音声解析
本日1回目の更新です。
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──音声解析
カールが屋敷にいるかどうかの確認を行うのはスヴェンの役割だった。
「カールに麻薬取締局が迫っているって情報、前聞いただろう?」
スヴェンはドラッグカルテルの人間にそう述べる。
「ああ。聞いた。それがどうかしたのか?」
「カールに警告しないか?」
「なんだって? 奴がいなくなれば、奴の財産は俺たちのものだぞ」
「だが、考えてみてくれ。カールはドラッグビジネスの長老だ。様々な情報を知っている。きっとボスのことも知っている。それが麻薬取締局に逮捕されたらどうなると思う? 司法取引だ。俺たちのことをカールは売る」
「畜生。そういうことか」
ドラッグカルテルの人間はすぐに理解した。
「ボスに報告してくる。お前も来い。お手柄だ。きっとボーナスが出るぞ」
スヴェンは自分が少し興奮していることに気づいた。
ようやくシュヴァルツ・カルテルのボスに会えるのだ。これまで名前すら分からなかったシュヴァルツ・カルテルのボスに会える。運がよければ名前も分かるかもしれない。そうなればシュヴァルツ・カルテルの捜査も進む。
チャンスだ。ようやくチャンスが来たのだ。
「何してるんだ? 来いよ。ボスは気難しい人だからお前は黙っていた方がいいぞ」
「ああ」
踏み込んだ質問はできない。だが、部下との会話を聞いているだけで十分だ。
スヴェンはドラッグカルテルの人間に案内されて、このドラッグカルテルの拠点になっているアパートの奥に進む。表向きはアパートで、1階には酒場があり、少し行けばガソリンスタンドもある。コンビニもガソリンスタンドに。
ボスが望めば、酒でもドラッグでも何でも手に入る。それがこの拠点だった。
「ボス。スヴェンがお手柄です。カールが麻薬取締局に捕まりそうで、俺たちもやばいことになりそうです」
スヴェンはシュヴァルツ・カルテルのボスの姿を見た。
ドラッグカルテルのボスというのはどいつもこいつも似たようなものだ。派手な入れ墨、金のアクセサリー、高級ブランドのスーツ。ブーツもブランドもので、スヴェンの麻薬取締局の給料ではとても買えないものだ。
「ああ? カールが麻薬取締局に捕まる? どういうことだ?」
「ええ。カールが麻薬取締局に追われているんです。俺たちの間では噂になっていたんですが、どうやら本当らしくて。カールに警告した方がいいんじゃないかってスヴェンが言っているんです。どうですか?」
「カール。カール。カール。カールのクソ爺か。あいつもとうとうお終いだな」
電話をしろ。シュヴァルツ・カルテルの電話には全て盗聴器が仕込んである。どの電話でかけてもカールが屋敷にいるかどうかが分かる。録音テープの音声解析が行われ、屋敷にカールがいるかどうかが分かるのだ。
カールが屋敷にいれば、フェリクスたちが強行捜査を行う。逃げる暇は与えない。カールの屋敷は既に包囲されている。警察の特殊作戦部隊と陸軍、そして上空には“国民連合”の空軍機が飛行している。
カールが屋敷にいれば、ひとたまりもない。
「ボス。電話です」
「見りゃ分かる。お前は馬鹿か?」
ドミニクは苛立っていた。
「カールか? ドミニクだ。麻薬取締局がお前を探している。すぐに国外に逃げろ。西南大陸ならば逃げる余地はある。今すぐ空港に行って、西南大陸のどこかに逃げろ。お前が捕まって、下手なことになるのはごめんなんだ。分かるだろう?」
それからドミニクは暫くカールの言葉を聞き続ける。
「そうだ。言っておくが俺はお前を売ってないぞ。だが、お前は敵を作りすぎたな。お前を売ったのはヴォルフ・カルテルかキュステ・カルテルか。思い当たる節はあるだろう? じゃあ、気を付けろよ。逃げられることを祈ってる」
そこでドミニクは電話の受話器を置いた。
「話はこれだけか?」
「ええ。これだけです。大丈夫なんですか、ボス」
「知るか。カールの爺の自業自得だ。だが、奴が麻薬取締局に俺たちの情報を売らないとは限らない。捜査の過程で抵抗して、射殺されてくれればいいんだけどな」
ドミニクはそう言って、スヴェンを見る。
「お手柄だな、外国人。ボーナスをくれてやる。いい働きをしているそうじゃないか。今後ともカルテルに尽くせば、幹部に取り立ててやってもいいぞ」
「光栄です、ボス」
「じゃあ、行け。話は終わっただろう」
ドミニクはアパートメントの一室でウィスキーを飲みながらそう言って、スヴェンたちを追い払った。
「おいおい。幹部の地位だって。出世するな」
「よしてくれ。あり得ない話だ。俺は所詮は外国人だ」
「ボスはそんなことは気にしない。有能な人材は外国人だろうと取り立てる。きっと、お前もこの調子でドラッグを密輸し、捌き続ければ、カルテルには大金が入る。そうなればボスも幹部もご機嫌だ」
ドラッグカルテルの人間は上機嫌にそう言って笑った。
「だといいけどね」
幹部になればいよいよ潜入捜査は成功だ。自分が悪党に成り果てていても、正義をなすことができるようになるのだ。
スヴェンの喜びの裏で盗聴した音声データの解析が進んでいた。
録音された音声は“連邦”の捜査機関と麻薬取締局によって分析され、間違いなくカールのものだということが確認された。
カールは屋敷にいる。
これで強行捜査に踏み切れる。
音声情報解析完了の情報はただちに現場に届けられる。
狙撃手たちも、突入部隊も、軍の警戒線も一斉に展開する。
カールの姿は窓からは見えない。だが、音声データが、電話番号が、カールが屋敷にいることを示している。
この間スヴェンは仕事を続ける。
ドラッグを密輸し、麻薬取締局に預け、ドラッグカルテルに金を収める。
それでもスヴェンは自分の辛さを他人に理解してもらおうとは思っていなかった。潜入捜査は孤独な戦いだ。自分たちが親しくするドラッグカルテルの人間はクズだ。それでも付き合っているうちに家族を紹介され、酒を飲み交わし、世間話をする。そうするとそこには親しみが発生する。
それがスヴェンには恐ろしかった。
自分が本当に向こう側に行ってしまうのではないか、と。
カールは捕まる。カールが司法取引すれば、あのドラッグカルテルのボスも捕まる。そうなれば自分の仕事も終わりだ。
ようやく家族の下に帰ることができる。ようやくドラッグビジネスという薄汚い仕事の片棒を担ぐことを止めることができる。まともで、危険のない仕事ができる。退屈なデスクワークかもしれないが、それでも潜入捜査よりマシだ。
全て終わりますように。スヴェンは祈る。
このままでは俺はおかしくなってしまう。ドラッグビジネスはドラッグと同じように人を腐敗させる。
カールが捕まり司法取引を行い、全てが片付く。
スヴェンはただそれだけを望んだ。
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