計画殺人
本日2回目の更新です。
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──計画殺人
アロイスはハインリヒが“国民連合”に出張に向かうことを知った。
よりによってハインリヒは麻薬取締局との共同捜査の件を話し合うために、“国民連合”に向かうのだ。連邦捜査局と組織犯罪捜査担当次長検事局の押収した資料から得られた捜査資料を持って、“国民連合”に向かうのだ。
飛行機で。
飛行機には一般市民が200人近く乗っている。ハインリヒはファーストクラスで“国民連合”への旅に出る。イーヴォも現地でハインリヒの身の周りの手伝いをするために同行する。出張の日程は未定。
アロイスは悟った。この航空便でブラッドフォードはハインリヒを片付けるのだと。
事実、“連邦”内の戦略諜報省の工作員が活動中だった。
彼らはハインリヒが乗る便に爆発物を持ち込むために動いていた。
この時代はまだテロだの、何だのに煩くなく、裏口はいくらでもあった。戦略諜報省の工作員は職員用窓口から侵入し、荷物の中に爆弾を紛れ込ませる。
プラスティック爆弾1キログラム。航空機を上空で吹き飛ばすには十分すぎるほどの爆薬が運び込まれる準備を整えて、配置されていた。
これから共産主義ゲリラである改革革命推進機構軍によるテロとして歴史に残る航空事故が起きる。誰も“国民連合”を疑わない。“国民連合”の市民も犠牲になるのだ。誰が疑うというのだろうか。
航空機が上空で吹き飛ぶさまをアロイスは想像する。
航空爆弾は貨物室で炸裂し、一気に機内の気圧が下がり、酸素マスクが降りてくる。航空の後部の翼は完全に吹き飛んで操作不能になり、もしかすると航空燃料にも引火するかもしれない。機体は炎に包まれ、バラバラに散らばりながら地上に落ちていく。
人は燃えながら空の上から地上に投げ出される。ハインリヒも恐怖を味わいながら、苦しみながら、地上に向けて落ちていき、そして死ぬ。
イーヴォもまた同じように死ぬ。
イーヴォの死を避けようとアロイスは努力した。別の使用人を割り当てようとしたり、イーヴォを自分の屋敷に連れて来ようとしたりした。だが、無駄だった。イーヴォはハインリヒに仕え続ける道を選び、そして死ぬのだ。
作戦が始まったらブラッドフォードからアロイスに電話がある。
ブラッドフォードはこう言う。『今度、メジャーリーグの特等席にご案内します』と。それが合図だ。アロイスはハインリヒがなんとしても飛行機に乗るようにし、妨害はせず、残りの処理は戦略諜報省の工作員に任せる。
任せるのだ。アロイスはハインリヒを殺さない。殺すのは戦略諜報省だ。“国民連合”だ。国家だ。アロイスじゃない。アロイスは父親を殺さない。父親殺しは重い罪だと言われている。だが、アロイスは自分でハインリヒを殺せと言われても、殺しただろう。
魔導式拳銃にカートリッジを装填し、撃鉄を起こし、引き金を引く。
簡単だ。アロイスは自分の手を可能な限り汚さないようにするが、だからと言って殺さなければいけない状況で躊躇うことはない。
だが、そうしない。アロイスは人を使う。カールのようになりたくないのだ。カールのように“国民連合”の人間を殺して、藪蛇を突きたくないのだ。
ブラッドフォードもそう望んでいる。あくまでブラッドフォードとの取引で死ぬのは共産主義者だ。アカだ。改革革命推進機構だ。
そうでなければならない。アロイスは“国民連合”政府と手を結んでいるのだ。
だが、今回のテロでは大勢の“国民連合”市民が死ぬ。そうでなくとも、アロイスの扱うドラッグのオーバードーズで“国民連合”の市民は死んでいる。ヴィクトルもチェーリオも反逆者を殺す。
だが、アロイスが撃鉄を起こした魔導式拳銃で殺すことはない。
アロイスが殺したのは5大ファミリーの幹部とその家族。それぐらいだ。
それも人間のシチューになり、凶器は弾薬も薬莢も回収されて、処理されている。アロイスが人を殺した証拠は、何もない。
粛清にしたってそうだ。『ツェット』が全て片付けた。マーヴェリックが反乱分子を焼き殺し、マリーは反乱分子を人間爆弾に代えて吹き飛ばし、『ツェット』の隊員たちは魔導式自動小銃と魔導式機関銃、手榴弾に対戦車ロケットまで使って殺しまくった。
傭兵も同じように処分された。生き残った傭兵は死んだ方がマシなぐらいの拷問を受けたが、アロイスはナイフの一本にも触れなかった。
手を汚すことに忌避感を持っているわけではない。ただ、他人を使えるならば、他人にやらせた方が都合がいいと思っているのだ。
そう、アロイスはドラッグビジネスの専門家だが、人殺しの専門家でも、拷問の専門家でもない。専門的なことは専門家に任せることが望ましい。専門外に素人が手出しして、下手をするよりずっといい。
いや、それは言い訳だ。
アロイスは心のどこかでは、殺人を嫌がっている。10年間の記憶の中で人を殺し続けたことで自分の精神が摩耗していたのは記憶として知っている。二度と同じ目には逢いたくない。二度とあんな地獄は味わいたくない。
親父も、誰もかれも、殺しの専門家に任せればいい。
彼らは殺しの専門家なのだ。アロイスと違って殺しを生業にしている人間たちだ。彼らはいくら殺しても良心の呵責も、精神の摩耗も生じない。
ならば、いくらでも殺してもらおう。
死体の山を積み上げさせよう。アロイスはそれを見ているだけでいい。アロイスは死体の山の上では踊らない。死体の山で喜んだりしない。
アロイスはハインリヒが屋敷を出発したという知らせを受ける。距離的にも、時間的にも、戦略諜報省が爆破を予定しているハインリヒが予約した航空便に間に合うものになっている。
イーヴォも同行していると知った。
アロイスは電話を待つ。ブラッドフォードからの電話を。
電話のベルが鳴る。
「もしもし?」
『私です。今度、メジャーリーグの特等席にご案内します』
「ありがとう」
作戦は始まった。
戦略諜報省の工作員は荷物に爆弾を積み込む。
ハインリヒは搭乗手続きをイーヴォに任せ、煙草を吸っている。彼は煙草もアルコールも控えるように言われたが、カールが死んでから両方とも乱用している。
「準備が整いました、旦那様」
「では、行くか」
ハインリヒは立ち上がり、イーヴォに荷物を持たせて搭乗口に向かう。
手荷物検査が終わり、ハインリヒは飛行機に乗り込む。
イーヴォはエコノミークラスだが、ハインリヒはファーストクラスだ。
「飲み物は?」
「赤ワインを」
ハインリヒは憂鬱な気分だった。
よりによって麻薬取締局との会合だとは。連邦捜査局と組織犯罪捜査担当次長検事局の集めた情報を彼らに渡し、今後の捜査方針を話し合うのが今回の会合の目的だった。だが、ハインリヒは麻薬取締局と協力するつもりなどさらさらない。
ハインリヒはシュヴァルツ・カルテルを売るつもりだったが、現状ではそれは難しい。ドミニクはもっと弱体化してから、“連邦”の捜査機関が追い詰め、最後のトドメにドミニクを銃撃戦で殺すつもりだった。
今のドミニクは弱化してなどない。依然として盤石だ。
グライフ・カルテルは潰れたことで、シュヴァルツ・カルテルを潰すことは延期になる。ハインリヒの思惑とは無関係にグライフ・カルテルが生贄の羊になったのだ。生贄の羊をそう何度も捧げるものではない。
「これで終わりか」
ハインリヒは呟く。
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