亡き友からの贈り物
本日2回目の更新です。
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──亡き友からの贈り物
スヴェンに対する拷問は苛烈を極めた。
スヴェンは苦痛に耐え続けたが、いずれ限界を迎える。
自分が誰に情報を渡していたか。どんな情報を渡していたかを喋り始める。
「なら、あんたがカールが追い詰められているってことを報告したのか?」
「そうだ……。俺が報告した……」
「ふうん」
なんとまあ、フェリクスはドラッグカルテル内の潜入捜査官まで操っていたらしい。
「聞ける情報は全部聞けたかね、紳士諸君」
マーヴェリックがシュヴァルツ・カルテルの人間たちに声をかける。
「ああ。後は苦しむだけ苦しませて、殺すだけだ」
「ちょい待ちな。あたしにいい考えがある」
マーヴェリックはスヴェンの髪を掴み、顔を持ち上げる。彼の顔には何度も殴られた跡が刻まれ、歯はへし折れ、鼻の骨もおれ、あらゆる体液に塗れ、悲惨な様相を成していた。それを見たマーヴェリックが満足そうに笑う。
「その顔をまずは手当てしてやらないといけないな。血と汗と小便を流して、それからお楽しみの時間だ」
マーヴェリックはそう言って、スヴェンの頬に張り手を入れる。
「あんたの情報を受け取っていたのはフェリクス・ファウスト特別捜査官で間違いないね? そして、奴はメーリア・シティの“国民連合”大使館傍のホテルに泊まっている。部屋の番号は401号室。修正する点は?」
「地獄に落ちろ」
「残念だけどあんたの方が先に地獄に落ちる羽目になるよ」
スヴェンは拷問でフェリクスについても喋らされていた。スヴェンはフェリクスにはドラッグカルテルは手を出せないと思っていたのだ。ドラッグカルテルが“国民連合”の捜査官を殺せば、報復は間違いない。
「さあ、手当てをしてやろう。水を持ってきてくれ。まずは顔を洗わないとな。それから身体だ。綺麗さっぱりして新しい服に着替える前に」
マーヴェリックがマリーに視線を向ける。
「そういうことね」
「そういうことだ。よろしく頼むぜ、マリー」
「分かった。準備する」
そして、悪魔のような企てがゆっくりと始まっていった。
フェリクスの方はと言えばスヴェンが連絡を絶ち、消息不明になってから3日が経つのに気をもんでいた。“連邦”の捜査機関に捜索を依頼しているが、今のところ何かしらの捜索の進展があったという話はない。
フェリクスはまたしても父親の命を奪ってしまったことを、子供に詫びることになるのだろうかと心配していた。
そして、フェリクスはスヴェンが最後に言い残したことが気になる。『“国民連合”政府内にドラッグカルテルの内通者がいる』という情報。
だとすれば納得も行くというものが多すぎる。
カールが司法取引できなかったということ。それが分かっていたからカールを嵌めたのではないだろうかということ。そもそもカールを逮捕に向かわせたのが、その内通者の仕業ではないのかということ。
スコットに相談するか? とフェリクスは一瞬考えて否定した。
スコットが絶対に秘密を洩らさないという保証はない。スコットが安全だと思って話した話が巡り巡ってその内通者に伝わる可能性もある。そうなれば、より一層内通者は捜査妨害を行うだろう。
誰にも相談できない。本当に信頼できて、内通者がいるということを内通者を突き止めるという任務を請け負ってくれる人間ではなければ。
誰が適任かということをフェリクスは考えたが、思いつかなかった。
相手は司法省にまで手が伸ばせるのだ。迂闊な相手に頼んで“事故死”などが起きては困る。それなり以上の権力を有し、絶対の正義に殉じている人間でなければ。
だが、そんな人間に心当たりはない。フェリクスは一介の捜査官に過ぎないのだ。
「どうする……」
フェリクスは考える。
こうなると麻薬取締局本局との連絡も最小限にしなければならない。本局もどこまで信用できるか分かったものではない。
潜入捜査はより難しくなる。麻薬取締局は司法省の傘下だ。司法長官の意見までが判明している状態では、麻薬取締局の潜入捜査官の情報を手に入れるなど容易いことだろう。事実上、麻薬取締局の人間による潜入捜査は不可能になったと言っていい。
しかし、潜入捜査は必要だ。
いつ、どこで、誰が、取引を行っているのかを突き止めるには潜入捜査が必要なのだ。そうしなければ、捜査に必要な情報が手に入らない。
そこまで考えてフェリクスは首を横に振った。
司法長官の情報まで漏れていては潜入捜査など不可能だ。
フェリクスの宿泊しているホテルの部屋の扉がノックされたのはそんなときだった。
「はい?」
スヴェンが戻ってきた?
もしかするとと思って覗き穴からドアの外を見る。
そこにいるのはスヴェンだった。間違いなく、スヴェンだった。
「スヴェン! 無事だったのか!? どうして連絡しなかった!」
フェリクスは慌ててドアを開ける。
「スヴェン……?」
スヴェンからの返事はない。
彼は虚ろな瞳でフェリクスを見ていた。
そして、だらりと舌を出す。
“裏切者”とそう舌には焼きつけられていた。
「しまっ──」
この手の方法は経験がある。
フェリクスは一瞬で地面に伏せる。
スヴェンの腹に詰め込まれたプラスティック爆弾が爆発し、ネジや釘などの鉄片がまき散らされたのは次の瞬間だった。
爆発はホテルの窓を吹き飛ばし、他の客室のドアを吹き飛ばし、ホテルから炎を噴き出させた。遅れて客室から悲鳴が上がり、火災報知器がなり始める。
助けを呼び求める声が響く。
フェリクスは携行している口径9ミリの魔導式拳銃を握る。確かな金属の感触がするのにそれを握ったまま立ち上がろうとして、足に金属片が食い込んでいることに気づいた。仕方なく、彼は傍にあったバスルームの扉を掴み、膝立ちになる。
戦争の記憶が鮮明によみがえってきた。
人間爆弾。
この世で考えらえる限り、最悪の爆弾の輸送手段。死者のはらわたを切り取り、そこに爆薬を詰める。そして、死霊術でそれを操り、相手に送りつける。
死体は友軍のものであったり、民間人のものであったりした。彼らを保護しようと近づくと、爆弾が炸裂して鉄片と死をまき散らす。海兵隊時代にはその手の方法で6名の戦友をフェリクスは失っている。
そして、攻撃がこれで終わりだという保証はない。
爆発で混乱した部隊にライフル弾を浴びせてくるゲリラの存在はほ必ずあった。今はフェリクス自身も鼓膜の調子がおかしく、火災報知器の音もよく聞こえない。救急に電話が行き、消防車と救急隊員がホテルに入ってくる。
「救急です! 負傷されている方はいませんか!?」
その声もフェリクスにはよく聞こえない。
彼はバラバラになった戦友の死体のそばで銃を構え続ける。
「救急──うわっ!」
スヴェンの死体のそばに来た救急隊員がフェリクスを見て驚く。
「ぶ、武器を下ろしてください。私たちは救急です。あなたを助けに来ました」
宥めるように救急隊員がそう言う。
「そうか」
相手の言葉がようやく聞こえるようになってきたフェリクスは銃を下ろした。
「足を負傷した。すまないが、肩を貸してくれ」
「大丈夫です。ストレッチャーを持ってきますから」
フェリクスは銃を下ろしたが、まだ握っていた。
「すまない、スヴェン。本当にすまない……」
フェリクスはそう呟いて意識を失った。
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