フェリクスは獲物を追う
本日1回目の更新です。
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──フェリクスは獲物を追う
フェリクスは迷っていた。
カールを捕まえなければシュヴァルツ・カルテルへの潜入捜査はパーになる。だが、カールを逮捕することは誘導されている気配がするのだ。
そして、どのような選択肢を取るにせよカールと接触しなければならないが、その居場所が分からない。カールについての情報は多く流れてくるが、位置情報についてはほとんどない。あるにはあるが古すぎるものばかりだ。
カールへの容疑を固める情報は手に入っている。だが、肝心のカールがいないことには話にならない。
そう、容疑は固まっているのだ。確実にカールを刑務所にぶち込めるだけの情報は手に入っている。30年に及ぶドラッグビジネスへのかかわりと、多くの殺人、暴行事件への関与。殺された人間の中には“国民連合”の人間もいる。
判事がどれだけ温厚だろうと終身刑は間違いない。
だが、フェリクスには別のプランもあった。
カールと司法取引するプランだ。
カールの罪を25年ほどに抑える代わりにカールから4大カルテルについての詳細な情報を聞き出す。カールの罪は許されるものではないが、ひとりを捕まえただけで満足し、他の3人の悪党と大勢の悪党を放置しておくわけにはいかない。
カールと司法取引することを上が認めるかは分からない。だが、それを条件にして誘い込むという手もあった。殺されるほどに追い詰められれば、命が助かるならばと麻薬取締局にすら泣きつくだろう。
航空偵察が面白い情報を手にしている。
トライデント・ディフェンス社という民間軍事企業の施設が襲撃されていた。その民間軍事企業はカールが身辺警護などに利用している会社だった。つまり、カールは自分の護衛を襲撃されたのである。
襲撃者が誰か、どうして襲撃されたのかは分からない。
だが、カールは追い詰められつつある。それは確かだ。
誰が追い詰めているかは本人に聞けば分かる話である。そうすれば他の悪党たちも捕まえられる。傭兵とは言えど、大勢の人間が襲撃されて殺されたのだ。その罪は贖わせなければならないだろう。
カールとは取引をする。カールのプロファイリングが間違いなければ、奴は他のカルテルの人間を売ることに躊躇はない。現にカールは以前“連邦”の捜査機関に追われたとき、仲間を売っている。司法取引ではないが、逃げ切るのに部下を売っている。
そして、逃げ切った。
“連邦”の捜査機関はカールを追求できなくなり、そのままカールは野放しになった。“連邦”にとっては痛い打撃だ。
そのときの報復をさせてやるにはいい機会だ。
フェリクスは“連邦”の捜査機関に向かう。
今回の捜査には連邦捜査局と組織犯罪捜査担当次長検事局が参加している。彼らが今回のフェリクスの表向きの仲間だった。
スヴェンは未だにシュヴァルツ・カルテルに潜っている。カールを麻薬取締局が逮捕するという噂はもはや確実な情報として扱われていた。麻薬取締局が追求を緩めると、スヴェンの潜入捜査に支障が生じる。時間はあまり残されていない。
「この度は捜査に協力していただきありがとうございます。“国民連合”麻薬取締局を代表して“連邦”の友人たちに感謝します」
「我々もカールに法の裁きを下すことには前向きだ」
連邦捜査局の局長がそう述べる。
「カール・カルテンブルンナーは長い間、“連邦”でドラッグビジネスを牛耳っていた。だが、今のタイミングで逮捕というのはどういうことなのだ?」
組織犯罪捜査担当次長検事局の局長はあまり捜査に前向きではない様子だった。
「今、カールは追い詰められています。仲間たちに裏切られているのです。カールの情報は多く流れてきています。我々が把握しているだけでも、十二分にカールを立件できます。そこにあなた方が協力してくださればカールの逮捕は確実なものとなるのです」
「ふむ。だが、どうしてカールは裏切られたのだ? 裏切りの原因は?」
「不明です。ですが、言えるのはカールを捕まえれば話を聞けるということです。カールは逮捕できるし、立件もできる。後は話をゆっくり聞きさえすればいい」
「それはそうだが。カールの逮捕で利益を得るカルテルもいるのではないか?」
「可能性はあります。ですが、カールを逮捕し、話を聞きだせば他のカルテルへの打撃になります。利益を得たカルテルもいつまでも笑ってはいられないでしょう」
畜生。お偉方の説得は俺の仕事じゃないだろう。それも相手は局長クラス。対する俺はただの捜査官だぞ。どうして麻薬取締局はカールの逮捕に積極的じゃないんだ。それともそうだと思っているのは俺だけか、とフェリクスは思う。
「確かにその通りだ。我々は全面的に捜査に協力しよう」
「我々もだ」
何とか協力は得られそうだなとフェリクスは安堵した。
「カールの居場所について皆さんの中で何か情報は?」
「カールは自分の屋敷にいるという情報がある。定期的に移動しているようだが、最近は屋敷に隠れているとのことだ。こちらの内部情報なので公にはできないが、屋敷で護衛に守られて、立て籠もっているとのこと。なんでも襲撃されることを恐れているとか」
「我々の情報とも一致します。踏み込めますか?」
「難しい。こちらの強行捜査に気づかれれば、相手はヘリでも使って逃げる。ヘリを撃墜するのは不可能だし、“連邦”の国境を越えて逃げられれば我々は手出しができなくなる。そうすればお手上げだ」
連邦捜査局の局長は両手を上げた。
「ヘリは事前に破壊します。我々の空軍機が国境の飛行場で待機しています。命令があれば、どこでも爆撃できますし、ヘリも撃墜できます。もちろん、カールが乗り込む前に、です」
「それは頼もしいが……。あくまで捜査は我々が共同して行うものであると理解してもらいたい。我々も“国民連合”と同じように、カルテルの情報を欲しているのだ」
「分かっています。情報は必ず共有しましょう」
この手の作戦で面倒なのは他の捜査機関との歩調を合わせることだ。急ぎすぎてもいけないし、遅れてもいけない。そして、不和を生まないように自分たちの功績だと誇りすぎてもいけない。相手に功績を譲らなければならない。それは市警や州警察都も同じだ。
フェリクスもその点は十分に気を付けている。
ここで“連邦”の捜査機関と揉めて得をするのはカールと他のカルテルだけだ。カールを捕らえるためには下手に出ておく必要がある。フェリクスはその立場上、ここにいる局長たちと対等の立場とは言えないのだ。
「強行捜査はいつ実行する?」
「カールが確実に屋敷にいると判断してからです。それから踏み込みましょう」
「どうやって確かめる?」
「電話の盗聴。音声分析でカールが屋敷にいると分かったら、突入を」
「誰が電話をかける」
「それはこちらの内部情報です」
「情報の共有をすると言っておきながら、それか」
「分かってください。こちらも危ない橋を渡っているんです」
スヴェンの情報を明かすわけにはいかない。彼が危険にさらされる。
「では、この件は着実に進めましょう。我々のドラッグとの戦争における勝利のためにも。カールを刑務所に」
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