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コスプレの王子様

「おい、いい加減に起きろ」

「………ふぁ? なにごと?」

「いつまで寝ぼけてんだ。俺様に手間かけさせるんじゃねぇよ」

「わ、わっ!! (みかど)くんがいる! さっきのは夢じゃなかったの!!?」

「夢だと思いたいなら、覚めるまでそこで寝てろ。俺はもう行くからな」

「ごめんなさい! もう少し、もう少しだけお話聞かせて!」

 

 気が付くと、近所の公園のベンチの上で俯いていた。正面には、立ったままだるそうにこちらを見ている、大好きな漫画の中のあの人。幻覚にしては再現度が高過ぎるし、周囲も見覚えのある景色だから、ここは物語の世界ではない。

 状況が把握出来ずに落ち着かない私の視線は、ゴツゴツした手から差し出された、一本のペットボトルに狙いが定まった。

 

「……ん」

「え、この緑茶、もらってもいいの?」

「暑さにやられてぶっ倒れたのかもしれないからな。水分摂っとけ」

 

 受け取ったお茶はまだ冷たくて、恐らく私が目を覚ます直前に、自販機で買ってきてくれたのだろう。

 表情が一切ブレず、面倒臭そうな雰囲気のまま気遣ってくれるところも、物語に出てくるぶっきらぼうな彼に間違いない。


 あれ? そう言えばさっきぶっ倒れてたって……

 

「あーっ!! 私さっきの道端で気絶しちゃってたの!?」

「もう忘れてんのかよ。一歩も歩いてないのに忘れてりゃ、ニワトリ以下の脳みそだな」

「もしかして、ここまで運んでくれたとか?」

「勘違いすんなよ。転がしといたら人様の迷惑になるから、引きずってきただけだ」

「私の服全然汚れてないけど……?」

「……」

「えっと、色々迷惑かけちゃってごめんなさい。お茶もありがとう」

 

 横を向いて耳の後ろを掻く仕草も、外プリを読んでて何回も見た。なんだかこうしていると、私がヒロインの『白石ほたる』ちゃんになったみたい。さすがに自惚れ過ぎかな。

 

「とりあえず、ここが現実世界なのはわかるんだけど、どうして帝くんがいるの?」

「あんた、まだ本気で言ってるのか?」

「ん? どういうこと?」

「いやこれコスプレな」

「………っ!!!」

 

 なんでその答えに辿り着かなかったのだろう。現実世界から逃げる事ばかり考え過ぎて、夢見がちな思考回路が骨の髄まで染み付いちゃったのかな。それにしても、フィクションとリアルの跨ぎ方として、コスプレという結論は割とすんなり導けそうなのに。

 呆れた顔をする彼を見ていると、些細な表情ひとつ取っても黒大河(くろおおかわ)(みかど)くんそのもので、本物ではないと知った今でも頭が混乱している。そもそも本物とか考えてる時点でナンセンスだけど。

 綺麗な明るい茶髪から、つり気味の切れ長の目。シュッとした高い鼻筋や、特徴的な制服。手足が長くて百八十センチ以上ある体格に至るまで、端から端を見渡しても完成度が完璧過ぎる。

 

「まるで帝くんになる為に生まれてきたみたい……」

「あ? ついに暑さで頭沸いたか?」

 

 思わず心の声が口から漏れ出してしまった。

 だけどそういう強気な反応までも、帝くんとして全く違和感が無くて、麻薬のように私から正常な判断能力を奪っていく。

 

「ご、ごめんなさい! コスプレだと聞かされても、まだ理解が追い付かなくて」

「……あんたの思い描く外プリの王子様と、今の俺はイメージ違ったか?」

「違くない! ホントにご本人登場と言われた方がしっくりくるくらい!」

「ならそれでいいんじゃねーか? 帝が存在する外プリの世界はこことは違う。ここではあくまでも再現だが、あんたにとっての本人に見えんなら、レイヤー冥利に尽きるしな」

 

 漫画の彼が絶対に言わないセリフなのに、それさえ不自然だと思えないのだから、すごく不思議だ。


 こんなに誰かと会話をするなんて久しぶりだけど、ちっとも苦痛を感じないし、それどころか心地良い。大好きな作品について、遠慮無く自分の気持ちを曝け出せる。こんなの中学生以来だし、やっぱり楽しいな。

 隣に腰を下ろした彼は、私にくれたのと同じお茶を、ゆっくりと口まで運ぶ。その姿まで絵になる美しさで、同じ人間とは思えない。

 

「なにジーッと見てんだよ」

「コスプレってすごいなぁと思って。まるで作り物みたいだよ」

「例え趣味だとしても、中途半端にやってたらつまんねぇだろ。俺は帝になる為の準備から、全部本気でやってきたんだよ。もちろん外プリは好きだしな」

 

 大好きな趣味だからこそ本気になる。私もそんな風に考えていた時期があった。でもいつからか、趣味は嫌な現実を忘れる手段に変わり、好き嫌いで測れる思いが薄れた気がする。好きなのはもちろんなんだけど、『痛い』とか『キモい』とか、そういう視線にばかり敏感になっていって、隠さなきゃ上手くやっていけないと思うようになった。隠しても上手くいってないんだけど。

 彼に顔向けしづらくなり、下を向いて考え込んでいる私は、気付けば逆に視線を浴びていた。なぜか帝くんの鋭い目つきが、少しだけ悲しげに見える。

 

「ご、ごめん、急に変な雰囲気出しちゃって」

「いや。俺この後バイトあるから、そろそろ行くわ」

「あ、そうなんだ。色々とありがとう。すんごく楽しかった!」

 

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