孤独との戦い
本日2回目の更新です。
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──孤独との戦い
スヴェンの潜入捜査は続いていた。
彼は何度ももうやめたいと上司に訴えていた。
潜入捜査は孤独との戦いだ。自分の正体が知られれば、即座に排除される。故に仲間の支援は受けられない。
それでいてやらなければいけないことは山ほどある。
シュヴァルツ・カルテルの内情。そして、ヴォルフ・カルテルとの関係。
それらを調べなければならない。
ヴォルフ・カルテルでは再び粛清が起きた。
そのことはシュヴァルツ・カルテルでも噂になっている。ボスが変わったとかで、新しい人間がドラッグカルテルのボスという名の帝位を継承するのに異を唱えそうな人間たちが殺されたらしい。
何としてもその情報を手に入れるのがスヴェンの役割だった。
既にシュヴァルツ・カルテルではボスに信頼される男になった。ドラッグの密輸・密売を任され、既にスヴェンは100キログラムのドラッグを毎月“国民連合”に密輸し、密売したとして麻薬取締局から金を受け取り、ボスであるドミニクに収める。
ドミニクはもう立件できるほどの情報が集まったのではないかとスヴェンは思う。
だが、盗聴器での録音記録もないし、スヴェンが渡した金は二重、三重に洗浄されてドミニクの懐に収まる。スヴェンたちはまだドミニクを立件できない。それが行えるだけの情報が足りない。証拠が不足している。
畜生。俺は奴がドラッグを手配し、奴に金を収めているのを見ているんだぞ。それでも立件できないっていうのか。スヴェンの焦りは強まる。
シュヴァルツ・カルテルでもこの調子なのに、ヴォルフ・カルテルの騒動まで調べろだって? どうかしている。こっちはもう手一杯だ。
「スヴェン。頼む。こうなった以上、ヴォルフ・カルテルについては掴みたい」
フェリクスは再び“連邦”入りしてホテルでスヴェンに会い、そう述べる。
「俺にはできない。下手に踏み込めば、麻薬取締局の人間だと疑われる。今でも危ない橋を渡っているんだ。俺はシュヴァルツ・カルテルのボスの顔と名前を知る数少ない人間だ。もし、麻薬取締局本局がシュヴァルツ・カルテルのボスについて情報を漏らせば、真っ先に俺が疑われる」
「その時は脱出させる」
「どうやってだよ! 俺はあんたと違って本局のオフィスの椅子に座っているわけじゃない! ドラッグカルテルの内側にいるんだぞ! 特殊作戦部隊でも呼んでくれるのか!? できない約束はしないでくれ!」
スヴェンは一通り叫んだあと、冷静になった。
「シュヴァルツ・カルテルとヴォルフ・カルテルで取引がある。新しいボスがシュヴァルツ・カルテルと利益を分かち合おうって取引だ。既に前からこの手の取引は行われていたそうだが、カールが逮捕されてから滞っていたらしい。誰もがカールが保険に残した文章が暴露されるのを恐れていたし、カールは司法取引すると思っていたからな」
「だが、カールは何も残せなかった。奴の保険はどこかに消え、奴は司法取引を許されなかった。それで奴らは安心したということか。仲間がカールの情報で潰される可能性がなくなり、安心して取引できるようになった、と」
「恐らくは。ヴォルフ・カルテルは2度目の粛清に踏み切った。今は弱っているはずだ。そういう意味でもシュヴァルツ・カルテルとは繋がっておきたいと思うのだろう。シュヴァルツ・カルテルは盤石だ。今は売人も捕まっていない」
フェリクスは考える。
西部と東部のドラッグクライシスにはシュヴァルツ・カルテルが関わっていたのではないだろうかと。だが、スヴェンの長期の潜入捜査でもそれらしきものは見つからなかった。となると、誰がドラッグクライシスを引き起こした?
キュステ・カルテルは西部に伝手はないと見ている。キュステ・カルテルはヴォルフ・カルテルの下部組織から抜け出せていないというのが本局の分析官の読みだった。それに従うとすれば、自分たちの縄張りである西部でヴォルフ・カルテルが商売をさせるか?
確かにヴォルフ・カルテルの弱体化の噂は聞くし、分析官たちもそう分析している。だが、フェリクスには未だにヴォルフ・カルテルへの猜疑心があった。
もし、ヴォルフ・カルテルで起きた1度目の粛清の原因がカールにあるとしたら? その報復としてヴォルフ・カルテルがカールを嵌めたとしたら?
待て。それはあまりに賭けだ。ヴォルフ・カルテルにはカールの保険を処理することはできても、司法長官がカールとの司法取引を禁じるところまでは予想できなかったはずだ。そこまで予想できるとなれば、もはや“国民連合”政府内にヴォルフ・カルテルの内通者がいることに繋がる。
警官程度は買収できても、“国民連合”政府を買収することは不可能であるはずだ。
だとすると、カールの件は純粋な捜査の結果か?
そうは思えない。カールは誰かに嵌められた。そのカールを嵌めた人間はカールが司法取引をすることも恐れずに、カールを麻薬取締局に逮捕させることのできる人間だったということになる。
つまりは、新参者。
そして、ヴォルフ・カルテルではボスが新参者に代わった。
「カールを嵌めたのはヴォルフ・カルテルの新しいボスかもしれない」
「何だって? 証拠はあるのか?」
「証拠はない。だが、考えてみろ。ヴォルフ・カルテル、シュヴァルツ・カルテル、キュステ・カルテルともにカールの逮捕にはリスクがあった。だが、明らかにカルテルに内通している人間がカールを嵌めた。それでダメージを受けないのは?」
「新しい体制?」
「そうだ。ヴォルフ・カルテルの新しいボスはかなり危険な男かもしれない。ドミニクのこともカールと纏めて処理しようとした可能性がある。スクラップ&ビルドだ。古い体制を俺たちに破壊させ、新しいドラッグカルテルの体制を作ろうとしたかもしれない。これは完全な憶測ではあるが……」
フェリクスが語るのをスヴェンは聞いていた。
「シュヴァルツ・カルテルとヴォルフ・カルテルの会合にどうにか割り込めないか試してはみる。だが、身の危険を感じたら即座に引き上げだ。盗聴器もなし。隠しカメラもなし。俺が俺の目で見て、耳で聞いた情報をあんたに渡す」
「スヴェン。無理を言っているようですまないが、我々には……」
「分かってる。カールのグライフ・カルテルは崩壊した。今、他のドラッグカルテルがその腐肉を漁っている。だが、いつまでも奴らに美味しい思いはさせない。少しばかり連中に打撃を与えてやろうじゃないか」
「感謝する」
フェリクスは目の前の勇敢な男に敬意を示した。
「だが、頼みがある。俺の家族に、俺に万が一のことがあったら伝えてくれ。『俺は麻薬取締局の捜査官として立派に義務を果たし、ドラッグとの戦いに殉じた。そのおかげで多くの人々が救われた』と。少し誇張かもしれないが、俺の息子はまだ中学生でな。反抗期なんだ。だから、せめて最後くらいは格好つけさせてほしい」
「分かった。だが、本当に無理はしないでくれ。俺に特殊作戦部隊を手配するような術はない。あんたの言う通り、あんた任せだ」
「最初からそうだっださ」
スヴェンはそう言って、ホテルを出る。
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