司法取引
本日2回目の更新です。
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──司法取引
カールは“国民連合”に連行された。
フェリクスは勝利の臭いをかぎ取っていた。
これからカールはお喋りカールになるだろう。カールが喋る言葉のひとつで、巨大なドラッグカルテルが崩壊する。カールはドラッグカルテルに崩壊のラッパを吹くものとなる。カールと司法取引できれば、フェリクスたちは勝利する。
そうなるはずだった。
「司法取引ができない!? どういうことなんですか!?」
フェリクスは麻薬取締局本局で局長のスコット・サンダーソンに詰め寄る。
「司法省から直々の命令だ。カールは“国民連合”の人間を殺している。だから、司法取引はなしだと。司法省の、それも司法長官から私にそう電話が来た。従うしかない。カールとの司法取引はできない」
「司法取引しなければ奴は何も喋りませんよ」
「私がそんなことも分からない馬鹿だと思っているのか? 分かっているとも。カールと取引できれば他のドラッグカルテルに痛手を負わせられる。だが、我々は司法省管轄の組織であり、司法長官がダメだと言ったのだ」
畜生! どういうことだ! せっかくの勝利を台無しにするのか?
「カールと司法取引するべきです。司法長官を説得してください。カールと司法取引すればどれだけの利益が得られるかを。確かにカールは“国民連合”の市民を殺しました。ですが、こうしている間にもドラッグカルテルの連中はドラッグで“国民連合”の市民を殺しているのです。どうか司法長官を説得してください、スコット」
「無理だ。私にはできない。私がそんなことを言いだせば司法長官は別の人間を局長に据えるだろう。君の捜査に理解を示さない人間を。私は理解のある方だと思っている。完全に君の味方というわけではないが、西部での捜査にも、東部での捜査にも、今回の“連邦”での捜査にも自由裁量を与えてきた」
「ですが!」
「無理なんだ、フェリクス。司法長官が決め、司法省が禁止した。カールと司法取引はできない。どうあってもだ。カールが自発的に喋ることに期待するしかない。それに奴には弁護士がいて、それが保険を持っているのだろう? そっちから当たることもできるんじゃないのか?」
「スコット。カールの弁護士は殺されました。恐らくは保険も今頃は消されています」
「そうか……」
フェリクスがカールの弁護士の死を知ったのはついさっき。それで保険もなくなったであろうことをフェリクスは理解した。
事実、保険はアロイスの手によって消されていた。
カールを守るものはもう何もない。
「なら、カールに自発的に喋らせろ。だが、決して司法取引はちらつかせるな。できないことをちらつかせて、証言を引き出しても法廷で喋らない可能性がある。法廷でカールが証言しないならば意味がない」
「分かっていますよ、スコット。自分だってそこまで馬鹿じゃない」
そうだ。法廷の証拠には使えない。捜査令状を取るための材料にもならない。
だが、捜査の糸口を作ることはできるはずだ。
「カールと話します。彼が自発的に喋ってくれることを祈って」
「取り調べは録音する。司法長官の命令だ」
クソ。味方の足ばかり引っ張りやがってとフェリクスは悪態をつきそうになる。
「非公式な取り調べでも?」
「非公式な取り調べ?」
「そうです。裁判の証拠にもしないし、令状を取るのにも使わない。ただ、捜査の糸口を掴むためだけの取り調べという名の雑談です」
「……構わないだろう。ただし、本当にその通りにするんだぞ」
「了解」
カールから引き出せる情報を引き出さなければ。
フェリクスはカールが仮収容されているヴィクトヴァイス刑務所に向かう。カールが希望した通りの厳重な警備で知られる刑務所だ。
そこにカールは正式な裁判まで仮収容されている。
「カール・カルテンブルンナーに会いたい」
「面会は司法長官の許可がなければ不可能です」
「麻薬取締局の取り調べだ」
「司法長官の許可は?」
畜生。畜生。畜生。畜生!
司法長官は何を考えている? カールをギロチンに送りたいのか? そんなことが不可能なことぐらいわかっているはずだ。カールはここで終身刑10回分の刑期を勤めあげたら、“連邦”に送られることになっているのだから。
形式上の手続きでも、手続きは手続きだ。死刑にはできない。
「スコット。取り調べに司法長官の許可が必要だと言われました」
『先ほど命令が来た。裁判までは誰もカールを尋問できない。異例の措置だが、司法長官はよほど“国民連合”の市民が犠牲になったことを重く見ているらしい』
「このままでは捜査はここで終わりですよ!?」
『分かっている。何とか裏道がないか探している。待っていてくれ』
フェリクスは公衆電話を切る。
どうしようもない無力感に襲われ、その場に崩れ落ちそうになる。
カールを逮捕すれば他のカルテルも突き崩せると思っていた。だが、この国はどうかしてしまったかのようにフェリクスの思惑を阻止してくる。司法取引も、取り調べもできない。これでは何もできない。
カールはやはり誰かに逮捕されるように誘導されていたのだろうか? そして、カールがあらゆる庇護を失うことを予想していたのだろうか?
あまりにも出来過ぎている。ここまでとは。
フェリクスは面会者用のベンチに座って黙り込んだ。
どうすればいい?
“連邦”の捜査機関が押収した情報は? そこから何か掴めないか?
恐らくは大した情報はないだろう。貴重な情報をみすみす取引もなしに与えるほどカールは甘い人間ではない。全ては保険に記されているはずだ。そして、カールはそれで司法取引をするつもりだったのだ。
「麻薬取締局から電話です、ミスター・ファウスト」
「ありがとう」
スコットから電話がかかってきた。
『フェリクス。ダメだ。どうしようもない。弁護士を使って間接的に話を聞くという手段も考えたが、弁護士は公選弁護人になる。カールの資産は全て凍結させられて、奴の弁護士は死んだからな。そして、この手の取引に公選弁護人は前向きじゃない』
「やれるだけ交渉してみてください」
『分かったが、あまり期待するな』
結局、フェリクスはカールを尋問できなかった。
カールは裁判の結果終身刑10回を概ねの予想通り下され、カールは上告しなかった。
しかし、カールの身柄は警備の厳重なヴィクトヴァイス刑務所から別の刑務所に移された。そこはお世辞にも治安がいいとは言えない刑務所だった。
中には刑務所で勢力を作ったギャングがおり、殺人、暴動、強姦は日常茶飯事。カールはその刑務所に収容された。
フェリクスはこの決定に抗議したが、司法省は取り合わなかった。
カールが刑務所でギャングに襲われて死んだという知らせを聞いたのは、カールがその刑務所に移されてから2日も経たない日だった。
カールは死に、彼の帝国は分割され、4大カルテルは3大カルテルへと変わった。
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本日の更新はこれで終了です。
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