婚約破棄ですって? ~そのスキャンダル私が頂きます~
私はお茶会へと向かう馬車の中で揺られていた。だが、その心は激しく踊り狂っていた。
お茶会――それは数多の人間模様が顔を覗かせる狩場のこと。
今日はどんな獲物がいるのかしら。恋の三角関係? それとも友情のもつれ? はたまた禁断の恋かしら?
「ああ、誰がこんな素敵な行事を思いついてくれたんだろう。一言でいいから思いついた時のことを聞いてみたいな」
「お嬢様、流石にそれは無理ですよ。私たちが生まれる前からあるんですから」
御者席の方から声が聞こえてきた。どうやら、気づかない内に声が大きくなっていたみたい。
「分かってますよ。そういう気持ちってだけですよ」
「なら、いいんですけどね……」
御者の方は何か言いたげな感じだったけど、私の思考はお茶会へと戻っていった。
お茶会への思いにふけっていると、目的の場所まで到着したらしく馬車が止まる。
「お嬢様、着きましたよ」
「ついに到着したのね」
馬車の扉が開かれたので外へ出る。すると、御者の方の手が差し出される。
「ありがとうございます」
御者の方に手を添えられながら馬車を降りたあと、念願の狩場へと向かう。
お茶会が行われる主催者の中庭には、既に人が集まっており、色とりどりの焼き菓子などが並べられていた。
早速、会場の隅で気配を消しつつ人間観察を開始する。
チラチラと他人の婚約者を見る者。さり気無く男性に触る女性。何かを警戒しながら怯えている者。次から次へと食べ歩く者。などなど、見ていて飽きはしなかったがこれといって何かを感じるものがなかった。
「おい、あの方って……」
「早速、獲物を探しているのか……」
「シッ! 聞こえるぞ。獲物にされたくなければ気を付けるんだ」
何やら聞こえてきたが聞き流す。
私が欲しいのは、『これは!』と思うようなネタなのだから。
観察を続けること数十分のこと、ようやく獲物の気配が感じられた。
広場の真ん中に立っていた令嬢に、一組の男女が手を繋ぎながら歩み寄っていく。
「フィリーナ、俺は真に愛する人を見つけたんだ。だからお前との婚約は破棄することにした」
「ごめんなさい、そう言うことだから……」
「えっ!? 婚約……破棄……? 急に婚約破棄と言われても……」
(な……なんですってー! 極上のネタが来てしまうなんて……)
「こんな場所で婚約破棄なんて愚かなことを……」
「絶対に目を付けられるぞ……」
周りにいた外野が小声で何かを囁いている中、私は劇中の三人の間へと割って入る。
「今、婚約破棄って言いましたよね? そのスキャンダル私が頂きます!!」
私は心躍らせながら、破棄を申告した男へと詰め寄った。
「「はっ?」」
男女が同時に声をだした。
「え? なに!?」
フィリーナと呼ばれた令嬢は困惑していた。
「やはりこうなったか」
「飛び火しない内に逃げましょう」
外野たちは静かに隅のほうへと散っていく。
「申し遅れました。私、シャンティーン公爵家の長女エリーゼと申します。以後お見知りおきを」
「は……はぁ……俺は、ロレンツ家の次男ダムルです」
「私は、フロスティー男爵家の長女アニサですわ」
「あ、私は辺境伯家の長女フィリーナと言います」
私の口上に他の三人も続いた。
「で、話は戻りますけど、スキャンダルを頂きます」
「「スキャンダルを頂く!?」」
「えっと、どういうことでしょうか?」
フィリーナ嬢は、申し訳なさそうに尋ねてきた。
「それはですね。私、趣味で小説を書いてるんですけど、そのネタに使わせて頂きたいんです」
「え? 俺たちが?」
「そうです。勿論実名は出しませんよ。ネタにするだけです。さあ、今の心境をお願いします」
「そんなこと協力するはずないだろう。バカバカしい帰るぞ」
「え、あの、ちょっと待ってください。真の愛を手に入れたお気持ちを……」
真の愛を手に入れし者たちは、駆け足で去って行ってしまった。
(ああ、せっかくの獲物が……。こうなったら後日、訪問して再度心境を聞いてみようかな)
「あ、あの私はどうすれば?」
フィリーナ嬢は、どうすればいいのか分からずに尋ねてきた。
(どうすればいいのかって? そんなの決まっている!)
「私の小説作りに協力してください!」
答えを聞く前に困惑するフィリーナ嬢の手を引き、屋敷へと連れ帰る。
話を聞く内に、フィリーナ嬢も本が好きだということで意気投合した。そして、毎日会って話をしたり二人で小説づくりにも励んだ。
しかも、フィリーナ嬢には絵の心得まであることが分かった為、私たちが合作した小説には挿絵までついてしまった。
そんな素晴らしい小説を皆にも見て貰いたいと思いあることを画策する。
◇
「皆様、本日はお茶会に来ていただき有難う御座います。後でちょっとした手土産もご用意いたしました。それでは心行くまでお楽しみください」
私は主催者挨拶を終えると、お目当ての人物を探しに会場内を探し回る。
「家の爵位で断れる訳ないじゃない……」
「来たくて来たんじゃない」
「どうかネタにされませんように……」
招待客が小声で何かを言っていたが気にせず探し続ける。そして、隅の方で物思いにふけるフィリーナ嬢の姿を捉える。
◆
私は、婚約破棄をされてからのことを思い出していた。
破棄されたショックで気分が沈んでいたけど、エリーゼさんに無理やりお屋敷に連れられて行ったこと。本の話で盛り上がったこと。小説作りに夢中になったこと。
今では婚約破棄の憂いなど何処へやら、心は晴れ晴れと澄み渡っている。それに新しい良縁の話だって来ていた。エリーゼさんには感謝してもしたりない。
「あ、いたいた。フィリーナ嬢探したんだよ」
恩人が嬉しそうな顔をして私に駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。ちょっと今までのこと思い出していて……」
「そうそう、その今までのことだよ! はい、これ!!」
「え? これってもしかして……あの小説?」
渡された小説は、綺麗な一冊の本になっていた。
「そうだよ。フィリーナ嬢の挿絵が素敵だったから、皆にも見てもらいたくて今回のお茶会を企画したんだよ」
「見てもらいたくて? 本はこの一冊じゃ……」
「手土産が本なんだよ」
「え? そんなに作ったの?」
「勿論よ。あんなに頑張って作ってたんですもの……あっ、丁度いいところに」
エリーゼさんが遠くにいる男女に向かって叫び始めた。
「おーい、真なる愛を手に入れし、お二方こちらに来てくださーい」
「お、おい、やめろってー」
「そうですわ、およしになって」
元婚約者と略奪者が顔を赤く染めながら慌てて駆け寄ってきた。
「はい、引き出物」
エリーゼさんが、本をそれぞれ二人に渡した。
「なんだこれは?」
「読めば分かります。さあ読んで感想を聞かせて下さい」
「は? 仕方ないな。読むとするか」
違和感を感じたので尋ねてみる。
「あれ? 今日はやけに素直なんですね」
「あのあと親父にこっ酷く怒られたからな。公爵家に粗相をするなとも……な」
「なるほど、そうだったんですか」
「ねえ、ちょっとこの男なによ? 意味が分からないのだけど」
略奪者が本を読みながら不満を漏らした。
「最後まで読めば分かります。さあ読んで」
エリーゼさんが有無を言わせずに促した。
「なあ」
「ええ」
真の愛を手に入れし二人が見つめ合った後、エリーゼさんの方を向いて怒鳴る。
「俺たち」
「私たち」
「「小説の中の小説になってるじゃないか!!」」
相変わらず意気がピッタリの様だ。
「ええ、お陰様でこうして完成させることが出来ました。素晴らしいネタの提供有難う御座いました」
「どういたしまして……なのか?」
「さ……さあ、どうなのかしら?」
「ところで、また新しいネタとかないですか?」
「あるわけないだろ!」
「いえいえ、そうおっしゃらず。あ、何なら略奪の略奪なんてされてみては如何です?」
エリーゼさんが詰め寄っていく。
「何を訳の分からないことを……やめろ、こっちくるな……」
二人を追いかけてエリーゼさんまで何処かへ行ってしまった。
取り残されてしまったので、思い出の小説を開いてみる。やはり、そこには男の人が書かれていた。
「それにしても、この小説の男の人って何なのかなぁ」
小説を見ていたら自然と疑問が口から出てきてしまった。
完成した本の中について知りたい方は、短編小説『恋愛小説を書いてみることにした』を見ると分かると思います。
また、今作の続編が『【マルチエンド】結 婚約破棄ですって? ~そのスキャンダル私が頂きます~』になります。
それぞれ、下部にリンクを貼って置きました。