第一刀 若葉の集う園
武術大国『日本』。
その名を冠する由縁と成っているのが『武士』である。
『武士道』という己に定める鉄の掟の元、己が信じる最強を突き詰める愚か者ども。初めて武士を見たある国の将軍は、精神が狂って使い物にならなくなった兵士を見るような顔をしながら、武士という生き物を馬鹿にしながらも、その言葉には、隠しきれない畏怖が籠もっていた。
時は西暦2000年代、科学が発展した時代においても武士は、その強さを世界に知らしめた。
武術を習うことは日本国民にとっては、食事を取る事と同じくらい習慣として根付いている。その武力には大きなバラツキがあるが、誰もが幼い頃から武術を習う。
健全なる魂は健全ある肉体に宿る。という言葉があるように、日本国民は幼い頃から武術を通して、身体を鍛え、その精神を鍛えていく。
しかし誰もが武術を続けるかと言われれば、そうでは無い。大半は、小学生~中学までに武術のさわりを学んだ後は、一般のスポーツを始めた為、武術を辞める。
結果的に、高校生になってまで武術を続ける者達は、一割にも満たない。
武術大国と呼ばれても所詮は、その程度だ。
それでもそう呼ばれるほどの理由が、彼ら武士達にはあるのだ。
そうしてこれから語られるのは、そんな武術に人生を捧げんとする若人たちの物語である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『国立天理学園』
国が運営する高等学校機関においては、五指に入る有数の歴史ある進学校。数多くの著名人や政界への進出者の母校であり、将来の成功を目指す若者達にとっての一つの目標と言える学校である。
そして同時に、日本と言う国において四高しかない『武芸科』が存在いている学校である。
桜舞う桜並木が、歴史を感じさせる重々しい校門を鮮やかに彩り、新入生たちを出迎えている。
新入生達は、白を基調としたブレザーと灰色のズボンとスカートを身につけ、これからの学校生活に期待を膨らませている。
そんな白の中に混ぜる黒。
白を基調としたブレザーの新入生達に紛れるように、黒の学ランを身につけた生徒達が数名。何より目を引くのが、携帯する武具。
携帯する袋に包みながらもおおよそ、高校生活に必要ないはずの武具を持ちながら進むのは、高校生になっても武術を捨てなかった大馬鹿者達の証。
そして校門の前にも、そんな大馬鹿者が一人。
「ああ、漸く着いた」
校門の前に立った山木心護は、校門に備え付けられた校名を確認して疲れたように大きく息を吐いた。
人里離れた山奥にて、育て親兼師匠と二人で生活をしてきた。ある程度の勉学と薪割りなどの日常に必要な家事を除けば、娯楽など無い陸の孤島で生活してきた。その為必然的に、残った時間は師匠の流派の修行を行った。
一般的な感性ならば、あり得ないと発狂するかも知れない。だが、物心ついた時からそれが当たり前だった心護からすれば苦ではなく、むしろ積み上げていく技量に楽しさを覚えていた。
そんな生活が一生続く物だと思っていたのだがある日、師匠が制服やら書類やらをまとめた物を投げ渡したと思ったら…
『一週間後から三年間、その高校で過ごせ。ああ、受験の心配はするな。
私のコネで推薦入学枠にして貰った。
そこには寮もあるから、通学や生活の面は気にしなくて良い。なに、金?。馬鹿かお前は。
それを踏まえて問題ないと言っているんだ。
俺も明日から、しばらく旅に出るから丁度良い。
異論反論は一切認めん。師匠命令だ。
三年間、そこでお前に足らない物をしっかり磨き上げてこい』
一方的にそれだけ告げると師匠は、有言実行と言わんばかりに着の身着の儘に出て行った。暫く放心していた心護だったが、今に始まった事で無い師匠の無茶ぶりに対しては、一種の諦めがあり、渡された荷物の中から目的地までの地図と交通費を探し出し、行動を開始したのが丁度一週間前。
一週間掛けて漸く辿り着いたのだ。
「つうか、今日が入学式って…間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ。相変わらず、適当すぎるだろ、あの師匠は。
っていうか、俺に足らない物って何だ?」
入学式とデカデカと書かれた看板を見て割と大雑把な師匠に文句を零すが、心護の脳裏に浮かんだ師匠は、間に合ったから問題ないだろと笑っていた。
実際に文句を言ってもそう言われるだろうなと考えた心護は、はあーと溜息を吐いてしまう。
しかし同時に、最後に告げられた言葉の意味を考えるが、全く答えが分からない。
少なくとも心護は、あの生活の中で足りない物を感じた事が無かった。それが余計に疑問を増大させる。
しかし考えても答えが出ない。ならば、師匠の言葉を信じて生活するしかないと割り切る。
大雑把で適当な事が多い師匠だが、指導という面では間違えたことがない。あやふやな事でも信じるに値する。
「よし。取りあえず、体育館に向かうか」
心護はパチン!と頬を叩き決意を改め、校門をくぐった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
天理学園には全部で四つの体育館を所有しており、その中で一番大きな第一体育館で入学式が行われる。第一体育館は二階建てとなっており、案内によれば二階にて入学式を行うらしい。
心護は渡されていた入学のしおりを見ながら二階に続く階段を上がっていく。その瞬間、一階の扉が開かれ、フゥーと風に乗って嗅ぎ慣れた匂いが鼻を通った。
――――畳の匂い?
それもかなり上質な。普通の学校にはまず配備されないような高級品だ。師匠の関係でそういった事にはある程度、学がある心護はどうしてと頭をひねるが、時間も差し迫っているため慌てて会場に入っていった。
心護が体育館に入った時点で、殆どの生徒が着席している。それを見た心護も、慌てて指定された席に着く。
入学式は何事無く進んでいく。名門と言えど、入学式など何処の学校にも変わりは無い。
「ふぁあ~」
つまらない。それが心護の率直な感想だ。我慢するのは得意だし、集中力の持続も苦手としないが、どうしてもこういう堅苦し式典は苦手だ。
そう思えたのはそれまでだった。
『それでは次に、天理学園生徒会長 柳道誠から新入生の皆さんへの挨拶となります』
司会の教員の紹介と共に舞台の袖から、壇上に一人の男子生徒が歩いてくる。その歩き方を見た瞬間、心護の意識が切り替わる。
――――強いな、あの人
正中線から軸が通った様に真っ直ぐと歩く姿は、それだけでその人物が積んできた鍛錬の重みの一端を垣間見る事が出来る。
――――師匠が此処に来させたの理由が少し見えてきたかもな
確かにあれだけの強者がいるならば、自分に足らない物を見つける事が出来るかも知れない。そんな考えが頭を過ぎる。
そして同時に、そんな彼がどんな言葉を述べるのか気になって視線を向ける。入学式の折り返し、新入生達の集中力も切れ始め、どうしても空気が浮つき出す。
しかし彼が現れた瞬間、新入生達の緯線は否応なしに惹きつけられる。その立ち振る舞いが、纏う空気が、存在が視線を逸らすことを許さない。
総勢で1000人近い人数の視線の先にいる生徒会長は、視線の圧など気にする素振りも見せずに、良く響く透き通った声で、新入生達に祝いの言葉を述べている。
そう、場の空気を除けばそれは普通の言葉だ。何の変哲も無ければ捻りも無い。絵に描いたような例文といえる。
生徒会長の答辞が終わる。そう、そこで終わりさえすれば…。
答辞の終わりを悟り、新入生達が拍手を送ろうとした瞬間だった。
『最後に、私情となるが少しだけ許してくれ。
此処にいる武の道を歩む同胞よ。私たちは、君たちの入学を心から歓迎しよう』
「ッ――――!!」
それは何も習得していない者達からすれば、武術を今も続けている人達に対する歓迎の言葉に聞こえるだろう。そして同時に思うのは、生徒会長も武術を続けていると分かる程度の感想だろう。
しかし心護を初めとした武術を修めた者達は、確かに感じた。
急流の水にぶつかった様な重い圧を。
それは無言の宣誓だ。君たちは私よりも弱いと告げられたのだ。優等生な立ち振る舞いからは想像も出来ない程の傲慢な言葉。
そしてその傲慢さを納得させられるだけの研鑽が強さを感じる程の重圧だった。
しかしそれを理解したとしても、黙っていられる者達は、心護を含めた武芸科の新入生にはない。
例え、尊敬が、憧れがあろうと、退けない線引きはあるのだ!!
宣誓を受けた瞬間、ビリビリと肌を突く複数の烈気が発せられる。放たれた烈気による場の空気の変化に、ざわつき出すが…
『以上を持って、挨拶を終了させて頂きます。
では、新入生の諸君、良い学園生活を』
場を鎮めたのは、複数の烈気を受けていた生徒会長だった。複数の烈気を受けてなお、表情は変わらない。むしろそうで無くては言わんばかりに笑みを浮かべる。
透き通る声をその場のざわつきを一瞬で鎮める。場が落ち着いたことを確認した生徒会長は、最後に一礼をし、壇上から舞台袖へと歩いて行った。
――――おもしれぇ。絶対に目に物を見せてやる!!
舞台から消えゆく生徒会長の姿を見ながら、心護はこの学園での目的を一つ追加する。そして、それは心護以外の大馬鹿者達も例外ではない。
その後は何事も無く式は進行し、入学式は幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
入学式も無事に終了し、担任の誘導に従いながら心護は1年壱組と書かれた教室へと移動していた。窓際の席に着いた心護は、手渡される資料と担任の説明に耳を傾ける。
「はい。それじゃあ、説明は以上になります。
何か質問がある人はいますか?って、いきなり質問は出来ないわよね!
ごめんごめん!
取りあえず、各自で渡した資料は読んでおいてね。
それと分からない点があったら、必ず先生に相談する事!!
それじゃあ、また明日!!
はい!それじゃあ、今日はお疲れ様、また明日ね!!」
担任はハツラツとした言葉と共に教室を出て行った。壱組の面々は各々動き始める。新しい環境で交友関係の構築を初めている。
肝心の心護は、要件が終わった途端、周りの事なく一切気気にすること無く帰宅準備をはじめる。
――――取りあえず、寮に郵送したっていう荷物の確認をして、ある程度荷解きしてから、修行できる場所を探すか…
テキパキと荷物を整え、教室から出ようと動き出そうとした瞬間…
「ごっめーーん!!武芸科の山木君と坂原君!!申請書類を書いて貰わないと駄目だから、先生と一緒に来て貰っても良いかな!!」
ドン!!と教室の扉を勢いよく開けながら、慌てた様子で担任が現れる。名前を呼ばれた心護は、分かりましたと荷物をまとめて担任の近くに集まる。
「えっと、山木心護君と坂原仙弥君で間違いないかな?」
「間違いないです」
「はい!自分が坂原仙弥で違いありません」
担任の言葉に心護と坂原と呼ばれた男子生徒は自分がそうであると答える。二人の答えを聞いた担任は、まだ居てくれて良かったと安堵の溜息を吐く。
そして意識を切り替えるように、大きく腕を伸ばし「それじゃあ、先生に付いてきてね!!しゅっぱーつ!!」と歩き始める。
その後ろを付いていきながら心護は、隣を歩く男に視線を向ける。
しっかりと固められた黒髪はキリッとした瞳、少しの崩れも無く着こなす制服。そして先程の言葉と纏う雰囲気から、真面目だけど融通の利かなそうな頑固者という印象を受ける。
ある意味で、余り近づきたくない人種であるが、それよりも心護が気になるのは…
――――こいつも、武術をやってんだよな
陸の孤島で暮らしていた心護に取っては、今まで師匠を除き武芸者に会ったことが無かった。初めて見た自分とは別種の武芸者にどうしても興味が引かれる。
そんな心護の視線に坂原は眉間に皺を寄せながら、心護を見る。
「なにか?」
「いや、何でもねえ。ジロジロ見て悪かった」
「気にはしていない。だが、人によっては不快感を覚えるだろうから、辞めた方が良いと思う」
「ああ。次から気をつけるよ」
そんな話をしながら進んでいくと先程、入学式を行っていた体育館の一階に入っていく。扉を開けると香ってくるのは上質な畳の香り。
朝に嗅いだ香りに、懐かしさを覚える。しかし同時にどうして学校の施設にこんな上等な物があるのかと疑問に思ってしまう。
そんな疑問を抱いていると、担任が一つの部屋の扉をノックと共に開ける。
「お邪魔しまーす」そんな陽気な声と共に開かれた部屋には、上質な畳を敷いた和室だ。そこまでの広さは無いが、数人が作業するには申し分無い広さがある。
その中心には、正座をしながら書類作業を行っている生徒会長である柳道と一人の生徒がいる。
「猫山先生。おはようございます。
登録の件ですね」
「おはよう!柳道君!!
正解!!遅くなってごめんね」
「いえいえ。猫山先生もお忙しいでしょうし。私としては、忘れて居なければ問題ありません。
そうだろう、室井君」
「はい。会長」
「そう言って貰えると助かるわ!!それじゃあ、さっさと済ませちゃいましょう。
二人とも予定もあるでしょうし」
「それもそうですね。それじゃあ、二人ともこの用紙に改めて必要事項を記入してくれ。
書いている最中に、武具の処置をしておくから、室井君に渡して欲しい」
柳道はそう答えながら、二人に用紙を手渡していく。受け取った用紙に坂原は、了解しましたと答えると武具袋を室井と呼ばれた生徒に手渡し、正座をしながら用紙に書き込んでいく。
少し遅れて心護も、他者に武具を渡すことに困惑はあれど、郷に入っては郷に従えと手渡し、用紙に記入していく。
渡された用紙には、さほど難しい項目は無くスラスラと書き込んでいく。住所なども、師匠から渡された紙の中に書いてあったので問題がない。
記入自体は、直ぐに終わり、二人は用紙を柳道に提出する。用紙を受け取った柳道も記入漏れがない事を確認すると用紙を無くさないようにファイルに入れる。
暫く待っていると、室井が二人に武具袋を手渡す。渡されたと気に「一応確認して」と言われたが、言われも無く、異変が無いか確認するつもりだったので、その場で確認する。
――――良し。黒い布のような物が巻かれている以外、問題なし。重さも握りも問題ない。
取り出した木刀に異変がない事を確認した心護は木刀を武具袋に戻す。隣では坂原も確認が終わったのか、木刀を直している。
此で此処には用はなくなったと、早速寮の場所へと向かおうとする心護だったが…
「所で、君たちは今から少し時間はあるかな?」
柳道の言葉に足を止める。何のようだと心護が口にするよりも早く、坂原が「何かあるのですか?」と問う。問われた柳道は、少し悪戯気のある笑みを浮かべる。
「いや、なに。私たちも本日の仕事が今し方終了したのでね。この後、フリーなんだ。
それで折角ならば、今年の新人がどれだけものか見てみたいと思ってね。
本来なら、いくつか申請書類が必要で一日ほど時間が掛かるのだが、そこは会長権限で何とかしようじゃないか。
だから、君たちが良ければ武芸仕合をしてみないかと思ってね」
柳道の提案に坂原は驚愕し、猫山先生はあちゃーと天を仰ぎ、室井はまた始まったよと言わんばかりに溜息を吐く。その反応を見れば、その提案が普通ではない事は明白だ。
しかしそれは心護に取って関係は無い。重要なのはただ一点のみ。
「戦って良いんだな」
今までの声音とは全く違う。飢えた猛獣のような声音での問い。一瞬、空気が萎縮するが、柳道は全く気にした様子も無く答える。
「普通は禁止されているが、今日は特別にね」
「なら、やるの一択だろ!!戦えるチャンスを逃す馬鹿は武芸者にはいねえ。
なんなら、あんたが相手でも構まわねえ!!」
心護も言葉に一瞬キョトンとした顔を見せる柳道だが、意味を理解すると楽しそうに笑う。
「これはこれは。随分、好戦的な新人が来たものだ。
私は構わないが」
だったら決まりだなと心護は口にするよりも早く、柳道の隣にいた室井が「駄目」と口を挟む。
その言葉を聞いた柳道「仕方ないなと」心護に向かって首を振る。
突如お預けをされた状態に近い心護は、嫌だと口にしようとするが…
「それに君の相手はもう居るだろう」
柳道がそう言いながら後ろを指さす。差された方を向けば、圧を発する坂原の姿。へえと心護の口が弧を描く。
「君の言う通りだ。わざわざ貴重な他流との手合わせの機会を棒に振るのは、武芸者らしからぬ所業。
それに何よりも一瞬、遅れてしまった自分の不甲斐なさが許せない。
すまないが…」
「もういいよ。あんたの理由に欠片の興味も無い。
だから、仕合ぜ」
「…ああ、そうだな。仕合をはじめよう!!」
そう煩わしい理由などいらない。ただ戦いたい。それで充分なのだ。人としては間違っているかも知れないが、武芸者としてはそれが正解なのだ。
両者の意思が一致したのを確認した生徒会長である柳道は、付いておいでと二人を先導する。続くように二人は後を追う。
残された二人は、大変だねと言い、ハイと疲れた様に息を吐いた。