保険潰し
本日1回目の更新です。
……………………
──保険潰し
「カールが弁護士に電話した」
アロイスがそう言う。
カールが弁護士に電話したのはカールの屋敷が麻薬取締局と“連邦”の捜査機関の特殊作戦部隊に襲撃されているときだった。
「カールは何て?」
「『保険を公開しろ』とだけ。具体的な指示はない。つまり、弁護士さえ捕まえればどうとでもなる。『ツェット』の1個分隊が弁護士を監視しているだろう。彼らに弁護士を拉致させて、尋問させろ」
「了解、ボス」
マーヴェリックは喜んでアロイスの命令に応じた。
弁護士のオフィスを1個分隊の『ツェット』が襲撃し、弁護士を拉致した。
拉致した弁護士は『ツェット』の基地に連れて来られ、尋問を受ける。
「保険はどこだ?」
「喋ったらカールに殺される!」
「喋らなかったらあたしたちがあんたを殺すよ」
炎で刻印を刻まれながら、弁護士が叫ぶ。
「いいか。カールはもう“国民連合”だ。麻薬取締局に逮捕された。もう影響力はない。大人しく喋らなければ苦痛を以てして死ぬことになるぞ?」
「保護してくれ」
「保護してやってもいい。そちらの保険の内容次第では」
「分かった……」
弁護士はすぐに折れた。
弁護士はプロの兵隊でも、タフなドラッグビジネスの人間でもない。
ただの弁護士に過ぎないのだ。彼らは口で戦うが、体で戦うことはない。相手が法律を無視しているような人間たちならば、弁護士にできることなど何もない。法廷の外に出れば、弁護士はあまりにも無力な存在だ。
「カールの保険は2番目の情婦の家に隠してあります。案内しますから」
「分かった。マーヴェリック、回収してきてくれ。それから2番目の情婦から決して目を離さないように。そいつが弁護士の裏切りを報告して、本当の保険を公開させる役割を担っている可能性は否定できない」
「了解」
マーヴェリックが弁護士を連れていく。
弁護士は連れていかれ、情婦の家を調べる。
情婦の家の地下の金庫から保険は現れた。
「内容を確認させてもらおうか」
「好きにしてくれ」
弁護士に保険となる書類を渡されたマーヴェリックがそれを調べる。
「こいつはまた。洗いざらいだ。これが公開されていれば、あんたはカールに殺されなくても4大カルテルの誰かに殺されていたよ。よかったね。公開しなくて。“国民連合”がケチな弁護士まで保護してくれるとは思えないしな」
「私の安全は保障してくれるんだろう?」
「ああ? そんなものは約束した覚えはないね。保険の内容次第っていっただろう。保険は本物だった。これの存在を知っているあんたを生かしておくわけにはいかないってことだ。安心しろ。楽に殺してやる」
次の瞬間、弁護士が松明のように燃え上がった。
弁護士は地面をのたうちながら、悲鳴を上げる。
「情婦も殺しておけ。死人に口なし。ハッピーエンドだ」
マーヴェリックがそう言うと上階にいた『ツェット』の兵士が情婦の頭に鉛玉を叩き込む。情婦は死に、ここで何が起きたのかを知る人間はいなくなった。
「それじゃあ、撤収だ。何も残すな。全部焼くぞ」
マーヴェリックは最後に情婦の家に火を放ち、残されているもの全てを焼き払った。弁護士の死体も、情婦の死体も、『ツェット』たちが残した痕跡も、全てが炎の中に消える。全てが炎に包まれて焼かれて行く。
「お使いできたよ」
「ご苦労様」
アロイスはマーヴェリックからカールの保険を受け取る。
「さて、我らがカールおじさんの保険は手に入れた。後はこれを上手く使う方法だ。せっかくカールおじさんが俺たちにこんなに使える情報を残してくれたんだ。使わないわけにはいかないだろう?」
アロイスは上機嫌にそう語る。
「どう使う?」
「今や4大カルテルは3大カルテルになった。その結束を強めるために使う。俺は他人を脅迫するつもりはない。カールのようには。だが、俺のいうことを聞かない連中にはそれ相応の報いがあってしかるべきだと考えている」
「今日からあんたが3大カルテルの真のボスか」
「さてね。俺にそこまでの野心はない。俺は親父とは違うんだ。俺が求めるのは平穏だ。平穏を手にするための権力は欲するがそれまで。より以上のものを求めるつもりはない。もちろん、そう簡単に平穏が得られるはずはないと思っているけれどね」
カールのように保険を準備しても無力化されるのは、この件で思い知った。アロイスはカールと同じ轍を踏むつもりはない。
つまり、この文書で他のドラッグカルテルのボスたちを脅すつもりはないということ。別のことにこの文書は使うということ。
「さて、ドミニクとヴェルナーに会おう。彼らに朗報を知らせよう。悪しきカールのクソ爺はこのままくたばる。そして、俺たちはより栄える。ともに、歩調を合わせて栄えていくんだ。他人を売ったり、売られたりするのはなしだということを示そう」
それからアロイスはドミニクとヴェルナーに会合を求める。
ドミニクはヴェルナーと一緒の場に出ることを拒否し、ヴェルナーもドミニクと一緒の場に出ることを拒否した。
仕方なく、アロイスはドミニクとヴェルナーに別々に会うことになった。
最初に会うのはヴェルナー。彼のホテルのロイヤルスイートで彼らは会合を開く。
「カールの爺さんが麻薬取締局に逮捕されてことは知っているね?」
「知っている。あんたの手はず通りってことか?」
「さて、どうだろう。カールのクソ爺はいろんなところで恨みを買っていただろう?」
もちろん、俺が嵌めたともとアロイスは思う。
シュヴァルツ・カルテルの下っ端からキュステ・カルテルの下っ端にいたるまで、あらゆるところにカールの情報を流し、戦略諜報省を通じて麻薬取締局に情報提供を行い、麻薬取締局がカールを立件できるようにお膳立てしたのはアロイスだ。
結果としてカールは舞台から去った。
「カールは自分が逮捕される可能性に備えていた。保険を準備していたんだ。そこにはヴェルナー、あんたの名前もあった。あんたはカールが普通に逮捕されていたら、このキュステ・カルテルを追われるところだった」
「本当か? カールのクソ爺はそこまで企んでいたのか?」
「ああ。そうだ。ここにあんたに関する記載がある。オリジナルだ。写しはない。好きに処分してもらって構わない」
ヴェルナーは自分について書かれたカールの文章を読んで顔面蒼白だった。
そこまで踏み込んだ情報がカールの保険には記されていたのだ。
「本当に俺について書かれた部位はこれだけなんだな?」
「それだけだ。本当は文章全体を見せたかったけれど、ドミニクが参加を拒否したからね。それに親父についての記載は俺も他の人間には知られたくない。保証しよう。それだけが俺の持っているカールの保険にあったあんたについての記載だ」
「信頼していいんだな?」
「約束したはずだろう。お互いを信頼し合うと」
「そうだな」
幾分かヴェルナーは落ち着いてきた。
「この情報提供に対する見返りは?」
「これまで通りの友情を。信頼を。3大カルテルは団結しないといけない。これからまた麻薬取締局が首を突っ込んできた場合、裏切りも、陰謀もなしだ。それさえ守ってくれれば、その資料はどうしてもらっても構わない」
「分かった。約束しよう」
ヴェルナーはライターを取り出し、カールの残した保険を焼いていく。
カールの保険は灰になった。
……………………




