無愛想騎士 対 黒い獣
一部修正しました。
物語は一つの山場を迎えようとしていた。
悪の結社の幹部のマスクの男が倒されようとしている。
この演目は2部構成との事なので、時間的に幹部の白マスクとの戦いが終われば1部が終了するのだろう。
―― アイシャ媛が席をはずされる前に声をかけるか――
リンドウはそう考え、幕が下り小休止に入り次第アイシャの元へ向かおうと決め、最短で移動するため軽く周囲を確認している時、フと意識に何かが掠めた。
―― ナニか、来るッ!――
舞台が上演中にも関わらずリンドウは席を立ち上がり声を上げた。
「全員ここから離れろッ!!」
怪訝そうに彼を見る周囲の視線など気にせず、彼は目立たぬように装備していた長剣を抜刀する。
いきなり抜刀したリンドウに当然の事ながらその周囲にいた者が騒ぎ、逃げ惑う。
「あなた!一体何をッ!?」
近くの席にいた二人組の少女が声を上げたが、リンドウはその声を無視し長剣を床に突き刺した。
『吼えろッ!剣よッ!!』
「―――ッ!?」
リンドウがそう唱えたと同時に長剣からリンドウの≪異能≫、強風が吹き荒れる。
綺麗に張られた木目調の床板が剥がれ、風に乗って周囲へ舞い、固定されていた座席も幾つか飛ばされていった。
そして―――
『ッグォアァオァ―――!!』
辺りに轟く砲声とも思える咆哮。
長剣を突き刺した床から真っ黒い大きな獣らしき存在が這い出てきた。
まるで影が実態を獲たような、朧気な輪郭がユラユラと揺らめく。
「成る程、首都にまで現れるのか、コレは。」
リンドウは長剣を引き抜き周囲を確認した。
舞台側の席に座っていた観客の大半は遠巻きにこちらを見ている。
外へ逃げたしたいのだろうが出口が舞台とは逆の方にあるため逃げ出せなくなっているのだろう。
舞台の後方に位置していた座席の観客達はパニックを起こしながらも劇場の出口へ我先にと押し合うように避難している。
「舞台に上がり、舞台袖へ!」
凛とした声が響く。
リンドウが影の獣に向いたまま視線だけそちらへ向けると、アイシャが逃げそびれた観客に指示を出していた。
「関係者用の出入口があるからそこから逃げなさい!非力な女性や子供、老人を優先して!」
冷静に飛ばされる指示につられ、パニックを起こして震えていた観客も冷静さを取り戻していく。
―― これなら問題なく≪能力≫を振るえるか ――
『剣よ、あ……』
『主よ、その大いなる神業にて、穢らわしき咎人を打ち払いたまえ!』
リンドウが更に≪異能≫を行使しようとしたそれよりも早く、青髪の少女が≪奇跡≫の聖句を唱え、力を向ける。
―――― リンドウへ。
「ック!?」
自身へ向けられた殺意を感じて、反射的に後ろへ跳び退る事で不自然に隆起した尖った地面をなんとか避けた。
しかし、黒い影の獣がリンドウに追撃するように襲いかかってくる。
『吼えろ!剣よ!』
リンドウは咄嗟に隆起した地面に剣の先端を刺し、呪を唱えた。
剣を中心に竜巻の様に再び強風が巻き起こり、獣の突進力が落ちた。
その隙に巻き起こる風にのり、獣とリンドウに攻撃してきた青髪の少女の両方から間を取る。
『母なる大地よ…』
少女は右手に白銀の杖を持ち、持ち手の先に埋め込まれた宝石に≪奇跡≫を集中させる。
攻撃する対象をリンドウに定めて。
「待って!あの人皆を逃がそうとしたんだよ!?」
慌てて隣にいた明るい茶髪の少女が青髪の少女を止めようとする。
「≪異能者≫であるなら、討伐対象です。主の敵に変わりありません。」
しかし、動じることなく青髪の少女は再度攻撃を始めようとした。
『グルゥルゥォオ――――ッ』
そんな少女達の内輪揉めを気にすることなく黒い獣が大きく吠えると同時に獣の周囲に黒い炎の弾が幾つも出現した。
獣の周囲をグルグルと回り出す炎は前方に立つリンドウと二人組の少女達に向かい飛んで行く。
リンドウは風を纏った剣で向かってくる炎を打ち払い、少女達もまた自らの≪奇跡≫で弾いたり、あるいは障壁を作り攻撃を防ぐ。
黒い獣と僅かな攻防でリンドウはさほど強力な相手ではないと察したが、背面に立つ少女が隙あらばこちらを撃とうとしている為、身動きが取れない。
―― どうするか。説得などする時間もない――
そう悩むリンドウの上空から声が響いた。
「随分と盛り上がっているようだな。」
いつの間にか、先ほど舞台にいた敵役に似たような衣装を纏った男がそこにはいた。




