ちょっとした休業
本日2回目の更新です。
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──ちょっとした休業
カールの死から2日後、アロイスはハインリヒに呼び出された。
内容はほとんど分かっていた。
カールの件だ。
ハインリヒはカールを嵌めたのがアロイスだと気づいている。
ドミニクでもヴェルナーでもなく、アロイスがもっとも有力な容疑者だ。
ハインリヒは危うい橋を渡らされた。アロイスによって。危うくカールの暴露する情報で、ハインリヒは滅しかけたのだ。
幸い、カールの保険はアロイスが処分し、カールの口も封じた。
だが、ハインリヒはカールの肩を持ち続けていた。カールと和解できると信じていた。カールの身をも守ることで自分の身も守ろうとしていたのだ。
だが、そのカールをアロイスは殺した。
正確には殺したのはシュヴァルツ・カルテル系列のギャングだが、それを依頼したのはアロイスだ。アロイスが裏で手を引き、カールを殺した。
ハインリヒは激怒しているだろう。彼はカールが裏切るとは思ってもみなかったのだ。だが、カールは裏切っていた。そのことをハインリヒは頑なに認めようとしなかったが、カールは裏切っていたのだ。こればかりはアロイスの被害妄想ではない。
ハインリヒはアロイスにどのような罰を与えるつもりだろうか?
既にヴォルフ・カルテルの半数の幹部はアロイスの側についている。それでもハインリヒはボスだ。ハインリヒが制裁を加えてくれば、アロイスにとっては手痛い打撃になる可能性があった。
グライフ・カルテルの壊滅は麻薬取締局に勝利を宣伝する機会を与えたが、3大カルテルとなった今の体制ではこれからどうなるのか分からない。ハインリヒはどのようにバランスを維持するつもりだろうか。
心配なことはいろいろとあるが、とにかくアロイスはハインリヒに会う。
「お帰りなさいませ、若旦那様」
「やあ。イーヴォ。父さんは?」
「落ち込まれております。またアルコールの量が増えられました」
「そうか」
親父は弱っているとアロイスは思った。
酒の量が増えたのは、カールの件のせいだろう。カールが逮捕されたことで自分たちの情報がいつ麻薬取締局に露見し、追い込まれるかを恐れているに違いない。
もはやそのような心配はないというのに。
「では、父さんに会おう」
アロイスはイーヴォの案内でハインリヒの書斎を訪れた。
イーヴォが恭しく扉を開き、アロイスが入室する。
「アロイス。お前の仕業なんだな?」
「何がだい、父さん? いきなりそんなことを言われても困るんだけど」
「とぼけるな。カールの件だ」
やはり、カールの件か。
クソ親父も随分と腹を痛めたことだろう。いつ保険が開示され、司法の手が自分に向かってくるか恐れていたはずだ。恐怖で夜も眠れず、アルコールに頼っていたのだろう?
ざまあみろだ、クソ親父。あんたを破滅から救ってやったのはこの俺なんだぞ。
アロイスはそう思いながら平静を装う。
「何のことやら。カールは逮捕されたそうですね。麻薬取締局に連行され、刑務所で死んだとか。裏切者には相応しい末路じゃないですか」
「奴が保険を残している可能性は考えなかったのか? 我々は破滅するぞ!」
ハインリヒが叫ぶ。
「保険とはこのことですか?」
アロイスがブリーフケースから書類の束をハインリヒに見せる。
「これは……」
「奴が弁護士に電話して公開させようとしたものですよ。我々の方が一枚上手でした。奴の保険なんてもう存在しない。カール自身も司法取引できずにくたばった。我々が一体何を恐れなければならないというんです?」
ハインリヒは顔色を悪くさせながらも保険を読んでいく。ヴォルフ・カルテルとハインリヒについて記された書類を読み解いていく。明らかにハインリヒの顔色は悪かったが、カールの保険を見て、顔色を青ざめさせなかった人間はない。ヴェルナーも、ドミニクも、揃って恐怖していた。
カールのクソ爺が自分たちの情報をここまで具体的に知っていたことについて。
だが、そのカールはもういない。カールの保険も差し押さえた。カール自身も司法取引できずに監獄でギャングに殺された。
哀れなカール爺さんとアロイスは思う。
奴は帝国を奪われ、侮辱され、唾を吐かれ、最後は野良犬のように死んだのだ。
「保険が他にある可能性は?」
「奴の周辺人物については監視をつけていますが、全く動きはありません。むしろ、カールの保険があるならば我々に売りに来るでしょう。この状況で麻薬取締局と取引しても何の意味もない」
「そうか……」
ハインリヒは胸をなでおろすのが分かった。
「それはそれとしてだ。どうしてこのようなことを考えた? 下手をすれば全員が破滅していたのだぞ? どれだけリスクのある行動だったか分かっているのか?」
「ですが、カールは裏切者だった。始末しなければならなかった。だが、父さんたちはカールを友達だなんて思っていた。あんなドブよりも酷い臭いのするクソ野郎を友達だと思うだなんて、どうかしている。カールはくたばって当然だった。父さんたちがやらないから、俺がやったんだ」
クソ親父。あんたのケツは俺が拭いてやったんだぞ。次はおしめでも交換するか?
「アロイス。お前をこのドラッグビジネスに早いうちから引き入れたのは、お前にドラッグビジネスがどういうものなのか理解してもらうためだった。決して親に逆らうためにドラッグビジネスを学ばせたのではない」
「しっかりと学んだ結果だ。裏切者は許すな。リスクになるものは全て処理しろ」
「そんなことは教えてない!」
ハインリヒが叫ぶ。
「いいや。教わった。俺は西部でギャングと取引し、東部でマフィアと取引した。警官も殺した。歯向かうものは全て殺した。父さんが俺にドラッグビジネスを学ばせた英才教育の結果がこれだ。父さんが俺を育てたんだ」
アロイスは憎しみを込めて淡々と語る。
ハインリヒの目は息子を見る目ではなくなっていた。完全に化け物を見る目になっていた。だが、その化け物を育てたのはハインリヒなのだ。
「お前はどうかしている」
ハインリヒは声を絞り出すようにしてそう言った。
「ドラッグビジネスにあまりにも早く近づけすぎたのが原因なのかもしれないが、お前は間違った選択ばかりをしている。カールの件でも、他の件でも。カールは殺さなくてもよかったんだ。カールを逮捕させる必要なんてなかった」
「いいや。あった。カールは死ななければいけなかった」
「親の言うことを聞け!」
「父さんこそ俺の話に少しは耳を傾けろ! カールの言葉は信じても、息子の言葉は信じないのか!?」
アロイスが激昂して叫ぶとハインリヒは沈黙した。
「ドラッグビジネスから暫く距離を取れ。そして、頭を冷やせ。今のお前は冷静さを欠いている。今のお前ではまとな取引は行えない。頭を冷まし、冷静になってから戻ってこい。反省したらビジネスに戻してやる」
戻してやる? 押し付けたのはあんただろう?
アロイスははらわたが煮えくり返りそうだった。
「分かったよ。父さん、それじゃあ」
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