無愛想騎士の懸念
リンドウ達が黒い獣と対峙している中、突如現れた謎の男。
ふわりと空中に浮かぶその男は、黒いフードを被り、目元を隠す先ほど見た舞台と同じようなのマスクを着け、黒いマントをたなびかせている。
「漆黒の華!?」
青髪の少女を引き留めていた、明るい茶髪の少女が正体を教えてくれた。
辺境の地でも噂位は聞いたことがある。
≪異形≫を使い世界の覇権を得ようとする悪の組織。
曾祖父の時代より守っている辺境の地は≪異形≫が出現する事も珍しくはないが、それを操る人間は見たことがなかった。
―― 本当にコイツらを操れると………? ――
今、目の前にいる人物を見ても半信半疑だ。
「穢らわしい魔に魅入られた外道が。やはり貴様らの仕業ですか。」
青髪の少女が殺気を男、漆黒の華に向ける。
「……ああ、確かお前は豊作のなんとかだったか、まだ生きてられたのか。よかったな。」
あからさまに嘲り挑発をする漆黒の華に凄まじい憎悪に顔を歪め睨み付ける。
「光の、お前もそんな口先雑魚に付き合わされて大変だな。」
そう、話を振られたもう一人の少女は顔を青ざめながら、アワアワとし始め、
「ちょっ…あ、あんた、なんて事言っちゃって……、」
端から見ても気の毒な程に狼狽える茶髪の少女と、余りに怒りすぎたのか赤く染まった顔が、逆に青ざめ無表情になる青髪の少女。
こんな状況下だというのに黒い獣はやはり漆黒の華が操っているのか、飛びかかる前の獣のような体勢で唸ってはいるがこちらに飛びかかってこない。
ブツブツと俯いて何かを呟く、豊作のなんとかの少女。
バッと顔を上げたと同時に白銀の杖が光る。
『――主に仇なす愚か者に裁きをッ!!』
少女が杖を漆黒の華に杖を向けた直ぐ後に、床板が剥がれ剥き出しになっていた地面が音を立てながら動きだした。
拳程度の土の塊が幾つも漆黒の華に向かって飛んでいく。
「おっと、危ない。」
あまり危機感を感じさせない雰囲気でそう呟きながら、宙に浮いていた漆黒の華は地面に降り立つ事でそれを避けたが、いくつかの塊が追尾する。
下に降り立った漆黒の華を庇うかのように闇の気配が強くなったと同時に黒い獣が前に出た。
『――ッ!?ゥグァウゥッ!!ガァヴァァア―――!!』
土の塊を幾つも浴びながら、黒い獣は断末魔を上げてあっさりと消え去った。
漆黒の華はその黒い獣がつい先ほどまで居た場所を僅かの間眺めていた。
「……やれやれ、そこの風の男のせいであっさりと終わっちまったな。」
はあ、とため息をついて、リンドウに一瞬視線を向けた。
「本来ならあんな礫を当てられた位じゃくたばらないんだがな。よかったな。サポートしてもらってようやく勝てたな。」
軽く肩を竦めた漆黒の華は、荒く息をついている少女にやはり嘲笑を向ける。
口惜しそうに漆黒の華を睨み付ける少女は、しかし呼吸を整えるのが精一杯で口を開き言い返すことすら出来ないようだ。
「貴方の下僕が消えて4対1だけれど、まだやるつもりなのかしら?」
少女達の後ろからアイシャが前に出てくるのを見て、リンドウは慌てて庇うように前に立つ。
「アイシャ媛、ここは危険です!」
リンドウが退くように言うが、アイシャは軽く手を上げ制した。
「大人しく投降する事をお勧めするわ。いくら手練れと言われても流石に多勢に無勢。抵抗するだけ無駄よ。」
凛と告げるアイシャに、リンドウは噂を信じかけていた自身を恥じる。
観客や劇場の人々を指揮し、速やかに避難をさせた手腕。
混乱を起こす彼らに呼びかけ落ち着きを取り戻させたカリスマ性。
リンドウは年若い媛に尊敬の念を向けた。
「……4対1、ねぇ……。」
腕を軽く組み、余裕の姿勢を崩す事なく意味ありげに呟く漆黒の華に、アイシャではなく、光の、と呼ばれていた少女が口を開く。
「ちょっと!ヘレンはちょっと体力無いからすぐバテちゃうだけでわりと普通に戦力なんだからね!!戦力外とかそんな失礼な事言うんじゃないわよ!!」
…多分フォローしているのだろうが、ビミョーな言い回しな気がした。
豊作の少女が悔しそうに唇を噛んでるように見えたが……。
「…まぁ、失礼さはお前も大概だと思うがな。」
漆黒の華もその言い回しに思うところがあったらしい。
「…俺が言いたかったのは、そこの風使いの剣士がお前達の味方だと断じていいのかな?と云うことだ。」
「――――ッ!!」
思いがけない言葉にリンドウは驚きで声も出せなかった。
その言葉を受け豊作の少女はやはりと云う視線を、光の少女は疑惑の視線をそれぞれ向けてくる。
「………俺は……」
自分の身柄を明らかにしようと口を開いたが、しかし一つの懸念がその口を閉ざさした。




