにまた更に無理矢理使ったから気絶しました……とはなかなか言いづらかったので、ゴニョゴニョとごまかす。
「…まぁ、悪の結社相手にキレたってとこか。」
「う……。」
あっさりと言い当てられアレイシアは言葉も詰まらす。
だが、この際だから聞きたいと思ってた事をサージェスに問いかけることにした。
「…ヘレンは普段は落ち着いてるけど、戦いになったらいつもこうなの?」
好奇心からの質問ではない。
平時の冷静さが嘘のように激昂し、後先考えずに≪奇蹟≫を行使するヘレンが少し心配だった。
信仰心の強さ故かと思っていたが、それとは違う…もっと強い感情的な…例えば…、
「≪異能持ち≫を嫌悪……ううん、憎んでるみたいな………。」
「…まぁ、落ち着いてきたとはいっても、数年前もゴタゴタしてたからな……。色々とあるさ、ヘレンにもな。」
何かを知ってはいそうな口振りではあったが、流石にアレイシアもずけずけと聞けなかった。
「そういえば、グラナトの奴はどうしたんだ?確かヘレンはサポートで奴が主体の仕事の筈だったが。」
少し気まずくなった雰囲気を変えようとしたのか、サージェスは話を変えてアレイシアに問いかけた。
「……あぁ、うん。」
アレイシアとしては更に気まずい気持ちになる。
だが誤魔化しきれる自信もなかったので正直に言う。
「…えーっと、『今回の舞台、一度見たんだけど誰も恋してなかったんだよ!!年頃の男女があれだけ出演してるのに色恋を描かない舞台なんてありえるかい!?そんなつまらないもの2度も見る価値はないだろう!?だから今回のお勤めはパスで!』……って言って…。」
アレイシアは目の前でグラナトに言われた事をそのまま、本人の口調、仕草をまじえながら話した。
―――ゴスンッ!
サージェスの頭が道端の街路樹に強打する。
そのまま動かないサージェスを心配そうにアレイシアが窺うと、その状態のままサージェスはぎぎぎ、とまるでカラクリ仕掛けの人形の如く首を回しアレイシアへと顔を向けた。
「……それであのバカはそんな阿呆な理由で仕事をお前に押し付けたのか…?」
地を這うような低い声に、アレイシアもまたコクリコクリとカラクリ人形の様に頷きを返す。
深々とため息をつきながら、サージェスはアレイシアが引き摺る様に肩に抱えていたヘレンを背負う。
「まぁ、その事は後ででいい。とりあえず帰るか。」
そう言って歩き始めるサージェスに続くアレイシアは、今回の件を伝えた。
風を使う騎士の事、ラナンキュラスを守った謎の炎使いの事を。
「……。風の≪異能持ち≫か…。まぁ、あの公女様の庇護を受けるんならこちらも手出しはする必要はないな。」
あっさりと言うサージェスにアレイシアは驚く。
以前のサージェスとグラナトの二人が見せたラナンキュラスへの対応とは偉い違いだ。
「少なくとも公女は自分の国の民を守ろうと動いているからな。その公女のお眼鏡にかなったのなら妙なマネはしないだろう。」
「貴族達の噂とは違い、随分と聡そうな方のようだしな。」と一目置いたような口振りに、アレイシアは少し誇らしく感じる。
以前聞いた話だが、サージェスは元々は外国から派遣されてきたらしく、≪奇蹟の人≫としての経歴は長いが、この国に来て数年位らしい。
他国の人に自分の国の媛を褒められれば当然喜ばしい。
によによしてるアレイシアにサージェスは何か物言いたげな顔をしたが、軽く頭を振り、話を続ける。
「しかし、炎の使い手か…。」
ハッとアレイシアは浮かれた気分から我に返る。
「その炎を使い手!サージェスさんは知ってる!?」
前のめりになるアレイシアをまぁまぁと抑えて、サージェスは自分の首を手で擦り思案し始めた。
「……まず、悪の結社の幹部連中の中にはいない……いや、少なくとも俺は知らん。知ってるのは"幻惑の霧"、"豪咆の獅子"、"氷血の魔女"…位か。いずれも炎は使わないな。」
「…じゃあ……、一体何者…?」
サージェスの言葉に疑問を深めるアレイシア。
サージェスは視線を空に向けながら考え、更に口を開く。
「……アレイシア、アヴィリナイトという名を知ってるか?」




