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神楽  作者: しのぶ
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1-1

 翌日。

 春の風が心地よく、冷えていた朝が太陽により暖かくなってきた正午過ぎ、新也(しんや)は目を覚ました。

 新也の家は2階建ての一軒家。1階は仕事のための部屋となっており、主に生活のために使っているのは2階の部屋だ。2階には5つの部屋があり、その1つは8畳の畳み部屋となっており、新也の寝室になっている。敷布団に本棚、机、テレビといったごく普通の部屋。そして他の部屋は一つは居間になっていて、残りはただの空き部屋。この家を買った時、部屋はいくらあっても困らないだろうと思っていたが、今は特に使われていない。なぜこんな大きい家を買ったかというとそれは簡単なことで、金があるからである。

 なんか金持ちの家って大きいよな、みたいな感覚で特に考えなしに買ってしまった。大きい家を持っていると優越感に浸れる。ただ自慢できる相手がいないのがなんともいたたまれないが。


 新也が寝ぼけた目をこすりながら居間へ行くと朝食ができあがっていた。いつもはめんどくさがって朝食を食べない新也だったが、用意しれているなら食べるしかない。食べものがもったいないしな。それに新也の目の前にある朝食はとてもおいしそうだった。

「ふむ。なかなか悪くない朝食だが、俺はどちらかというと和食派だな」

 新也は席に着くと、何様だよというような感想を漏らした。


 その朝食はホットドックとフレンチトーストというパンをメインにしたものだった。それにコーヒーが添えられている。きちんと新也の好みを把握しているのか、コーヒーの横にはきちんと砂糖とミルクが添えられていた。


 新也がコーヒーに砂糖とミルクを入れていると横から少女が声をかけてきた。

「文句をいえる筋はないでしょ。というか起きるの遅すぎるよ。せっかく作ったのに冷めちゃったじゃない。ちょっと温めなおすから待ってて」

 なんとも甲斐甲斐しくお世話をしてくれる少女だろうか。

「俺はいつもこんぐらいに起きるんだ。朝は俺の天敵だからな」

「なに吸血鬼みたいなこと言ってんのよ。わざわざ朝早く起きた私がバカみたいじゃない」

「別に朝、早く起きることは悪いことじゃないだろ。ガキは早寝早起を心掛けた方がもっと育つぞ」

「どこ見て言ってんのよ! 温めてあげたから早く食べなさい。食べたら今日の予定を教えて」

 顔を赤くした少女が温めなおした朝食を新也の前に置くと、自分も新也の前の席に座った。


「今日の予定もなにもいつも通り、この後は仕事をするだけだ」

「あれ? あんた仕事なんかしてんの?」

「当たり前だろ。人生なんてほとんどが仕事みたいなもんだからな。うん。悪くない味付けだ」

「なら良かったわ。じゃあ今度は和食にしてみよっと」

「おう。是非ともそうしてくれと頼みたいところだが————。


 新也は朝食を食べ終えたところで残りのコーヒーを飲むと、今現在起こっている問題について声をあげる。


「なんで、てめぇがここにいる! もう俺に関わるなつったよな!」


「もういいじゃない。家まで来ちゃったんだから。私は火蓮(かれん)。よろしく」

 新也の朝食を作り、そう挨拶してきたのは昨日新也に絡んできた少女だった。昨日と同じく赤を基調にしたフリルがついた浴衣。どうやらこれがいつもの正装らしい。髪はまとめていないが、思ったより短い。目鼻立ちは整っており、明るいブラウンの目が新也をからかうように笑っていた。


「よろしくじゃねえよ! なに普通に居座って朝食作っての! 不法侵入じゃねえか」

 警察も形無しの所業である。

「朝食作ってあげたんだからこれぐらい許してよ。私の用事が済んだら帰るからさ」

「軽犯罪は朝食で許してもらえるものじゃねえんだよ。ったくで用事って?」

 冷静さを取りもどした新也は改めて火蓮へ向く。


「まあ用事って言っても大したことじゃないんだけどね。それより仕事ってなにしてんの?」

「俺の仕事? 家に入る時、看板見なかったのか?」

「看板なんてあった? 1階は確かに仕事のための部屋なのかなとは思ったけど、ただの客間ともいえるから新也の趣味なのかなって思ったし」

「まあ客間でもあるから当たらずも遠からずって感じだ。つかなんで俺の名前知ってんだよ」

 自分から名前を名乗ったのかなと思ったが、そんな記憶はない。ではなぜ火蓮は新也の名前を知っているのか。それは簡単なことだった。


「あんたの財布から保険証を見たから知っているのは当然でしょ」


 なにを今更というような感じで、それよりも火蓮は新也の仕事の方が気になるようだった。


「で、仕事は?」


「で、じゃねえよ! なに普通に人のプライバシー侵害してんだよ!」

 自分の家だけ無法地帯と化していた。家中に監視カメラと盗聴器をつけてやろうかと本気で新也は思うのだった。


 新也が一旦落ち着こうとコーヒーを飲もうとして、もうコーヒーがないことに気がつくと、新しいコーヒーを火蓮が注いでくれたその時、下から扉を叩く音がした。

 不思議に思う2人だったが、心当たりがないので取りあえず1階へ向かう2人。


「なに普通についてきてんだよ」

 1階へ下りる途中新也は火蓮を睨んが、火蓮はどこ吹く風で視線を逸らした。

 その間も扉は叩かれていた。別に強い力で叩かれているわけではなく、それはまるで住居者を訪ねるようなもので。

「あー。来客か」

 そこで初めて新也は自分の仕事の客だと気がついた。普段仕事はほとんど、だらだら過ごしているだけに突然の来客に自分の仕事を忘れてしまう。


「はいはい。今、開けますよー」

 新也はパジャマの甚平姿(じんべえすがた)のまま玄関の戸は開ける。

 するとそこには一人の少女が立っていた。


「…………」


 少女は玄関から顔を出してきた新也に対して軽く会釈をする。

「えっと……」

 別に新也は久々の来客に困っているわけではない。

 少女は長い黒髪を後ろで一つに束ね、吸い込まれるような黒い瞳で新也の顔を見ていた。袴に紫色の羽織を着ている。透き通るような肌に整った顔。しかしそれよりも新也が思ったのはどこか儚いような、今すぐにでも崩れてしまいそうな感覚だった。

 少女の顔には表情や感情というものが読みとれず機械的ともいえた。一言で言えば何を考えているのか分からないである。


「と、とりあえず、客でいいのか?」

 もし客商売で来店してきたお客さんに「あなたは客ですか?」なんて質問する店員がいたら即刻クビだろう。そんなことにも気がつけなくなるほど新也の心は動転していた。


 今までに会った人の中で群を抜いて不思議な人との対面であった。

 新也の質問にうなずいて答えた少女には、まず仕事部屋に通す。新也の1階の部屋だ。20畳ほどの広い部屋にあるのは机と対面できるようにソファーが置いてある。そしてその奥に机と椅子があり、新也の集めたであろうよく分からない資料がいくつか置いてあった。


 右側に新也が座り、その体面へ少女に座ってもらう。

「そして当然のようになぜついてくる」

 火蓮は新也の仕事仲間のように隣に座る。

「私がどんな仕事をしているのか見てあげるよ」


 何様だよとは口に出さず心の中に留めて置き、改めて新也は目の前の少女に向きなおる。

「で、要件は?」

「その前に結局新也の仕事ってなんなの?」

 火蓮を無視しようと決めた瞬間からその心は邪魔されてしまった。

 でもこれで無視しようものならまた話が進まなくなるので仕方なく新也は説明する。


「俺の店は退治屋だ」


「退治屋?」

 聞きなれない職業に疑問符を浮かべる火蓮。

「そのままの意味だ。客に依頼されたものを退治する。それによって報酬を得る。ただそれだけのことだ」


 新也が受けるその仕事内容はさまざまあり、獣の駆除から害虫の駆除まで客にとって害があると思わたものの退治を行うというものだった。

 しかしその実、新也はこれまで依頼を受けたことがない。そもそも依頼して来る客がいないのだ。なぜなら需要がないからである。獣や害虫の駆除は個人でやる人もいれば専門の人がいるので依頼するならそちらに依頼する。それに新也は自分の店を宣伝していない。そんなところへ依頼してくる客がいるはずもなく、火蓮にとっても耳馴染みのない職業だった。


 それに新也が店を構える場所、つまり自分の家は町はずれの人の目につきにくい場所にある。当然火蓮もなぜこんな場所にお店をと思い、だったら客が入りやすい町中に家を構えれば良かったのではと疑問に思ったのだが、新也それに対し、

「そんなことしてもし客がきたら面倒だろ。客が寄りつかない場所だからここがいいんだよ」

 と本当に客商売をする気があるのかどうか分からないことを述べたのだ。


「そんなことは今どうでもいいんだよ」

 新也はやっと本題に入る。邪魔が入ったせいで目の前の少女を放置してしまった。

 というか客の前で客がきたら面倒だというのはどうかと思う火蓮だった。


「で、依頼を聞こうか」

 質問された少女はやはり無表情、無感情だった。どうにもやりにく。相手の考えが読みとれないのは新也だけのせいではない。


「……私は寿(ことぶき)。……戦地に行ってほしい」


 淡々とでも小さな声なのにはっきりと聞こえる不思議な感覚。もしかしたら不思議ちゃん系の少女なのかな、なんてバカなことを考えながら新也は聞いたが、依頼内容がパッとしない。

 いきなり戦地に行ってほしいと言われてじゃあ行ってみようかとはならない。


「もっと詳しく言ってくれないか? それだけじゃなんとも言い難い」

「分かった。……今から戦争が起きる。それを止めてほしい」

 やはり説明不足気味だ。戦争を止めるなんてことができたらそれはもう神の所業に等しい。そんなことが簡単にできたら今頃世界中の戦争は無くなっているだろう。

「いや、戦争を止めることは無理だ。そんなこと人にできるわけがない」

「…………」


 もう少し砕けた説明をと視線を向ける新也だったが、反ってきたのは相変わらずの寿と名乗った少女の無表情だった。

 しかしそんな困った状況の中割って入る強者が。


「それは方法は問わないってこと?」


 火蓮はなにを考えているのかどこか表情は楽しそうだ。

 それに対し寿はうなずくだけで答える。

「なるほどね。ちなみにその戦争の規模はどのくらい? お互いの使われる武器とか人数とか、あとその中に重要人物とかはいる?」


 依頼されているのが新也から火蓮に変わりつつあった。


「……確定ではないけど、歩兵のみ。村の小競り合いだからそこまで大きくない」

 寿は火蓮も依頼相手だと思ったのか普通に返してきた。もう新也が蚊帳の外である。


「おい、なんでおめえがしゃしゃりででんだ」

「別にいいでしょ。新也が困ってそうだし。女子相手なら私の方がいいでしょ?」

 女子相手は確かに女子に任せた方がスムーズに進むかもしれないが、そもそも火蓮は部外所だ。

 だが、そんなことはお構いなしに話を進めていく火蓮。

「だったらそこまで難しくないね」

「いや、無理だろ。戦争なんてものは止めようと思って止められるものじゃねえんだよ」


 それはかつての新也は嫌というほど経験してきた。だからこそはっきりと言える。戦争とは未来永劫なくなりはしないと。

 しかし火蓮の考え方は少し斜め上だった。


「そんなことは簡単にできるよ。戦争ができない状態にすればいいの」


 はて、その方法とはと新也は視線で問いかける。

「村同士の小競り合いならその村をなくせばいいよ。そしたら戦争は起きないでしょ」


 暴力には暴力で訴えるそんな考えである。戦争を止めるどころか引き金を引く所業である。

「バカか。戦争を止めるために人を殺してどうすんだ。そんな通りは————」


「いい」


 しかし新也の正論には寿が割って入った。

「今なんて?」

 新也は空耳ではないかと疑ったが、

「その考えでいい。戦争さえおきなければ」

 空耳ではなかった。まさか本当に戦争のための戦争を承諾するとは……。


「ちょ、ちょっと待て。そんな暴論でいいのかよ! それじゃあ本末転倒もいいところだろ!」

「……勘違いしてる。今回は戦争を止めたいだけだから」


 だめだ。寿の言っていること言いたいことが全く分からない。

「じゃあ、今回だけ特別ってこと?」

 火蓮の疑問にまたしてもうなずくだけで答える寿。なぜさっきの会話だけで寿の言いたいことが分かるのか新也には理解できない。やはり女子同士なにか通ずつものがあるのか。だったら一生女心は理解できないと嘆く新也だった。


「だとしてもちょっと疑問は残るね」

 ちょっとどころではなく全てが疑問だ。

 聞いても無駄だと思った新也は他のことを考えることにした。その結果まだお茶を出していないことに気がついたので棚にあるポットで湯を沸かし始める。


「聞きたいんだけど」

 新也のそんな行動は無視して火蓮が話を進める。もう新也が給仕係へと成り下がっていた。

「なぜそんな依頼をしてくるの? そもそも退治屋なんてものの領分じゃないと思うけど」

 確かに火蓮の疑問は的を射ている。戦争を止めるなんて退治屋ではなく政治家の領分な気がする。目の付け所はいい火蓮。もしかしたら案外バカではないのかも……。


「そこ、失礼なこと考えてない?」

「なに? お前は心を読めるのか!」

「そうじゃなくてもあんたの顔が失礼なこと考えてますって顔になってんの」

「どんな顔だよ!」

「顔に出やすいタイプなんじゃない。ま、それはいいとして。で、さっきの質問だけど答えてくれない?」


 寿は火蓮の質問に対し、少し悩んでいる様子だった。初めて見せる表情。でもそれはほんの少しで本当に悩んでいるのか怪しいところだが。

「…………この戦争が起きると、大量の人が死ぬことになる」

 これまた抽象的なことを寿は淡々と告げる。そもそも戦争はそういうものでは? と思う新也だった。


「もうちょっと具体的に説明できない? じゃないと依頼を受けようにも受けれないよ」

 確かにその説明だけでは受けようにも受けれないが、なぜお前が言うと給仕役の新也は思っていたが、如何(いかん)せん今の状況を見た人はどう見ても依頼を受けるのは火蓮の役割みたいなことになっているのでとりあえず静観した。最終的な決定は自分がするのだから。


「……うん。でも私も詳しくは知らない。ただ、その戦争のせいで他の村まで襲われる危険性がある」

「んーいまいちつかめないけど、結局やることは変わらないんだし、いっか」


 そこでやっと火蓮は新也の存在に目を向けた。

「どう? 依頼内容は村の壊滅もとい戦争の回避。受けようよ」

 なにがそんなに楽しいのか火蓮はどこか楽しみにしている様子で聞いてくる。

「まあ分からないことは多々あるし」

 新也はお茶を三人分用意し、それぞれの前に配り席に着くと、

「それなりに大変そうな仕事だから報酬も期待できそうだ」


「だったら!」

 火蓮はこんなことのなにが楽しみなのか理解に苦しむ新也だったが、しかし新也の性格はまだきちんと把握していなかったらしい。


「だが、断る」


 静かに、だがはっきり聞こえるように新也は拒絶した。

「なんで!」

 断られてた寿ではなく火蓮が抗議の声をあげる。


「なんでじゃねえよ。不安要素しかねえじゃねえか。そもそも他の村まで襲われるかもしれないだけだろ。そんな理由で村潰してたら全ての村を潰さにゃならんくなるだろうが」

 などと正論のようなことを言っている新也だが、その心はなにやらめんどくさそうな案件だなと思い断ることにしたのだった。


「でも、だからってこのまま放置してたら本当に被害が出るかもしれないよ? それに新也も言ってたじゃん。報酬も期待できそうだって」

「報酬だけで決めるのはバカがすることだ。世の中そんな甘くねえんだよ。報酬に目がくらんでそれこそ没落人生なんてことにもなりかねえんだから」

「それは……」

 人生経験の差である。そう言われてしまえば言い返せない火蓮だったが、意外にも今度は寿から声が掛かった。


「お願い。受けて」

 この時だけは寿の表情は凛々しかった。覚悟を決めた時の目をしている。


 だが、新也は首を縦に振らない。

「断る。それは俺の領分じゃない。専門の人に頼め」

「それは無理。あなたにしかできない」

「だとしても断る」

「報酬は弾む」

「さっき報酬だけじゃないって話したろ。報酬じゃあ俺は動かねえの。金なら困ってないしな」

「だったら、報酬として私を抱いてもいい」

「だから報酬じゃあ——今なんて?」


 静まり返る場。寿のいきなりの爆弾発言にしかし本人の寿はいつも通り無表情で、

「報酬として私を抱いてもいい」

 と、繰りかえすのだった。聞き間違いではなかったと安心した新也。


「よし、その依頼受けよう!」


「ちょっと待って!」

 今度は火蓮が抗議の声をあげた。


「さっき報酬じゃ動かないってちょっとかっこいいこと言っていたのになんでそうなるの!」

「バカか。女を差しだされて断る男がいるか! ここまでの献上品はこの世に存在しないとさえ言えるだろうが!」


 人によって価値観はそれぞれということである。それは自分がなにを大事にしているかということで新也の中でそれは女性というだけで。


「そんなことないよ! そんなのただの変態じゃん!」

「そうさ。男は誰しも変態なんだよ。女=体と頭の中では勝手に変換されているんだからな!」


 新也の中ではそうらしいが、考え方は人それぞれである。


「じゃあ話を詰めていこうか!」

 上機嫌な新也に対し火蓮は「そんなことない……たぶん」などと言っていたが、今はそれどころではない。新也にはもうすでに寿のことしか頭になかった。


「報酬の確認だが、本当にいいんだな?」

「いい」

「抱くと言っても抱きしめるとかじゃないよな? そんな引っかけとかだったら俺泣くぞ」

「セックス——性行為のこと。だから大丈夫」

「大丈夫じゃないよ!」

 火蓮は声を大にして叫ぶのだった。


 それから新也は黙ってろと火蓮を黙らせると、今度は依頼内容について話しだす。

「依頼については分かったが、そもそも周りの村に被害が出なければいいんだろ?」

 寿がうなずくのを見た新也は、

「だったら火蓮の案は却下だ。そもそも被害が出るかもなんて確証もない情報で村を潰すなんてできるわけねえだろ」


 確かに新也の言っていることの方が正しい。それにその情報の出どころも気になるところではある。それには新也も思っていた。


「その情報、どっから持ってきた。それによってはまた話は変わってくる」


「…………私、個人」

 答えが抽象的過ぎる。そもそも会話が成立しているのか怪しいレベルである。しかし新也はこれについては追及しなかった。そもそも依頼主ことを探るのはご法度だ。


 ——みたいなこと漫画でよくあるしな。


 真面目に仕事をしたことのない新也にはそんな仕事に対するポリシーなど持ちあわせていなかった。


「じゃあそれはいい。それと依頼内容だが、少し変更させて欲しい」

 新也の意図が読めないのか、火蓮も寿も疑問符を浮かべていた。


「戦争は止めない。そのままやりたいようにやらせればいい」


「それじゃあなんの解決にも————」

 新也は火蓮の言葉を手で制して、

「だが、それで他の村に被害が出るかどうかが分かる。そしてもしそれが起きようとしてるんだったらそれは俺が全て止める。それでいいか?」

「別に構わない。でも……」

 そこで寿は言葉をさまよわせる。先に浮かぶ言葉が分からないのか、しかし新也には分かった。

「俺ができないって?」

 つまり、新也では力不足になるかもしれないと不安を抱いているのだ。


「安心しろ。俺なら必ずできる。なぜなら寿! お前の体のためだからな!」


 働く原動力がクズだった。

「なにも安心できないよ!」

「なら大丈夫」

「こっちはこっちでなんで安心してるの!」

 どうやらこの中で常識人は火蓮だけだった。いや、火蓮も火蓮で村を潰すとか言ってたあたり常識人ではないかもしれない。


 そして寿から戦争は一週間後の夕方からで、場所は新也の家から江戸を南下した開けた丘であると聞いたので、それまでは各々好きに過ごすことにした。なぜそんな情報を知っているのかと思ったがやはり新也は漫画の受け売りで聞かないことにした。


 それから一週間経つ前日に三人はその丘になるべく近い宿に泊まっていた。

 ただそんなところに宿があることはなく少し遠い場所になってしまったが、それは致し方ない。


 そんな中宿で三人は談笑していた。

「なんでお前は普通に俺の家に居座ってんだよ」

 新也に睨まれた本人、火蓮はこの一週間、新也の家に入り浸っていた。つまり居候である。


「いいじゃない。食事は私が用意しているし、それに他の家事だって私がやっているんだから」


 この一週間で火蓮の家事スキルは一言で言ってすごかった。見た目では子供なのに家事スキルだけは大人といっていい。料理はうまいし、掃除もしっかりやってくれている。広い新也の家でも隅々まで。それはもうどこかいいところのメイドかと思うくらいに。

 だから新也もそこまで出て行けとは言わず、それこそなんだか金持ち気分を味わえていい生活を送れたまであるので、気分は悪くなかった。


 そんな談笑して過ごした翌日。朝には宿を出て例の丘を目指していた。朝に弱い新也はなかなか起きなかったが、意外にも起こしにきたのは寿だった。

 寿は新也の部屋に入るなり無言で新也の頬に紅葉の後をつけた。痛さに目が覚めた新也の目の前には寿がいて、ちょっと不機嫌にも見えた。

 ちなみに火蓮の頬にも同じ跡がついていて、どうやら火蓮も寿により起こされたらしい。それと火蓮も朝が弱いらしい。


 丘に着くといい時間になっており、今にも開戦しそうな両軍がそろっていた。

 しかしその姿はなんというか……。


「なんか思ってたのと違う」

 火蓮も同じことを思ったのか呟く。

「まあ村通しの小競り合いだとこんなもんだろ」

 それは軍と呼べるものではなく、服装も陣形も統制が取れたとは言い難いもので、なんなら喧嘩といってもいいぐらいだった。


「さて、あとはなにが起こるか」

 新也達は丘の近くの茂み身を潜めその戦場を静観することにした。これは最初に新也が言ったことである。


 戦争は止めないが、その後にもし何か起これば新也が全て止めると。


 でもその心は下心でしかないところ残念でならないが。

 そうこうしているとどうやら開戦したらしい。両者が一気に駆け出す。


「ねえ、一人おかしな人いない?」

 隣で戦場を見ていた火蓮が新也に聞いてくる。

「いや、俺には見えねえが。つかよくこの距離で人が見えるな」

 新也達がいる場所は決して丘に近いとは言えない。人の顔なんか見えないし、塊がもう一つの塊とぶつかる程度にしか見えない。だが……。


「別に顔なんか見えなくても、ほら、あそこ。丁度真ん中のところ」

 火蓮が指さす場所を凝視する。すると確かに妙なものがいる。というか人が1人いる。

 遠くなのでどんな人なのか分からないがなにやら叫びながら走っているような。


「なにやってんだ、あいつ」

「ん〜。どうやらなにも知らずにここに来ちゃったって感じだね。どうする?」

「どうすると聞かれてもな。どうにもできねえだろ」

 こんなイレギュラーは予想していなかった。そもそもこんなところに一般人がいること自体が以上だ。できれば関わりたくないと思うのが新也の本音だったが、しかし寿がいきなり駆けだした。


「助ける」


 それだけ言い残すと颯爽(さっそう)と丘へ走っていく。

 それを見ていた火蓮までも、

「じゃ私も。新也も、ほら行くよ」


 火蓮に無理やり手を引かれ新也も走り出した。その新也の目には前方を走る寿の姿が。

 まさか自ら戦場に出るとは思っていたなかった新也は驚きだったが、それよりも袴姿でよくあそこまで走れるなと驚き半分、関心半分だった。

 寿の服装は新也の家にきた時と同じで、走り回るイメージは全然湧いてこないものだった。


「思ったより早いね。これは私も負けてられないよ」

 なにやら闘志を燃やしている火蓮は新也の隣を走っていたが、今は寿と並走し始めた。

 しかしその間に丘は戦地と化していて、一般人の姿など見えなくなってしまった。


「なあ、これに突っ込むのか?」

 火蓮達に追いついた新也が嫌そうに聞いたが、むしろ火蓮はどこか楽しそうだ。

「とりあえずはあの中に入ってさっきの人を連れ出さなきゃ。ちょっとぐらいは戦闘になっちゃうけどそれは仕方ないよね」


 こいつはもしかしたら戦闘好きの戦闘狂なのかもしれない。

 などとため息をついていると三人は怒号と混乱の中へと飛びこんでいった。


 新也はあたりを気にしながらさっきの一般人を探していたがすぐに見つかった。

 人でごった返した中なぜそんな簡単に見つかったかというとその一般人が奇声を発していたからである。


「いーーーーやーーーー。こっちこないでーーーー」


「案外早く見つかったね」

 火蓮もその姿を確認したらしく、そして寿はその一般人の側に駆け寄っていた。

 案外、寿は他人が困っているとほっとけないタイプなのかもしれない。


「さて、ここから脱出しなきゃならねえんだが……」

 新也は出口を探しながらあたりに視線を向ける。その間、村の武士と思われる人が何人も切りかかってきたが、あえて避けるだけにしておく。

 無駄な殺生は後味が悪いからな。


 だが、そんな新也の考え空しく銃声が聞こえる。


「マジかよ……」

 新也は銃声がした方を見ると案の定、火蓮が原因だった。火蓮はすでに両手に二丁の拳銃を持ち、飛び回りながら撃ちまくっていた。その動きは洗練されており、普通の人なら絶対といっていいほど追いつけるものではない。銃と体術による連携がうまく、近接戦だろうが遠距離だろうがすべてに対処していた。


 新也は思った。その洗練された動きを見て。


 ————俺とは赤の他人なんでさっさとこの場から逃げよう。


 新也は身を(ひるがえ)すとその場から駆けだした。すると前方に寿の姿が。助けた一般人の手を引きながら逃げていたが、さすがに誰かを守りながら逃げるのは難しくその足はだんだんと遅くなっていった。


 それを見た新也は、

「俺の報酬になにしようとしてんだぁ!」

 その場にいた人達にはなにが言いたいのか分からないだろうが、今の新也はそれが全てなのである。


 新也はすぐ助け出そうとしたが、それはいらない心配だった。

 寿は立ちどまると、襲いくる武士を無視し、己の拳を地面に叩きつけたのだ。


「まずっ⁉」

 新也はその意図に気づきすぐさま距離を取る。

 寿が打ちつけた地面がだんだんとひび割れていき地割れを起こしていた。


「なんつーパワーしてんだ……」

 そんな光景を一目散に逃げていた新也は唖然とするしかなかった。


 かたや銃で次々と殺していく殺人鬼と、かたやパンチ一発で地割れを起こす超人と……。

 これはもう早いとこ姿を消すしかない。

 そうして新也はその戦場をあとにした。

 新也に遅れて火蓮の寿が合流してきた。寿の片手には助け出した人が肩で息をしていた。


「一応言っておくけど殺してはないからね。撃ったのは全部足で動けなくしただけだから」

 だったら顔面を銃で殴ってたのはなんだったのか。火蓮の狂暴性はフォローできないぐらい新也の目には強烈だった。


 改めて状況を把握する。未だ戦場は荒れている。火蓮と寿のせいで半分くらいは壊滅したが、一応まだ続いている。そしてもう一つの問題が。


「で、こいつはどうすんだ? 見るからにおかしいやつだぞ」


 戦場から助け出した人に視線を向ける。新也の第一印象はおかしな人であった。

 この日ノ本では見ることがほとんどないシスター服を着ていたのだ。白と黒のシスター服に腰まである金髪。堀の深い顔立ちから海外の人だろうかと思う新也。


 そのシスターは息が整うと、

「誰がおかしいですの! これでも神に仕える信徒の一人ですのよ! 全く無礼者ね」

 ふん! と新也から視線を逸らすと今度は寿に抱きついた。


「さっきは助けていただきありがとうございました! あなたは命の恩人ですの!」

 その態度の変えように新也の怒りのボルテージはあがる。

「ところであんなところでなにしてたの? あ、私は火蓮。そっちの子が寿でそっちが新也よ。よろしく」


 火蓮は抱きつかれて寿が困っていると思ったのかシスターを引きはがす。

「あら、どうもよろしくですわ。わたくしアイリス・リン・オナルと申しますの」


 聞きなれない名前に難しい顔をする新也と火蓮。自分の国の名前ではないとちょっと覚えにくしどう呼んでいいのか悩ましい。そして二人が悩んだ結果呼んだ名前は、


「アナル?」と新也。

「オナラ?」と火蓮。


 と聞き返すのだった。


「アイリス・リン・オナルですの! そんな下品な名前ではありませんわ!」

 アイリスで構いませんわと言いながらまだちょっと怒っていた。


「じゃあアイリス。あんなとこでなにを————」


 なにをしていたのか聞こうとした火蓮の言葉は最後まで続かなかった。それは音となって襲ってきた。

 さっきまで戦場となっていた丘は見るも無残な姿に変わっていた。

 轟音と爆風が吹き荒れ、新也達の目の前には渦高く燃えあがる炎の姿しか映っていなかった。戦場で戦っていた武士の姿は炎に呑みこまれその姿は灰になっていた。


「…………」

 静まり返る一同。状況が理解できず、誰も言葉を発することができなかったのだ。


 するとその炎はなぜがある一点に集中して集まっていき、だんだんとその勢いをなくしていった。それは炎が完全に消えるまで続き、完全に消えたあとには焼けて黒くなった丘と元は人間だったであろう炭に見える物体があった。そしてその状況を作りだしたであろう人物の姿が1人————丘でただ1人だけが立っていた。


「これが寿が言ってた他の村に被害が及ぶってやつか……」


 一番最初に状況を理解したのは新也だった。それに触発されるように火蓮と寿も目に光が宿る。

「今回の依頼はあれを退治しろってことか」

 新也は寿に尋ね、あたらめてその対象を見る。


 それは鬼だった。


 額から2本の角が生えており、遠くからでも分かる巨体。腰まである茶褐色の髪は乱れ、そして手には刀身が炎の刀を持っていた。


「これがこん棒だったら完璧、物語に出てくる鬼だったんだがな」

 乾いた笑みとともに呟く新也。

 そうしていると鬼は新也達に視線を向けた。そしていきなり背中から翼が生えるとそのまま新也達に向かって突っ込んできた。


「ひとまず距離を取って!」

 叫んだ火蓮を合図に新也達はそれぞれの方向へ逃げる。アリシアだけは寿について行った。どうやら寿の側だと安全だと判断したらしい。


 鬼は突っ込んだ勢いそのまま炎の刀身をした刀を振りおろすとその軌道を描くように炎が吹き荒れた。

「おい、ありゃなんだ」

 逃げた新也はすぐに寿のともに行くとあとから火蓮も合流して質問する。


「……あれは塵倫(じんりん)

「塵倫? それがあの鬼の名前か」

「そう」

 塵倫。名前は分かった。しかしだからといってなんの解決にもならないが。


「名前なんてなんでもいいよ。あいつ倒しちゃっていいんでしょ?」

 さすが戦闘狂。状況を把握できたらすぐさま戦闘。

「いい。今回はそれが目的」

 寿は塵倫が現れることを事前に知っていたらしい。今回の依頼は塵倫を退治してほしいということだった。だったら最初からそう言えばいいのに。言われたところで信用していなかったが。鬼なんて物が存在していることなんて見るまで信用できないが、今目の前に現れているんだから、まずはそれをどうにかしよう。と新也は今後のことを考える。


「火蓮。お前はあいつと戦えるな?」

「当たり前でしょ。私は先に行っておくよ!」

 すると、本当に火蓮は塵倫に一人で突っ込んでいた。普通の人だったら逃げまどうのにさすが戦闘民族。


「寿。お前はどうする。確かにお前は依頼人だから別に逃げても構わない」

「戦う」

 寿もそれだけ残すと火蓮を追っていった。寿も寿で肝が据わっている。ただ寿が残していったのは言葉だけではないことに新也は気づく。


「わたくしは戦えませんわよ」

「だろうな。いいからお前はその辺に隠れとけ」

 アリシアは分かりましたわと言って茂みの方へ走ってく。その後ろ姿を見た新也は自分はどうしようかと思い。


「…………」


 静観することにしたのだった。とりあえず、塵倫に突っ込んで行った火蓮と寿の様子をうかがうことに。それは二人のさきほどの戦いぶりを見てのことだった。


「さて、二人はどこまで戦えるのか。弟子二人の成長が楽しみだな」

 などと訳の分からないことを言いながら木陰へと行く。


 一方その二人は新也の言った通り本当に塵倫と渡り合っていた。

 塵倫はその巨体に似合わず俊敏な動きを見せたが、火蓮からしたらそこまでではなかった。確かにあの炎をまとった刀は厄介だったが、当たらなければ意味が無い。それに寿も塵倫の動きについて行けている。


 新也は火蓮の動きを何度か見たことがあるので、そこまで驚きはしなかったのだが、寿があそこまで戦えることに少し驚いた。


 そんな時、寿が先ほど見せた地面を割るという怪力を見せ、それにより塵倫の体制が崩れる。その隙を狙って火蓮が懐から取り出した拳銃で攻撃した。拳銃といってもそれは火蓮の腕ぐらいの大きさがあり、撃った反動が空気を伝って新也の耳まで届くほどだった。


「どこにそんなもん隠し持ってたんだよ」

 火蓮の体は決して大きいというわけではない。むしろ小柄の方だ。なのにあんな銃を取り出せるとは物理法則を無視している。どんなからくりを使っているのか新也にはさっぱりだ。


 火蓮の一撃で塵倫は致命傷を負うかと思われたが、それは違った。塵倫は撃たれたはずなのに全くの無傷だったのだ。


 風向きわるしと思ったのか火蓮と寿は一旦、新也の元まで下がる。

「なんで参戦してくれないの!」

 もっともな抗議だった。

 火蓮のもっともな意見に対して新也はどこ吹く風。むしろ明日の晩飯何しようかなどと考えてそうなほどだった。


「ちょっと聞いてんの? さすがにあんな化け物、私も相手したことないんだから新也も手伝って!」

「いや、俺もあんなもん見るのも初めてだぞ。俺が参加したところで変わらんだろ。それこそ近づいただけで燃えカスになりそうだ」


 まるで体自体が燃えているような相手など新也の言った通り近づいただけでやけどをしてしまう。いや、やけどだけですめばまだましな方だろう。命があるだけ。


 火蓮はまだ武器を使って遠距離で攻撃できるからまだいい。問題は寿だ。寿は武器を使っておらず、素手だ。主に相手を殴ることで攻撃している。違づくだけでやけどをする相手に触るなど飛んで火にいる夏の虫だ。


「…………」

 そう思って寿の様子をうかがうが、いつものように無表情で塵倫を見据えていた。いつでも戦闘できるように。少し違うと言えば頬が赤く紅潮し汗を少しかいているぐらい。まるでジョギング前のアップをしてきたあとみたいだ。


「戦ってみてどうだった?」

 新也は抗議してくる火蓮を静止ながら訪ねる。新也も見ていたから塵倫の規格外なことは分かった。が、実際に戦って分かることもあるだろうと思ったが、

「どうもこうもこっちの攻撃が全く通じてない。これだとジリ貧になるよ」

 少し自信なさげな火蓮だった。


 確かに見ていて塵倫に攻撃が聞いている様子はなかった。

「だったら攻撃方法を変えてみるか」

 新也の提案に火蓮と寿は疑問符を浮かべる。

「他の攻撃方法なんてあるの?」

「相手は火そのものみたいなもんだろ。だったら弱点は簡単だ」

「それは水ってこと?」

「そう。火には水だ。ってことで火蓮。水鉄砲もってねえか?」


 新也の提案は水鉄砲による消火だった。そんなもので倒せたら苦労などしない。


「あるにはあるけど、そんなんであの化け物はどうにもならないでしょ……。期待した私がバカだったよ……」

「物があることに驚きだが、どうにもならないって思うのはちょっと早いんじゃねえか?」

「じゃあこれでなにか作戦があるってこと?」


 火蓮は懐から本当に水鉄砲を取り出した。ピストルタイプではなくきちんとマシンガンのような形をしたものだった。


「作戦はあるにはあるが、それよりお前のそれどうなってんだよ。お前のその体は四次元ポケットにでもなってんのか?」

「そんなものじゃないよ。これは私の企業秘密ってことで。乙女には秘密が付きものなんだよ」


 可愛らしくウィンクをする火蓮。クソ、可愛いじゃねえか。


「じゃ、じゃあ、火蓮はそれで塵倫に攻撃してくれ。俺と寿は揺動な」

「分かったけど作戦ってそれだけ?」

「まあ、任せとけって。そろそろあいつも待ちきれねえみたいだしな」

 新也の言うと通り、塵倫の方は新也達目掛け走り出していた。

「寿行くぞ!」

 新也と寿は揺動のため走り出し、その後ろから火蓮が続く。火蓮は不安を拭いされなかったが今は新也を信用するしかないと思う。


 新也の宣言通り、新也と寿は塵倫をかく乱していた。塵倫の(ふる)う炎をまとった刀を(かわ)し、そして新也と寿も攻撃をする。しかし別にそこまでダメージが与えられるとは思っていないのでそこまで深追い発せず、主に視線を新也と寿に集中させるために動いていた。


 そんな中、火蓮は気づかれないように駆け出し、塵倫の前に飛び出る。


 そして水が満タンに入った水鉄砲を塵倫の顔面に————。

 すると塵倫の顔面からジュウと音を立てながら白い煙が上がる。


「効いてる……?」

 火蓮は本当に効くと思っていなかったのか少し驚いている。

 そして白い煙がなくなっていき塵倫の顔面が見えてくる。


 その瞬間三人は一斉に逃げた。


「ちょっと、全然聞いてないじゃん! むしろ水を当てられてちょっと怒ってない?」

「やっぱだめだったか。顔面に当たる前に自分の熱で水が蒸発しちまってたな」

「やっぱって言った? 分かってたのになんでやらせたの!」


 もう新也のことは信じないと心に決めた火蓮だった。


「……どうするの? 追ってきてる」

 逃げながら、寿が言ってきた通り塵倫が鬼の形相で追ってきていることにまた足を速める。鬼の形相もなにも鬼そのものなんだが。


「あーもー! こうなったら目には目を!」


 火蓮はいきなりやけくそ気味に足を止める。すると今度はなにやらリュックのようなものを取り出す。

「だからお前の体はどうなってんだよ……」

 新也を無視して準備を進める火蓮。

 火蓮は背負ったリュックからホースのようなものを繋ぎそれを手に持つ。

「近くにいると危険だから、どいたどいた」

 新也と寿は火蓮のその奇行を見ていたが、火蓮はそれを手で追い払う。

 火蓮はそれから手に持ったホースを塵倫に向ける。


「あ、あの火蓮。それなんかテレビで見たことあるんだが。まさかと思うが……」

「さっきも言ったでしょ。目には目だよ。火は火でも消化できるんだから!」


 新也の不安は見事的中し、火蓮の持つホースからは轟音と共に火が吹き荒れた。


 火蓮が手にしたものは火炎放射器だったのだ。

「ふははははははは!」

 気でも狂ったのか火蓮は火炎放射器を手に高笑いをする。


 丘だった場所は先ほどよりも炎に包まれていき、もう自然と呼べる緑はなくなっていった。一面が赤に染まっていく。

「も、もういい! もういいって! ここを燃やし尽くす気か!」

 新也は火蓮の手を掴んで止めようするが火蓮はそれを無視して火をまき散らす。もう塵倫の姿は見えない。新也達の目の前にあるのはただただ赤い光景だった。


 やがて火炎放射器の燃料でも切れたのか、火はしぼんでいき最終的には轟音もなくなっていった。後に残ったのは焼け野原だった。

「どうすんだよ、これ……」

 もう消火作業なんてやっても無駄だ。自然に鎮火するまで待つしかないところまで行っている。ここは犯人を特定される前に退散した方がいいと思った新也は逃げることを考えていたが、それを寿が止めた。


「ねえ……」

「ちょっと放してくれ。寿も早く逃げた方がいいぞ。この惨状はもうカバーできるもんじゃねえ」

「あれ」


 寿は新也の袖を掴んだまま未だ燃え続ける炎を指さす。


「あれがどうしたってんだよ。ただ燃えているってだけだろ。もしかしてアリシアを巻き込んだとかか?」

 そうなったら殺人まで罪に問われてしまう。これはもう四の五の言わずさっさと逃げないとと思ったのだが寿の指さす先に変化が生じる。


「ん? あれは炎があそこに集まっている……」

 ある一点に向かって炎が渦を巻いて集まってたいのだ。それは周りの炎をどんどん吸収しているようで、そのおかげか散らばっていた炎はなくなっていき、やがてそれは一つの塊になった


「まじかよ……」

 さすがの新也もこれには喉をならし、冷や汗が伝った。


 集まった炎の中心にいたのは塵倫だったのだ。体は未だ燃え続けており、しかしそれにより逆に狂暴性が増したように見える。

 さきほどよりも体が大きくなったように見えるし、なにより炎をまとった刀が太くなっている。重量級の大剣並みの大きさになっている。


「これ絶対にあいつをパワーアップさせただけだよな……」

「そ、そうかな? 案外そうでもないのかもよ」

 新也は事の原因である火蓮を睨んだが、火蓮は冷や汗を垂らしながらそれから逃げる。ちなみに火で火を鎮火するには密閉空間でないとできない。


「お前どうすんだよ、この状況! 更に厄介になったじゃねえか!」

「し、知らないよ! 私だってあんなことになるなんて思ってなかったんだから!」

 火蓮が行った行動はまさに火に油を注いだものに等しかった。

「やばい! あいつあのまま追ってきやがった!」


 今度こそマジで死を覚悟した三人は一斉に駆け出し塵倫から逃げる。もしあんなものに近づけば今度こそ燃えカスになってしまうのは必然。


「そうだ! 今度こそ水鉄砲だ。火蓮、水鉄砲であの火の勢いを弱めてくれ!」

「絶対無理! おもちゃでどうにかなるわけないでしょ! 私が溶かされちゃうよ!」

「だったらどうすんだよ! もう逃げるしか——うおっ!? 寿! 急に引っ張んなよ!」

「寿、なにしてんの! はやく逃げないと!」


 逃げていた三人だったが、いきなり寿が新也の手を掴み立ちどまる。


「ちょっと寿、まじで……」

 新也がどうにか寿の手を振り払って逃げようとしているが、寿はその手を離すどころか新也の手を自分の方へ抱き寄せてきた。そしてそのままその手を自分の胸に————。


「……えっと。寿? これはなんでしょう?」

 いきなり自分の手に今まで感じたことのない柔らかい感触。離そうとしても吸いついて手が離れようとしない。そして新也は頭で理解する。


 ————ああ、これがおっぱいか……。


「ちょっと急になにしてんの?」

 顔を真っ赤にさせた火蓮が声をあげるが新也も寿もその声は聞こえていなかった。


「なんとういう弾力。これは一生揉んでいたいな」

「新也もなに普通に揉んでんの! いいから放しなさいよ!」

「うるさい! 黙れ! 俺は今まで感じたことのない快感を味わっているんだ! それを邪魔するんだったらせめて自分もこのぐらいのレベルのおっぱいを手に入れてからにしろ。つか寿、案外巨乳だったんだな」

「なっ! 寿もなにやってんの! 女がそんなことするもんじゃないよ!」


 しかし寿も新也の手を自分の胸に持ってきたまま動かない。なにがしたいのか理解できない火蓮はただただ顔を赤くして吠えていた。


「これはいつまでも揉んでいられるな。それ、それ、それ、それ、それ!」

 新也の片手はそれを最後まで味わうかのように動き続けた。


「……んっ。少し待って」

 やっと動いた寿は少し頬が紅潮しており、新也の心はまたもや刺激された。


「これは前報酬。あれを倒したら続き、やってもいい」


「そういうことか! だったら俺に逃げる理由はねえ! 今すぐあいつを倒して続きをやってやる!」

 なんと寿は新也に報酬をちらつかせることで新也をやる気にさせたのだ。その真意に気づいた新也は寿の思惑通り全身から闘志を燃やしていた。


「だからと言ってそんな理由で体を触らせるなんてダメだから!」

「私は大丈夫。それにこれも家の教えだから」

 そんな教えがある家系なら今度はぜひとも寿の家に行ってみたいと思う新也だった。


「さて、じゃあとっとと倒してくるか」

 新也はやる気そのままに火だるまとなった塵倫に向かって駆けだしていった。

「ちょっと新也! 考えもなしに行ったら殺されるよ!」

 火蓮の声はもはや新也には届いていなかった。なぜなら————。


「おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい————」


 さっきのことで新也の頭は寿の胸だけになっていたのだった。

 見た目では分かりにくかったが、寿は巨乳だった。そして男なら誰でもあこがれを持つだろう。巨乳を揉みしだくということを!


 そんな新也は本当になにも考えずに塵倫に向かって行き、そして抜刀するとそのまま振りおろす。

 当然、塵倫はそれを防ぐために炎をまとった刀でそれを防ぐ。


「俺のおっぱいへの道をじゃまするなぁ!」


 新也は腹の底からの願いを叫び、力技で無理やり押し切る。


 誰かが言った。おっぱいのおっぱいによるおっぱいのための戦いがあると。そしてそれこそが、今、新也が対面している戦いなのである。新也にとって経験したことのない戦いだったが、しかし、それが男の願望そのものであれば新也は何倍もの力を発揮できる。つまり、今の新也に敵などいないのだ。


 力技で振り切ろうとした新也の刀はどんどん塵倫を押していき、そして最後には大剣と巨大化した炎をまとった刀は真っ二つに切り裂かれた。


「くたばれぇぇぇぇぇぇっ!」


 新也は勢いそのまま塵倫を切りつけた。それは塵倫の頭から刺さり、顔を通り、胸を通り、胴を通り、腰を通り、最後には振り切られた。

 塵倫はそのまま二つに別れ地面に倒れる。


「す、すごい……」

 火蓮は新也の力技に感嘆の声をあげるが、それよりも新也の放つ覇気に鳥肌が立つのを感じる。


 本当になにものなんだろう、新也は……。


「これで寿のおっぱいが揉めるぜ!!!!」

 火蓮は感じた新也の覇気は気のせいだったことにする。


「うん。でも帰ってお風呂入りたい」

 寿もやはり女の子。やはり触らせるのはそのなりの準備が必要なのだろう。だったら紳士である新也が断るわけはなく、むしろ歓迎である。


「じゃあ帰るか。俺もシャワーを浴びてからがいいしな」

 そして三人は家へと向かって足を進めたのだった。


「って、そんなことさせないからね! 寿もダメだからね!」

「俺の邪魔すんじゃねえぞ。ガキだからって許さねえからな。つか一人忘れてね?」

「絶対そんなことさせないから。誰かいたっけ?」


「……アリシア」


「「あ」」

 寿のおかげで存在を忘れらていたアリシアを見つけ、そして丸焦げになった丘は見なかったことにして帰路に着く新也達だった。


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