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潜入捜査

本日1回目の更新です。

……………………


 ──潜入捜査



 スヴェンの潜入捜査は新しい段階に進んでいた。


「つまり、“国民連合”でブツを売ることができるということか?」


「そうだ。50キロは捌ける。俺の知り合いの売人たちを使えば簡単だ」


「ふうむ。50キロか……」


 スヴェンはドラッグの密輸のみならず、密売もできると持ち掛けたのだ。


 そうすることでシュヴァルツ・カルテル内での自分の重要性を示そうとしていた。


 スヴェンの潜入捜査は5年続いていた。ドラッグの密輸に関わり、“連邦”から“国民連合”に確実にドラッグを運ぶ男として信頼されていた。誰も彼が麻薬取締局の捜査官だとは思ってもいない。


 スヴェンは信頼を獲得していき、徐々に上に上り詰めていた。ボスには会えなかったが、幹部には会えている。シュヴァルツ・カルテルの内情についても、少しずつ情報が手に入りつつあった。


 だが、急がなければならない。


 カールを売ろうとしているのが誰なのか。その理由は何なのか。それを突き止めなければならないのだ。


 フェリクスはシュヴァルツ・カルテルではないと思っているが、スヴェンはあらゆる可能性を探っている。既に5年の潜入捜査だ。ドラッグカルテルの連中がどれだけ薄汚いかについては理解するに十分な時間を経ている。


 だが、潜入捜査官はそのクズどもと同じように振る舞わなければならない。自分も悪党であり、金のためならばなんだろうとすると。


 潜入捜査官が悪党であれば、悪党であるほど、ドラッグカルテルの連中は潜入捜査官を信頼する。だが、潜入捜査官にとってはジレンマだ。正義のために、悪をなすというのは、矛盾している。


 それでもスヴェンは心を殺して潜入捜査を続けた。


 ドラッグを運び、報酬を受け取り、ドラッグを運び、報酬を受け取る。


 5年間で数百キロのドラッグを運んだ。それが広まればどうなるかをスヴェンは知っていたが、ドラッグカルテルの懐に入り込むにはそれが必要だった。


「任せていいか、聞いておく。しかし、お前も勇気があるな」


「俺にあるのは金銭欲だけだよ」


「そいつが一番信頼できるな」


 ドラッグカルテルの男が笑う。


 そうとも金だ。こいつらは金で忠誠が買えると思っている。それが間違いだということを教えてやりたいが、それは今ではない。


「ところで、カール・カルテンブルンナーの話をよく聞くんだが、何かあったのか?」


「ああ。カールは何かやらかしたらしい。全てのドラッグカルテルを敵に回している。シュヴァルツ・カルテルも、ヴォルフ・カルテルも、キュステ・カルテルも敵に回している。懸賞金こそかけられてないが、この調子だとあの爺さんは終わりだな」


「何をやらかしたらそこまでされるんだ?」


「知らねえ。だが、俺たちもいつでもカールを捕まえられるようにしておかないとな。懸賞金がかけられたら、速攻で捕まえて、儲けようぜ」


「ああ。乗った」


 スヴェンはもっと踏み込んだ情報が欲しかったが、下手に踏み込むと潜入捜査のことが発覚しかねない。今は慎重に行動しなければ。カールが逮捕出来たら、次はシュヴァルツ・カルテルだと狙いを定めているのだ。


 シュヴァルツ・カルテルは盤石で巨大なカルテルだと思われている。麻薬取締局の分析官も、戦略諜報省の情報もそのことを指している。


 だが、追うのはグライフ・カルテルだ。シュヴァルツ・カルテルは規模は大きいが、そこまで大きな密輸ルート及び密売ルートを持っていない。ホワイトグラス程度ならば、密輸も密売も簡単だが、スノーパールとなると難しい。だから、スヴェンは重宝されているのである。


 スヴェンは潜る。もっと深く潜る。


 ドラッグを密輸し、密売したとして麻薬取締局に押収させる。だが、押収されたとは思わせない。利益を上げたとして、金を幹部に手渡す。


 莫大な利益が入ってくると、ドラッグカルテルの連中は満足し、スヴェンを厚遇する。ボーナスを渡すし、幹部とも酒を飲み交わす。スヴェンはそうしながら探りを入れ続ける。カールを狙っているのが誰か。だが、情報は手に入らない。


 スヴェンは本当に情報は手に入るのだろうかと思いつつより深く、ドラッグカルテルの組織内に潜っていく。


 この手の潜入捜査で恐ろしいのは自分が倒すべき悪党たちに愛着を持ってしまうことだ。それほどまでに入れ込んでいれば、潜入捜査官としては成功していると言えるが、愛着を持つことで本当に自分が悪党になってしまうのではないかという恐怖がある。


 麻薬取締局捜査官としての顔。ドラッグカルテルの人間としての顔。


 そのふたつを完全に使いこなすのは難しい。それはどちらもスヴェンであり、よほどタフな精神をしていないとそれらが混同されることがある。


「面白い話がある」


 ある日、スヴェンはドラッグカルテルの人間からそう言われた。


「麻薬取締局がカールを狙っているらしい。懸賞金はかけられそうにない。だが、カールが逮捕され、グライフ・カルテルが潰れたら、俺たちで山分けできるな」


 帝国の残りかす。それすらもドラッグカルテルの人間たちは貪るつもりだ。


 となると、グライフ・カルテルの分割こそがドラッグカルテルの狙いなのだろうか。


「グライフ・カルテルの縄張りは儲かるのか?」


「もちろんだ。カールの残した遺産がある。スノーホワイト農場。精製施設。貯蔵庫。武器と弾薬。それがすっぽりと俺たちに収まるならば大儲けだ」


「なるほど。それは期待できるな。俺にできることは?」


「今は麻薬取締局の動きを見るしかない。俺たちの中に裏切者がいるという話もあって、麻薬取締局がカールを逮捕しないんじゃないかという話もある。俺たちの中に裏切者がいないといいんだがな」


 スヴェンの背筋がヒヤリとする。


 自分が潜入捜査官だとバレているのかと思う。だが、本当に麻薬取締局がカールを逮捕しなければ、ドラッグカルテルの連中は本格的に裏切者探しをするだろう。そうなるとスヴェンの身も危険に晒され、シュヴァルツ・カルテルの捜査も止まる。


 そうするわけにはいかない。


 麻薬取締局が逮捕を躊躇うのはドラッグカルテルに利益を与えるのではないかという意見からだったが、スヴェンが潜入捜査官だとバレて、シュヴァルツ・カルテルへの捜査が止まることの方が問題だ。


「フェリクス。やるしかない。カールを逮捕しないと、俺の潜入捜査は無駄に終わる。カールを探し出して、逮捕するんだ。そうしなければ、俺たちはシュヴァルツ・カルテルを逃すことになる。結局、グライフ・カルテルも潰せず、シュヴァルツ・カルテルも潰せない。そんなことになるのはごめんだ」


「分かっている。大使館の情報もカールの暗躍と他のカルテルのカールに対する姿勢を報告している。連中はグライフ・カルテルの遺産を分割することだけが狙いだと。そうであれば、くれてやろう。その代わり、カールは絶対に逮捕する」


「そうだ。カールを逮捕しよう。もう考える必要はない」


「ああ。そうだな……」


 フェリクスはまだ自分たちが操られていないか、少し不安であった。


……………………

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