取引とバランス・オブ・パワー
本日1回目の更新です。
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──取引とバランス・オブ・パワー
アロイスはまた税関と港湾職員を買収した港にいた。
マーヴェリックとマリーも同行している。完全武装の1個小隊の『ツェット』の部隊とともに。アロイスはまだ油断していないのだ。カールは自分を殺そうとした。ハインリヒではなく、自分を殺そうとした。
それはハインリヒとカールとの間の取り決めにはアロイスの身の安全は含まれていないのだと思っても仕方ないのないことだった。
故にアロイスは身の安全は自分で確保することにした。
今回のネイサンとの取引もそのためだ。
「ボスは中です」
ネイサンの部下がそう言う。
ボディチェックはもうなしだった。それほどまでにネイサン・ノースとアロイスの取引は続いており、双方に利益を生み出していた。アロイスは最新の武器を入手できるし、ネイサンは安定した顧客を手に入れられる。
まさに両者Win-Winの取引であった。
「ミスター・アロイス。注文の品は用意しました。これを用意するのには苦労したよ」
「その分の対価は支払おう。商品を見せてくれ」
「こっちです」
ネイサンが貨物船の中を進む。
「携帯式地対空ミサイルシステム。MANPADS。“大共和国”製のものだが、性能は確かです。“大共和国”から武器の提供を受けたゲリラはこれでエルニア国の武装ヘリを何機も撃墜することに成功しています」
「ふむ。“大共和国”製か」
この『スクアーマル大共和国』こと“大共和国”は陣営的には共産主義勢力だが、“社会主義連合国”とは違う路線を取ってる。
そもそも“大共和国”そのものがドラゴン、ワイバーン、リザードマンの有鱗族種族主義を取っている国家だ。それが万国の労働者の団結を掲げる“社会主義連合国”と相性が合うわけがない。
“大共和国”は“社会主義連合国”からドラコ帝国時代からの仇敵であるエルニア国と対抗できる第五元素兵器を手に入れると、独自路線を取り始めた。すなわち、種族主義的社会主義政策へと。
表向きは社会主義だが、その実態は民族主義。“大共和国”内の非有鱗族への迫害は、“国民連合”が“大共和国”を批判する時の決まり文句だった。『皆さん、共産主義者が欺瞞に満ちています。彼らのいう平等な社会というのは社会の一部の層にしか適応されないようです』と。
それでも“大共和国”はお構いなしだ。連中は武器も輸出する。特にエルニア国と対立しているゲリラには大量の武器を輸出する。高射機関砲から対戦車ミサイル、そしてここにある対空ミサイルに至るまで。
アロイスは自分たちの拠点防空に対空ミサイルが必要だと思っていた。
「こちらにあるのが対戦車ミサイル。誘導方法はSACLOS。やはり、これも“大共和国”製です。“大共和国”もサウス・エデ連邦共和国と同じく外貨が欲しい。ならば、武器を輸出してでもとなるのは当然でしょう」
アロイスは火力の向上が必要だと思っていた。
確かに対戦車ロケット弾はある。威力的にも敵のテクニカルを潰すには十分だ。
だが、マーヴェリックが対戦車ミサイルを欲しがった。一体、何を撃つつもりなのかは知らないが、彼女は対戦車ロケット弾より威力があって、かつ射程距離も長い対戦車ミサイルを欲しがったのである。
「マーヴェリック。これで満足?」
「“大共和国”製のは重たいな。扱うのには3人1組?」
マーヴェリックが対戦車ミサイルを眺めて、ネイサンに問う。
「ええ。3人1組です。予備のミサイルの携行などを含めますと」
「上等だ。アロイス、これはいい買い物になるよ」
だといいけれど、と思いつつアロイスたちは次の商品に向かう。
「防弾SUV。信頼と実績の“国民連合”製です。50口径のライフル弾にも耐えますよ」
「これはよさそうだ。そう思わないかい?」
アロイスは移動中に襲撃されることを恐れていた。
実際に彼は移動中に襲撃されたし、これからも同じことが起きないとは限らない。
「本当にこんなものが必要か? どの道、即席爆発装置でも仕掛けられたらお終いだろ? 重くて鈍い車より、素早くて銃が撃ちやすい車の方があたしはいいね」
「マーヴェリック。彼は護衛対象。護衛対象を保護するためには万全を期すべき。それに即席爆発装置に警戒するのは私たちの仕事。そのための車列なのだから、それを活かすべき」
「はいはい。マリーお姉さんの言う通りですよっと」
こうして防弾SUVも購入が決まった。
「後は戦闘で消耗した武器弾薬の補給だけ。今回も取引できて光栄だ、ネイサン」
「いえいえ。こちらこそ。今後とも御贔屓に」
大量の武器弾薬をアロイスたちはトラックで輸送する。
弾薬の輸送には2個分隊が配置され、それらが安全に高価で必要不可欠な武器を『ツェット』の基地にまで輸送する。
国内を独自の武装勢力──それも対空ミサイルや対戦車ミサイルまで備えた武装勢力が闊歩しているなど正気の沙汰ではないが、今のところは“連邦”政府は『ツェット』に何かしらの圧力をかける様子はない。
それもそうだろう。『ツェット』を調べればアロイスに行きつき、アロイスからはハインリヒに行きつくのだ。ハインリヒが己の立場を守ろうと思い、アロイスを見限らない限りは、『ツェット』のことが追求されることはない。
それにこの“連邦”には『ツェット』の他に武装勢力がいるのだ。
ひとつはメーリア防衛軍。
“連邦”の反共民兵組織で、“連邦”の軍や警察ができない汚れ仕事をやる。少数民族の弾圧も今は軍の代わりに、このメーリア防衛軍が行ってる。彼らにとっては共産主義者と少数民族は同じ勢力なのだ。もちろん、共産主義者とも戦っている。西南大陸で戦う反共民兵組織を支援しているのは、このメーリア防衛軍であり、そしてメーリア防衛軍を支援しているのが“国民連合”なのだ。
もうひとつは改革革命推進機構軍。
共産主義ゲリラであり、メーリア防衛軍や“連邦”の軍と激戦を繰り広げている。少数民族も取り込んでいる節があるが、彼らにとっては少数民族は救うべき存在だった。この武装勢力が厄介なのは、民間人の協力者がいることだ。学生運動家は兵士の予備軍だったし、ジャーナリストは今の“連邦”政府に批判的で改革革命推進機構軍を擁護するし、教師たちは学生に共産主義的思想を教える。
“連邦”の軍も汚い仕事はするし、これまで少数民族を弾圧してきた。だが、その手の行為は“国民連合”がいい顔をしなくなった。“国民連合”では公民権運動が起きて、人権を重視するようになったからである。
だが、“国民連合”は結局メーリア防衛軍を支援している。
いや、表向きは“国民連合”は支援していない。支援しているのはブラッドフォードを通じてアロイスが資金提供し、その金でネイサンが武器を提供し、その武器でメーリア防衛軍は共産主義者と少数民族を弾圧している。
国際社会は改革革命推進機構軍を支援している“社会主義連合国”や“大共和国”が非難しているだけで、ほぼ無関心。“国民連合”の国民も、西南大陸で何が起きているかなど、まるで興味がない。
「かくして、バランス・オブ・パワーは成立するか」
防弾SUVの中でアロイスはそう思った。
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