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親の心子知らず

本日2回目の更新です。

……………………


 ──親の心子知らず



 連邦捜査局と組織犯罪捜査担当次長検事局の両方がカールの逮捕に向けて動いているとハインリヒが知ったのは、既にカールの逮捕までカウントダウンに入った状況だった。もはや、カールのドラッグカルテルのボスとしての地位は風前の灯火という状況になって、ハインリヒはようやくカールの捜査について知ったのだ。


 理由は複数ある。


 まず、共同捜査という体を取りながらも、捜査そのもは麻薬取締局が主導していたということ。カールの立件に必要な情報は全て麻薬取締局が集めてきており、“連邦”の捜査機関はただその情報に従うだけでよかったのだ。


 だから、捜査はあまりに迅速に進んだ。


 立件のための情報は共有され、数日でカール逮捕が決まっていた。


 ハインリヒが介入するには遅すぎた。


「どうして捜査情報が私のところに来るのがこんなに遅かったんだ?」


「いえ。情報は手続き通りに届けられました。ただ、今回の情報のほとんどは麻薬取締局からのものでして。連邦捜査局と組織犯罪捜査担当次長検事局はその情報に従って、カール・カルテンブルンナーを立件すると。それから“国民連合”もカールを立件するということだそうでして」


「そうか……」


 ハインリヒがもう介入する余地はなかった。情報源が麻薬取締局では捜査情報の隠蔽も操作もできない。できることと言えば、カールに捜査の手が迫っていると警告することぐらいである。


 だが、それもリスクがある。もうここまで捜査が進んでいれば、カールの屋敷の電話は盗聴されている可能性がある。そこに電話をかけるのは無謀だ。


 ハインリヒにできるのはカールが移送中に脱走させることだ。カールは完全に帝国を失うことになるが、ハインリヒは彼に恩が売れる。保険が暴露されることは避けられるだろう。もはや、ハインリヒにできるのはそれだけだ。


「検事総長閣下。大統領閣下よりお電話です」


「分かった」


 大統領はヴォルフ・カルテルの傀儡だが、ハインリヒがヴォルフ・カルテルのボスであるということは知らない。


「大統領閣下。ハインリヒです」


『ハインリヒか? カールの捜査の件は既に君も知っているな?』


「ええ。知っています」


『カールは“国民連合”に引き渡すことになった。そして、なんとしてもカールの立件が必要である。麻薬取締局の捜査には全面的に協力するように。この件には“国民連合”政府の強い意向が働いている』


「畏まりました、大統領閣下。必ずや、カール・カルテンブルンナーを立件しましょう。そして、身柄は“国民連合”へ」


『頼んだぞ』


 そこで大統領からの電話は切れた。


 もうハインリヒにはどうにもできない。


 “国民連合”が“連邦”に圧力をかければ、“国民連合”の政治的植民地である“連邦”が逆らえるはずもない。それはハインリヒとて同じこと。麻薬取締局の捜査に介入できるほどの権力はハインリヒも持っていない。


 しかし、麻薬取締局の動きが早すぎる。


 “連邦”の捜査機関の手も借りずに、カールを立件し、かつ身柄を確保する算段まで立てられるとはどういうことなのだ? “連邦”の捜査機関が協力しているならば、その時点で情報操作と証拠の隠蔽ができたというのに。


 ハインリヒは考える。


 誰かが裏切った。


 ハインリヒとカールの取り決めを知っているシュヴァルツ・カルテルのドミニクではない。ドミニクはカールの身に何かあれば、自分たちの身が破滅することを知っている。


 だが、キュステ・カルテルのヴェルナーは知らない。カールがどのような情報をもっていて、自分たちを何回でも破滅させられるということを。


 では、ヴェルナーが裏切ったのか?


 いや。ヴェルナーは既にカールを裏切っている。信頼されてはいないはずだ。そこまでの情報が手に入るとは思えない。だが、裏切りのタイミングによってはヴェルナーも候補に上がってくるだろう。


 だが、ハインリヒが一番考えたくなく、それでいて有力な候補がいる。


 息子のアロイスだ。


 アロイスはカールと敵対状態にあり、かつ最近では情報収集も得意としている。ヴェルナーとカールの取引の録音テープやカールの雇った傭兵の尋問など、カールについての情報を集め続けている。


 アロイスならば麻薬取締局に情報を流し、カールを破滅させられる。


 ハインリヒはカールとの会話を思い出す。


 アロイスがクーデターを企てていると。古い体制を打破して、自分たちが権力を握るということを考えていると。


 ハインリヒはそれを本気にはしたくなかったが、状況証拠があまりにも揃っている。アロイスがカールを売る可能性は極めて高いのだ。


 アロイスに電話して確認するか? 『お前がカールを売ったのか?』と。


 素直に答えるはずがない。それにアロイスの関与が分かったところでどうしようもない。もう麻薬取締局は動いている。下手に息子を危険にさらすわけにはいかない。息子が危険にさらされるということは自分の身にも影響する。


 だが、ハインリヒはアロイスを暫くの間、ドラッグビジネスから遠ざけようと考えた。思えば息子をあまりにも危険なことに近づけすぎた。精神に影響が出ていてもおかしくはない。もっと段階を踏むべきだったとハインリヒは後悔する。


 だが、息子には早くドラッグビジネスに慣れておいてもらいたかった。そうしなければこの業界では生き残れない。ハインリヒが死ぬのは先の話だろうが、引退そのものはもっと早いはずだ。引退し、アロイスに帝国を引き渡す。その時にシュヴァルツ・カルテルやキュステ・カルテルが動くようなことは避けたかった。


 どうして自分の気持ちを分かってくれないのだ! とハインリヒは心の中で叫ぶ。


 お前を守るためだったんだぞ!? お前のためだったんだぞ! 私がどれほどお前を愛していたのかどうして理解してくれなかった! ドラッグビジネスに関わらせたこともお前が将来、ドラッグビジネスに関わる猛獣どもに八つ裂きにされないようにするためだったんだ!


 もう何もかもが遅い。


 アロイスはこのクーデターを成功だと思うだろうがそうはいかない。


 カールは自分の身に何かあれば保険として4大カルテルに関わる一切合切の情報を暴露すると脅している。だから、ハインリヒはカールを生かし続け、カールを逮捕しないようにしてきた。


 ハインリヒについての情報も暴露されるだろう。そうして麻薬取締局が資金の流れを追っていけば、いずれはアロイスに行きつく。親子そろって追われる身だ。


 あのアロイスに刑務所での暮らしが耐えられるとは思えない。自分の庇護を失ったアロイスが入れられるのは凶悪犯ばかりを集めた刑務所だ。そこでは囚人によるリンチや暴動、殺人に強姦が相次いでいる。


 そのような場所に息子を送るような嵌めにはなりたくなかった。


 だが、もうどうしようもない。捜査は遅らせることも、中止させることもできない。そして、カールは保険を暴露する。


 今からでもアロイスと自分のドラッグビジネスが無関係だとしておくべきだ。


 そう考えてハインリヒは部下たちに指示を出し始めていた。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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新連載連載中です! 「西海岸の犬ども ~テンプレ失敗から始まるマフィアとの生活~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[一言] 一筋縄では行かないフェリクスに、心がすれ違うアロイス親子。 未来を知っているだけに確信を持って動けるアロイスだけど、ハインリヒからすれば、ガキが好き勝手やって、となりますよね(^_^;) …
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