第二の出会い
本日3回目の更新です。
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──第二の出会い
マーヴェリックとの関係はそのままずるずると続いた。
アロイスはマーヴェリックに何度も別れた方がいいと言ってきたが、マーヴェリックは気にしなかった。いつものようにアロイスの高級アパートメントを訪れ、酒を飲み交わし、政治や文学、時としてドラッグの話をする。
マーヴェリックの話は面白かったし、付き合っていてアロイスは楽しかった。
そんなずるずるとした関係のまま、アロイスは別の女性に目をつけてしまった。
同じ薬学部の学生で、アロイスと同じように飛び級している。
マーヴェリックとは正反対と言える女子学生だった。
ノースエルフとサウスエルフの混血という“連邦”の大多数を占める人種で、癖とボリュームのある黒髪を背中に流し、背丈の割には発育がいい。いわゆるトランジスタグラマーだ。顔は童顔で、くりくりとした青い瞳が特徴的だった。
マーヴェリックは年季の入ったタイトなジーンズに体のラインが浮き出るTシャツ姿だが、彼女は黒のロングスカートと白のブラウスという服装だった。アロイスにはそれがブランド品であることにすぐに気が付いた。
“連邦”で大学に通うのは金持ちばかり。彼女も例に漏れず金持ちの娘だ。
アロイスは少しばかり興味が湧いた。
「やあ、君も飛び級?」
アロイスは軽薄な色を消して、優秀な学生同士という立場で話しかける。
「ええ。研究したいことがあって、基礎を固めて、その上で大学院に。将来は製薬企業に勤めたいんです。多くの人々の病を癒すために」
「流石だね。俺は薬剤師にでもなろうかって思ってたよ」
嘘だ。
アロイスも製薬会社に入って、様々な病気に有効な薬の研究をしたかった。今の副作用の強い抗がん剤の代替品や糖尿病に有効な薬、精神疾患を抑える安全な薬。
でも、アロイスの夢は断ち切られた。ドラッグビジネスのおかげで。
「俺はアロイス。君は?」
「エルケ。よろしくね」
「ああ。よろしく」
アロイスはエルケのことを好ましく思う反面、嫉妬していた。
自分が進めなかった道に彼女は進む。自分がなれなかったものに彼女はなる。彼女は業績を収め、世間で高く評価される。真っ当に評価される。
本来ならばアロイスもそうなりたかった。だが、ドラッグビジネスというものがアロイスの夢を打ち砕いた。アロイスは薬剤師にすらなれない。ただ、ドラッグビジネスという血に塗れた金を扱う、薄汚い犯罪者となるしかない。
憎い。彼女のことは嫌いではない。むしろ好感すら持てる。だが、憎い。
アロイスは大学から帰ってから、いつものように遊びに来たマーヴェリックにその話をした。自分が成せなかったことを成す、優秀な女子学生の話を。
マーヴェリックはアロイスが他の女性に興味を示したと語っても嫉妬などしなかった。彼女は自分が一番だという自信があった。二番、三番の女がいくらアロイスの気を引こうと、最後には自分のところに帰ってくるという自信があったのだろう。
その点でもマーヴェリックはいい話相手だった。
「そいつはあれだね。嫉妬で間違いない。あんたは自分の夢を叶えられなかった。だが、その女はあんたの夢とそっくりの夢を叶えようとしている。嫉妬するのは当然だ。それで、どうするんだ?」
「どうするって、何を?」
「その女のことは憎いけど、好きでもあるんだろう? ベッドには誘わないのかってことだ。あたしは3人でも構わないけどね」
「彼女がそういうのに乗るとは思えないな。根っからの優等生だ」
「そういうあんたはドラッグの売人なのに根っからの優等生だろう」
「どうだろうね」
アロイスは仮面を外せば醜い姿が見える。ドラッグを無分別に売りさばき、その責任を取ろうともしない。相手の責任だと言って、罪悪感を感じることもない。
これからアロイスの売ったゲートウェイドラッグによって、より深みに嵌っていく人間は出るだろう。最後はゲートウェイドラッグとは比べ物にならなくらいぶっ飛ぶドラッグのオーバードーズであの世行きだ。
「愛することと憎むことは両立できる」
「冗談だろう?」
「いいや、ジョークじゃない。お互いを愛しつつ、お互いを憎んでいる夫婦が何人いると思う? 憎いけど愛したい。その感情は矛盾していない。むしろ、ただ愛するよりも、憎しみが籠っている方がよりふたりを強固に結びつけるってものさ」
アロイスはマーヴェリックの言うことが半ば理解できなかった。
「とりあえず、ドラッグを渡してみたらどうだ? それで繋がりはできる」
「薬学部の学生だぞ? スノーホワイトの危険性は理解している」
「そう、理解はするだろう。だが、文学部で平和についての文学を学んだ人間が全員揃って平和を愛し、敵を許すなんてことはない。薬学部でも知識として知っているだけで、実際に試してみたいと思っている奴はいるよ」
そうかもしれない。
薬学部ではスノーホワイトの危険性について学ぶ。いや、全ての学生がスノーホワイトの危険性について学ぶ。共通の講義が開かれ、小学生の交通マナーのようにスノーホワイトの危険性について学ぶのだ。
それでもスノーホワイトに手を出す学生は相次いでいる。
もしかするとエルケもドラッグに興味を示すかもしれない。アロイスはそう思った。
「金持ちの娘だろ? いいカモじゃないか。ドラッグで繋がりを持ち、ドラッグで破滅させ、ドラッグを通じて愛する。全て矛盾はしない」
「どうだろうね」
アロイスは矛盾しているように感じられた。
だが、実にマーヴェリックらしいとも思う。破滅と愛を同列に語るのは彼女らしい。彼女は破滅を愛している。彼女の読んでいる文学作品のほとんどは何らかの破滅を抱えている。殺人、不貞、裏切り、汚職。今の“連邦”の写し鏡のような作品だ。
「俺は直接スノーホワイトを売らない。他の売人に試させてみる。彼女が興味を示して試してみたら、感想を聞いてみるよ。彼女がドラッグを憎んでいるなら、話はそこまでだ。俺と彼女の間に何の繋がりも発生しない」
「あくまで憎まれたくはないか。相手を憎みはしても」
「俺は身勝手な男なんだ」
「自己保身の願望はどんな人間だって本能として持っているよ」
マーヴェリックとはそれからべろんべろんになるまで飲み交わし、アロイスは翌朝二日酔いの頭にコーヒーのカフェインを叩き込んで大学に向かった。マーヴェリックは朝の講義はないと言って、ベッドで寝ていた。
それからアロイスは大学で売人のひとりと会う。
アロイスはエルケという薬学部の女子学生にドラッグを売ってみろと売人に促す。売人は薬学部の人間が出涸らしとは言え、スノーホワイトをやるわけがないと言ったが、アロイスはあくまで試してみろと言っておいた。
売人はボスの言うことを聞き、エルケに接触する。
アロイスは売人からの報告を待つ。もし、ドラッグの大学内での取引が露見しても、警察が事件を揉み消す。警察は全てハインリヒに買収され、ハインリヒから特別ボーナスを受け取っている。
「どうだった?」
昼休みの時間にトイレで売人にアロイスが尋ねる。
「買いました。一袋」
エルケはドラッグに手を出した。
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