悩める無愛想騎士
新たな章です。
悪の組織や教会、それぞれの話になるかと思います(多分)。
チェスドゥーブル公国の首都、チェスコバローン。
歴史あるシェークスリード王国と馴染み深く、シェークスリード大陸の中でも指折りの豊かさを誇っているが、10年程前に世界各地で起きた混迷の一つ、シェークスリードお家騒動に巻き込まれ、治安と景気は低迷していた。
だが、ここ数年の間に少しずつ持ち直そうとしている兆しも見え始めている為、人々はそこまで悲観してはいなかった。
謎の悪の組織と彼らの使役する異形な存在が平和を脅かすことはあるが、国民は自分達を守ろうとする存在を信じていたからである。
「それが、この国のお媛様のアイシャ様でしょ?」
近くの席に座っている二人組の年若い少女が密やかにもう一人の人物に話しかけていた。
この舞台の演目についての内容を確認しているようだが、上演中だったからだろう、静かに窘められたようだ。
公国の首都、チェスコバローンにある劇場はこの大陸内でもかなりの大きさと絢爛さを持つ名物だ。
今期の演目はこの公国を舞台に作られたもので、中々に人気を獲ているらしい。
現在は世界情勢は落ち着いてはいないが、いずれ以前の様な平穏を取り戻せれば観光の目玉として各国にアピール出来るだろう。
―― 平穏が取り戻せれば、だが… 。――
漠然と舞台や薄暗い周囲を眺めながら、一人の青年は静かなため息をついた。
彼の名は、リンドウ・ヴローン。
このチェスドゥーブル公国の最西端に位置し、隣の群島諸国や別大陸からの侵略を阻止した辺境伯の三男である。
今日は自身の父からこの劇場のチケットを貰った為観劇に赴いた訳なのだが…。
―― やはり俺の性に合わんな ――
ここ最近、彼は悩みを抱えていたものの、周囲には隠していた。
しかし父親には気づかれていたのだろう、このチケットを渡され気分転換をするように云ってくれたのだ。
しかし気分転換どころか、興味の無い舞台の為、内容など頭に入らず今の悩みが益々心中を占めていく。
―― いや、父上の折角の厚意だ。しっかり観なくてはな。――
そう思い直し舞台へと再度視線を向けようとすると、視界の片隅にとある人物が映る。
亜麻色の長い髪、簡素ながらも上質なドレスを纏った華やかな容姿の少女だ。
―― あれは………、まさか媛か? ――
リンドウは一瞬眼を疑った。
彼女の座っている席は正面よりやや右側の前方、かなりいい席ではあるものの運が良ければ誰でも入手出来る席だ。
まさか公王の息女、しかも一粒種の貴人がそんな所にいるとは思えなかった。
彼女の周辺を確認すると左隣に年若い、媛より少し年かさの女性が彼女を気遣うように座っており、右隣は空席だがその更に隣に上演中にも関わらず帽子を深く被り周囲を警戒しているような男がいる。
―― やはり媛のようだが、噂の通り本当に城を抜け出しているのか?――
チェスドゥーブル公国は10数年前の世界混迷から持ち直そうとしており、その功績は舞台中でも云われている通り、アイシャ媛のお陰だと平民の中では信じられている。
だが、実際は公王の側近達の功績だと多くの貴族達の間では認識されている。
チェスドゥーブル公王は昼行灯。
これは公国内では常識とすら云われる程に広まった話である。
世界混迷の折、先代が実質宗主国であるシェークスリード王国のお家騒動に巻き込まれて亡くなり、以前より凡庸と云われる現公王に位が回った。
しかし世界混迷の中の舵取りの心労のためか体調を崩しがちになってしまったという言い訳で政を放棄しているという話だ。
玉座にいるより女性とベッドの上にいることの方が多くなったと口さがないものは噂する。
そんな大公に成り代わり公国を取り仕切っているのが媛だという話だ。
だが、高々14の小娘に出来るような事ではないとかつての大公に重用されていた高位貴族達は口々に言う。
華やかな容姿の媛の周囲もまた華やいだ者達を侍らせている、その為彼女は影で貴族達にお人形遊びの好きな≪お飾り媛≫などと呼ばれているのだ。
リンドウも噂を鵜呑みにするつもりはなかったが、今現状も問題は山積みの中、劇場にお忍びらしき姿で過ごしているのを見たら思うところだって出てくる。
―― こんな物騒な時だというのに少々迂闊な振る舞いではないだろうか… ――
治安が良くなったと言っても世界混迷と比べたらの話だし、謎の組織が暗躍してる今は息抜きだとしても避けるべき事だ。
あと暫くすれば小休止に入るだろう。
忠臣ならば挨拶がてら進言すべきだろうとリンドウはアイシャ媛の方に意識を向けながら時を待つことにした。
世界恐慌では経済方面のみに当てはまるかと思われたので、世界混迷との言葉を使っています。
公国の名前が間違っている箇所があった為、修正しました。25.2.24




