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ねむり一族の末裔  作者: サカモト
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第一章 ねむり一族の末裔(5)



 赤い朝陽がのぼっていた。

 色のついた陽に照らされ、手つかずの地は荒涼とした様子をみせていた。文明一切が、つよい熱によって蒸発した跡のようにもみえる。ある有名な写真家は、その場所を、この惑星に付いた傷だ、とも表現した。

 遠くの波から聞こえる音しか存在しない。かつて海底だった地面には、小さな貝殻が散らばっていた。そこを、地面に不釣り合いな革靴が二つ踏み歩く。長く乾いた貝殻は踏まれると、かんたんに砕けてしまった。

 歳は二十歳前後か、少年と青年の狭間にあるような、人造の的な耽美さを備えた顔立ちの男だった。無表情だが、どこか降り注ぐ朝陽を鬱陶しそうにしている。着込んだ細身のスーツは、オーダーものらしく、その身体にぴったりと合っている。茫漠とした旧海底を歩むことに対して想うことは、何もなさそうだった。

 やがて男は立ち止まった。ひとつ呼吸して、身を翻し、手を静かに高くあげて、ひとときすると手を下げた。すると、そこへ向かて、セダンが三台向かってきた。程なくしてセダンは男に土埃がかからない距離で停車した。停まると同時に三台のドアがそれぞれ開き、似たようなスーツと、細かな差異こそあるが、同族と思しき風貌の男たちがセダンから降り立った。彼らは流れるような動きでセダンの車内から別の者たちを外へ引きずり出した。

 引きずりだされたのは三人だった。頭に布をかぶせ、両手を拘束されている。背中に銃口を当てられた状態で降車させられた。

 そのうちひとりだけ、真ん中の者だけ、地面に立つとともに布は外された。

 際立って眸に存在感がある。長い時間布をかぶせられていたせいか、髪がむれていた。

 男は赤い朝陽の眩しさに目を細める。とたん、左右の男たちは、背後からら膝をつかれ、跪かされると、それぞれ後頭部を拳銃で撃ち抜かれた。

 間近で銃声が響き、真ん中の男は驚き絶句した。

「おまえだけがあの人と戦える」

 そこへ、いつの間にか近づいてきていた血色の悪い男が告げた。右手を広げると、その手に配下と思しき者たちのひとりが拳銃を手渡す。

「おまえが選ばれた」

 淡々とした声で告げる。作業的な言い方だった。

 殺意を込めた目で見返す。相手を知っている様子だった。

 男は放たれる尋常ならざる強い殺意に微塵も反応せず「心の準備は無しだ」一方的に告げつつ、デコッキングして拳銃を男へ差し出すと配下の者がナイフで両手の拘束をといた。

 高速はとかれ、拳銃は眼前に置かれている。男はすぐに拳銃へ手を伸ばさなかった。内部でこの状況について、考えている様子がある。

 対して、銃を渡した男は黙したまま相手の挙動を伺うようにして、一歩、二歩とさがる、そこに油断はなかった。

 じっと銃を見下ろしていたが、やがて手を伸ばした。それからこぼすように「或って或る者」といった。

 しばらく、手にした銃身を見つめていた。その間に、朝陽は光を増し、ひどく眩いものとなっていた。背後では、ふたりを撃ったと硝煙のにおいが漂ってきていた。

 ふと、誰かが背後から、男と亡骸二つをかわして姿を現した。おそらく、二人を撃った人間だった。そのまま歩き、男の目の前に出る。背中を見せていた。朝陽の眩さのため、人型の輪郭だけが見えた。左手には拳銃を持っている。

「森川」

 前に出たその人物が声を発した。すると、銃を渡した者が「はい」と返事をする。教師とそれを敬愛する生徒のような、そんな声の返事だった。

「さがってろ」

 背中を見せたまま命令を出す。すると従い、さがっていった。

 朝陽のなかで行われる、やりとりを男はじっと見ていた。

「勝てばおまえは生きつづける」

 歩きながらいった。内臓まで過重がかかるような、存在感のある声だった。

「ここもおまえのものになる」

 遠ざかりながらそれを言う。

 ここ、とは、どこだろうか。言葉の意味はすぐにはわからなかった、理解は遅れてやってきた。とたん、目をひらき、唖然とする。いま、そこにいるのが、或って或る者だった。そして、こことは、この壁の世界のことをさしている。つまり、勝てば、自分が壁の王となれるということである。

 或って或る者を狙い、ここにやってきた。だが、目論んだ昨夜の計画は失敗し、捕らえられた。たったいま、生き残っていた仲間ふたりも射殺された。或って或る者、自によって射殺された。ずっと自分の後ろにいたらしい。

 実在した。その衝撃がまずあった。誰も、姿を見たことがないという男だった。それがいま目の前にいる。偽りの可能性もあった。しかし、そこにある存在感には、その疑いを持ち出す気を起させない。

 或って或る者は歩く、異星の荒野を行くような様子だった。見続けていると、いったい、ここはどこの国だろうかと居場所を見失う。

 或って或る者は背中を男に見せつづけている。無防備にしか見えなえず、いま手中には銃がある。その重さから銃弾も入っていることもわかる。男はこのシステムを知っていた。或って或る者は、自分を殺そうとするもの、この壁のなかの世界を脅かす者は皆殺しにす

る。そして、最後のひとりとは、必ず自らで決着をつける。

 そうか、これか。

 或って或る者は遠ざかってゆく。それは的が遠ざかったゆくに等しい。無論、的は近い方が命中率はあがる。

 そう思った、直後、死ね、念じるともに銃口を持ち上げ引き金を引き切る、心臓を狙った。

 瞬間、或って或る者と目が合った。そんなはずない、だってやつは、まだ背中を見せていたはずだ。

 不思議さに、意識はとらわれた。

 直後、男の後頭部は弾けて細かな血煙が咲いた。眉間から入った弾丸が丁寧に貫通してゆく。その衝撃で男の身体は崩れた、銃弾の衝撃で最初は後へ、しかし、折り返して前へと倒れ、砂がひくい位置でわずかに舞った。

 それからすぐだった。「森川」或って或る者は声を発した。

「はい」

 呼ばれて返答する。近からず遠からず、声の届く距離にいた。

 或って或る者、赤みが薄らぎはじめた朝のひかりを背負い、或って或る者銃を手にしたまま立っていた。顔は影となっているが、目だけは視認できた。

 やがて、或って或る者はいった。

「頼んだ」

 やがて、朝のひかりは広がり、或って或る者の背後に、少しずつ建造が露わとなる。

 光を浴びたそれは、表情のない白い箱に見えた。

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