サービス残業
本日1回目の更新です。
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──サービス残業
アロイスは半ば正式にドラッグビジネスから一時的に身を引くことになった。
だが、既にアロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークが存在する以上、アロイスの懐に金は入り続ける。
ふたつのネットワークはシュヴァルツ・カルテルとキュステ・カルテルも利用している。アロイスからの供給が一時的に止まっただけでは、動きを止めないし、アロイスは休業中もノルベルト経由でスノーパールを輸出していた。
『一時的な休業? 問題ないんだろうな?』
「親父に引きずり降ろされた。カール・カルテンブルンナーが死んだ件は聞いただろう。それを仕組んだのが俺だ」
『ああ。あれはあんたの仕業だったのか。そっちのカルテルは勝利できて満足なんじゃないのか?』
チェーリオとアロイスがそう言葉を交わす。
「親父は満足してない。むしろ、ご立腹だ。カールとは友人でありたかったそうだ。自分を裏切る裏切者をそこまでして庇う理由が俺には分からないけどね」
『あんたも俺のようにやったらどうだ?』
「そうするべきかもしれない」
チェーリオは父親を殺した。実の父親を殺して、今の地位を手に入れた。
アロイスがすべきこともシンプルかもしれない。
彼はブラッドフォードに電話して、取引の上で父親が邪魔になっていることを知らせ、そしてハインリヒを始末すればいいだけなのだ。
だが、アロイスはそうしない。
ハインリヒが組織のトップであるのは鬱陶しいものの、ハインリヒを排除した後のビジョンが分からない。ハインリヒはこれまでずっと4大カルテル──今は3大カルテルの顔役だった。それが突然死んでドラッグカルテルは回っていくのだろうか?
カールが死んだことでアロイスは逆に不安になっていた。
不穏要素を排除したはずが、不穏要素を排除したばかりに未来が分からなくなり、ハインリヒからアロイスへの帝位継承がスムーズに行われるのか分からなくなってきたのだ。1度目の人生で帝位継承はスムーズとはいかずともちゃんと行われた。
2度目の人生ではどうなる?
ハインリヒは死ぬ定めにある。どうせ、“国民連合”の首都エリーヒルにいる戦略諜報省の分析官たちはアロイスとの取引の中で障害になるのはハインリヒだと特定するだろう。あの5大大学出身のエリートたちはハインリヒは死ぬべきだという判断を下す。
そして、ハインリヒは始末される。
ブラッドフォードにアロイスが言おうが、そうでなかろうが、戦略諜報省は無慈悲にハインリヒを殺す。連中の言う優れた頭脳がそう判断する。
今の戦略諜報省のボスは誰だったかとアロイスは思う。
ああ。4人の大統領に仕えてきたドラゴン、オーガスト・アントネスクだ。この狡猾なドラゴンは3人の大統領に2つの政党に仕えてきた。そして、今も政権に仕えている。冷酷無慈悲な戦略諜報省という名の機械の中枢として。
クソッタレ。俺が望もうが、望むまいが、親父は死ぬのだ。
だが、その後どうなる? 親父がカールと同じような保険をかけていないと誰が断言できるというのだ?
親父はもう1度目の人生の親父と違う。俺が1度目の俺とは違うように。親父が俺の反逆を恐れて保険をかけておかないという保証はなかった。
もちろん、穏便にアロイスが帝位を継げば、問題はないだろう。
だが、帝位は簒奪されるのだ。戦略諜報省が親父を殺す。そして、帝位は強引にハインリヒからアロイスに移されるのだ。
親父はそのことを知っているだろうかとアロイスは思う。
ハインリヒが自分が不慮の死を遂げたときに公開されるファイルが準備されていたらどうする? そこにはアロイスのことも記載されているのか?
アロイスが裏切る可能性に備えているのか?
アロイスはカールを裏切った。次に裏切られるのは自分ではないかとハインリヒが考えても不思議ではない。だが、自分のことを無理やり帝位に据えようとした男が土壇場になって、ひっくり返すのか?
分からない。今や誰もが、誰も信じられずにいる。
アロイスはハインリヒを疑い、ハインリヒはアロイスを疑っている。ドミニクも、ヴェルナーも、カールの保険を知り、お互いにそういうものを持ってるのではないかと戦々恐々としている。
取り決めを新たに交わそうという動きもあった。
お互いにデッドマンスイッチを持たないという取り決め。だが、それは難航している。誰もが相手を信じられずにいるのだ。だから、始まったのは情報の隠蔽合戦。相手に知られている情報を全て書き換え、相手の保険を無力化する。
死してなお影響力を残すとはあんたは大したもんだよ、カールとアロイスは思う。
アロイスも情報の隠蔽と書き換えを始めている。シュヴァルツ・カルテルもキュステ・カルテルも、アロイスの命綱であるアロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークのことを知っている。それらに関する情報の書き換えと隠蔽は進んでいる。
今ではアロイスを通さなければシュヴァルツ・カルテルもキュステ・カルテルも、ふたつのネットワークを利用できない。関係者の一部は始末されて人間のシチューになり、残りも自分たちの身の安全を図り始めた。
お互いにヘマはしない。裏切らない。
その言葉をヴィクトルもチェーリオも忠実に守っている。アロイスも同じようにヴィクトルとチェーリオに捜査の手が行きつかないように手配していた。
物的証拠は全て焼却した。金は洗浄したドラッグの配送ルートも集積所も全て変更した。これでアロイスからヴィクトルやチェーリオにいきつく手段はなくなった。
後はハインリヒのみ。
ハインリヒの持っているかもしれない保険には間違いなくアロイスのことが記載されている。それを封じなければならない。
不幸中の幸いにして、ハインリヒの屋敷とオフィスの電話は盗聴している。誰に電話をかけているかは分かっていた。アロイスはハインリヒの弁護士の居場所を特定し、『ツェット』の部隊にそれを見張らせる。
そして、電話の前で迷い続けた。
ブラッドフォードに電話するべきか、そうするべきではないのか。
「俺はどうするべきだと思う、マーヴェリック?」
「親父さんを殺すか、殺さないかってこと?」
「ああ。そうだよ。そういうことだ!」
「キレ散らかすのはやめろ」
マーヴェリックが不愉快そうな顔をする。
「悪かった。だが、キレたくもなる。親父が俺を嵌めようとしているかもしれないんだぞ? 親父との仲は悪かったがここまで疑う羽目になるなんて。畜生」
「殺して、カールのように処理したら?」
「そう何度も成功すると思うか?」
「奇跡は何度でも起きるものさ」
マーヴェリックはそう言ってけらけらと笑った。
「分かった。もう何も尋ねない。自分のことは自分で決める」
「そうするといい。あんたはそれで成功してきたんだ」
そうだ。俺は成功し続けてきた。
これからも成功し続ける。どうあろうとも。
「ブラッドフォード? 俺だ。頼みがある」
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