親の心を知る
本日1回目の更新です。
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──親の心を知る
テレビがニュースを伝えている
メーリア・シティ発、エリーヒル行きの航空機が墜落したというニュースだ。
既に航空事故調査委員会は動いており、機体の残骸とブラックボックスから航空機はテロによって撃墜されたという説が伝えられていた。
“国民連合”政府は非難する。改革革命推進機構を。テロリストだとして。
改革革命推進機構は犯行への関与を否定するが、世論は彼らの異論など認めはしなかった。改革革命推進機構は数日前に軍の施設を襲撃し、32名の死傷者を出しているのだ。それが状況証拠となっていた。
“連邦”政府もこの卑劣なテロを非難し、“連邦”は共産主義との戦いを新たにした。メーリア防衛軍に加えて、軍が改革革命推進機構を攻撃する。
もっとも、非人道的な行動はできない。
メーリア防衛軍はともかく、“連邦”の軍が非人道的な行動を行うことは、“国民連合”の世論が許さない。
テロに対する報復はスマートに行わなければならないのだ。
“国民連合”政府は“連邦”内の改革革命推進機構の基地を爆撃し、それによって報復は行われたと示した。地上軍の投入は泥沼になるとして行われなかった。
爆撃は繰り返され、改革革命推進機構は密林の中に逃げ込んだ。
「弁護士はどうなった?」
『動きはありません』
「では、正々堂々と向かうとするか」
ハインリヒの死は“国民連合”が確認した。帝位はついにハインリヒからアロイスへと移るのだ。何の問題もないならば。
ハインリヒが保険をかけてない可能性はない。
アロイスが恐れる保険。弁護士が公開する前に押さえなければ。
「マーヴェリック。弁護士に会いに行く」
「了解。同行しよう」
マーヴェリックと『ツェット』の1個分隊が同行する。彼らはいざという場合は証拠隠滅と銃殺刑執行隊に変わる。
親父のクソ野郎が何を残したにせよ、それは公開させまいとアロイスは考えていた。
弁護士のオフィスに到着し、弁護士に招き入れられる。
「ようこそいらっしゃいました。遺言状を預かっております」
「他に何か書類は?」
「ございません」
弁護士は首を横に振る。
「念のために調べても?」
「構いませんが……」
マーヴェリックと『ツェット』が弁護士のオフィスをくまなく調べる。
「あんたに関するものは何もないよ、ボス」
「そうか」
親父は本当に何も残さなかったのか?
アロイスは魔導式拳銃を抜く。そして、弁護士の頭に突き付ける。
「ハインリヒから何かを指示されていないか? 自分が死んだときに開封しろというような書類は? そういうものは一切ないのか?」
「あ、ありません! 全く、そういうものは! 本当です! 私はあなたの弁護士でもあるのですよ!」
「ふうむ」
弁護士が嘘をついている様子はない。アロイスは魔導式拳銃をホルスターに収める。
「いいだろう。遺言状を見せてくれ」
「は、はい。ハインリヒ・フォン・ネテスハイム氏の正式な相続人であるあなたに遺言状を開示します……」
弁護士はそう言って、封筒を開き、アロイスに遺言状を手渡す。
アロイスはそこに何が記されていようともハインリヒの財産は自分のものにするつもりであった。自分こそが遺産を引き継ぐべきなのだと考えていた。
「なんて書いてあった?」
「全ての財産を俺に譲ると。文字通り、全てを。ひとつも欠けることなく、全ての親父の財産が俺のものになる。無条件に。親父の身に何が起きていようとも、この遺言状は執行されるとある」
ハインリヒはアロイスを嵌めようとはしていなかった。
ただ、純粋に我が子を思って、財産を残した。彼が最初に言ったように、財産はアロイスの手に渡り、帝冠はアロイスの頭に授けられた。
「遺言はただちに執行されるのか?」
「はい。ただちに」
「分かった」
アロイスはオフィスの外に出て煙草に火をつける。
「杞憂だったね」
マーヴェリックが同じようにオフィスから出てきて声をかける。
「ああ。親父は俺を疑っていたりしなかった。親父は俺を信頼してくれていた。だが、俺は親父を殺した。殺したんだ」
「そうするべきだったからだろう?」
「ああ。そうともそうするべきだったからだ。親父はビジネスの邪魔になっていた。死んでもらわなければならなかった。だから、俺は親父を殺した。だが、親父は俺のことを信じていてくれて……」
クソ親父。あんたは最期の最期までクソ親父だったよ。俺を罠に嵌めようとすればよかったんだ。大人しく死にやがって。俺に何を思わせたかった? 裏切りへの罪悪感か? 俺はそんなものは感じたりしない。ただ、あんたが俺を嵌めようとしなかったことに拍子抜けしているだけだ。
そう拍子抜けしただけだ。あのクソ親父に同情などするものか。俺にドラッグビジネスを押し付け、地獄の道に引きずり込んだあんたに同情なんてしない。ざまあみろ、だ。あんたが俺を信じた結果がこれなのさ。
「泣きたい気分?」
「いいや。大笑いしたい気分だ」
マーヴェリックがそう言うと、アロイスは首を横に振った。
「杞憂だった。完全に空回りだ。喜劇じゃないか。親父は俺を裏切るとばかり思っていた。それがあの遺言状だ。親父も地獄で大笑いしていることだろう。腹が立つほど。俺たちはいもしない怪物に怯え続けていた。窓に映ったお化けの姿に怯えて完全武装でカーテンをあけたら子猫が1匹。最高にダサい」
「ああ。ダサい。だが、警戒するのは当然だろう? あんたの親父のお友達のカールおじさんはその手の保険をかけていたんだからな」
「そうだな。ある意味では真っ当な反応だ」
アロイスは紫煙を吐く。
「だが、やっぱりダサい。クソダサい。俺たちはお化けに怯えて怯えて、今まで震えて過ごしてたんだ。それがこれだ。お化けなんていやしなかった。まるで偏執病の患者だ。この世の全てが疑わしく思えてくるっていう。ああ、ダサい、ダサい」
クソダサい。俺たちがまるでピエロじゃないか。
「まあ、過ぎたことさ。これからはあんたがボスだ。組織をまとめ上げるために動き始めた方がいいんじゃないか? あんたが帝冠を授かるのに不満を覚える人間も出てくるかもしれない。あんたはこれまで親父さんの庇護下で好き放題やってきたんだから」
「それもそうだな。親父はいなくなった。これからは俺がボスだ。もう親父の庇護はない。親父の庇護なしで物事を進めていかないといけない。俺が自分の手で自分を守るようにしなければならない」
そうだ。この日のためにアロイスは『ツェット』を創設し、自分の金と暴力で権力を築いてきたのだ。全てはこの日のため。相手が行動に出るよりも早く動き、全てを掌握しなければならない。
帝国を分裂させようとするものの手から帝国を守らなければならない。
アロイスは行動を始めた。
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