予定通りの結末
本日1回目の更新です。
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──予定通りの結末
カールが死んだという話はすぐにアロイスの耳に入った。
全ては計画通りだった。
麻薬取締局の馬鹿どもはまんまとアロイスの流した情報に従ってカールを逮捕した。その時点で彼らはカールと司法取引するつもりだったのだろうが、そうはいかない。カールはブラッドフォードを通じて“国民連合”の司法省に圧力をかけ、司法取引を禁止した。その理由としてカールが“国民連合”の人間を殺しているからというのは実に都合のいい罪状であった。
カールが裁判に負けて終身刑10回を食らってもアロイスは油断しなかった。
手負いの獣は面倒だというものだ。ならば、確実に殺す。
ドミニクのシュヴァルツ・カルテルの傘下にあるギャング集団がいる刑務所にカールを移させ、ドミニクにはカールの保険にあったドミニクついての記載された書類を渡し、ギャングを動かして、カールを始末させた。
こうして最小限の流血で裏切者のカールは死んだ。
アロイスは勝利の高揚感を味わっていた。
「予定通り?」
「予定通り。全て。完璧に」
マリーが尋ねるのにアロイスがそう返す。
「裏切者のカールは死んだ。残り憂慮するべきことはいくつかあるが最大の障害は排除された。これからも抗争は起きるだろう。だが、勝つのは俺たちだ」
「凄い自信ね。まるで未来を見てきたみたい」
「そうさ。未来を見てきた」
そこでアロイスは急に不安を感じた。
ここまで史実通りだ。10年前はカールが反乱を起こそうとして死人が大量に出た。ヴォルフ・カルテルも弱体化した。
だが、歴史は変わった。アロイスが変えた。
カールは何もできずに死んだ。ヴォルフ・カルテルはシュヴァルツ・カルテルとキュステ・カルテルの両方に恩を売り、強大化した。
何よりアロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークが膨大な富と繋がりを生み出している。どちらの密輸・密売ネットワークも、シュヴァルツ・カルテルとキュステ・カルテルが頭を下げ、手数料を払って利用しているような状況だ。ヴォルフ・カルテルはまさに盤石な体制となった。
だが、そうであるが故に危険ではないのかという不安がアロイスを襲う。
シュヴァルツ・カルテルは盤石だった。だから、崩壊した。
そう、このドラッグビジネスは安定すればするほど危険度が増すのだ。盤石で、巨大であるほど麻薬取締局の注意を引く。
だからこそ、生贄の羊が必要なのだし、帝国は常にいくつもなければならないのだ。
ハインリヒは思えばバランス感覚に優れていた。常に自分たちが表に立たず、他のドラッグカルテルに麻薬取締局の注意を向けさせる。そうやって生贄の羊を作りながら、新しい帝国を作って麻薬取締局の注意を自分たちから逸らし続けた。
アロイスが引き継いでから彼はハインリヒのやり方を踏襲しなかった。彼は富と暴力さえあれば大丈夫だと思っていた。だが、相手は国家なのだ。帝国という比喩ではなく、本物の国家であり、世界屈指の超大国なのだ。
アロイスは急に何もかもが恐ろしくなってきた。
ヴォルフ・カルテルは分裂したという情報を戦略諜報省には流させている。だが、実態を調べればそれがでたらめであることはすぐにばれる。
大丈夫なのか? 本当にこれでよかったのか?
シュヴァルツ・カルテルもキュステ・カルテルも生贄の羊に捧げるつもりだが、その後はどうするんだ? いずれヴォルフ・カルテルだけが残る。麻薬取締局はヴォルフ・カルテルに対する捜査を強行するだろう。
今回のように全てが上手くいく保証はどこにもない。
ブラッドフォードにしてもいつまで頼りになるか分からない。“国民連合”の政権が変わればブラッドフォードは今の地位を退く。『クラーケン作戦』は中止に追い込まれる。そうなればアロイスを守るものはなにもない。
いや、俺は生き残ってやる。生き残って平穏を得てやる。
他の人間に認められていることが俺にだけ認められないなんてなしだろう? 俺だって平穏に暮らしたいんだ。いつまでもドラッグカルテルに関わっていたくない。帝国なんて、ヴォルフ・カルテルなんて知ったことか。俺は薬剤師になりたかったんだ。
「どうしたの? 急に顔色が悪くなったけど」
「どうにもね。過去を見てきたが、将来は見てきてない。それが不安なだけだ」
「そんなの誰でも同じでしょう?」
そうとも他の人間は人生をリセットされることなんてない。
だが、俺はリセットされたんだ。10年前に戻され、また命を狙われる仕事をする羽目になっているんだよ!
アロイスは唸り、呻き、頭を抱え、ソファーに座り込んだ。
「はい、水」
「ありがとう」
マリーが冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきてくれた。
ペットボトルの蓋を開いて、一気にミネラルウォーターを飲み干す。
「それで、どうしたの? マーヴェリックにしか相談できないこと?」
「俺は怖いんだ。いつか自分がカールのようになるかもしれないっていうことだ。麻薬取締局に野良犬のように追いかけられて、そして野良犬のように撃ち殺されるのが」
「そう」
マリーはそうとだけ言って、アロイスを見つめた。
「全てが上手くいきすぎて、逆に不安になった、ということ?」
「そういうことだ。あまりにも上手く行き過ぎた。今後の運を全て使い切ってしまった気分だ。まだそんなことはないと思っているんだが」
「考えすぎ。あなたは物事を着実に進めてきた。運に頼ってなどいない。理論的に、理性的に物事を進め、そして勝利した。勝利は当然のこと。今後もこうやって進めていけば、あなたは生き延びられる。私たちもいる」
「そうだな……。俺は運に頼ったりしていない」
そうだとも不確定要素を確実に排除してきたから、勝利したんだ。そしてこれからも同じようにやっていけばいい。状況を味方につけ、手札を睨みつけ、カードはいかさまで有利なものを手に入れる。
心配のし過ぎだ。カールの末路があまりに悲惨過ぎたせいだろう。
「だが、ドラッグビジネスは犯罪だ。俺たちは犯罪を犯している。罪を犯しているんだ。いつ取り立てが来てもおかしくはない。罪は償わされる。そういうものだろう?」
「確かにドラッグビジネスは犯罪。それは認める。だけど、ドラッグビジネスに関わっている人間が全員揃って破滅するとは思えない。中には生き残る人間もいるはず。マフィアでも寿命で死んだ人間はいる」
そうだな。マフィアの全員が法の裁きを受けたわけではない。中には寿命を全うした人間もいる。孫とともに過ごし、孫と遊んでいる間に心不全で死んだマフィアの大物。古き良き時代の人間。
だが、今は違う。マフィアだろうと、カルテルだろうと、法の正義が下される。見逃されることはない。チェーリオも、ヴィクトルも、アロイスも、いつまで法の手が追わないとは限らない。昔と比べて警察も、他の捜査機関も能力を向上させたのだ。
俺は一生追われることに恐れて、過ごすことになるのか? そんなことになるのか? 他の人間が平穏を享受している間に俺は追われ続けることになるのか?
畜生。そんなことが認められるかとアロイスは思う。
だが、現実は非情だ。
アロイスは今回は予定通りの結末を迎えた。
だが、次がそうなるという保証はない。
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