強襲
本日2回目の更新です。
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──強襲
アロイスが『ツェット』の基地に立て籠もってから3週間が過ぎた。
アロイスはブラッドフォードへの送金を続け、戦略諜報省を動かし、麻薬取締局を動かし、カールを逮捕させようとしている。それと同時に“連邦”に忍び込んだ麻薬取締局の捜査官たちにも情報が渡るように情報を流し続ける。
それでもカールに懸賞金をかけたりはしない。
ただ、カールがそうなる可能性を恐れてくれればいいのだ。
カールが自分の死を恐れ、保険を確認するために弁護士に電話をすれば、保険の存在についてアロイスたちは知ることになる。カールの保険さえどうにかすれば、後はどうとでも始末できる。
カールも麻薬取締局が自分を追い始めていることに気づいているだろう。
さあ、保険を確認しろ、カール。それがお前の最期だ。
アロイスはチェスは得意ではないが、ポーカーは得意だ。ポーカーは純粋で、シンプルだ。ただ、人間との駆け引きを楽しむゲームである。チェスのようにボードを睨みつけるのではなく、人間を睨みつけて、その手持ちのカードにある真実を見抜く。
これもポーカーと同じだとアロイスは思う。アロイス対カールのポーカーだ。
手札は決まっている。この手札でいかにはったりをかまし、相手の手札を見抜き、ゲームに勝利するかだ。
アロイスは着実にカールを追い詰めている。
情報戦というポーカーの分野においてもっとも重要な部位はアロイスが押さえている。カールは防戦一方だ。街に流れている自分の情報のことを把握し、麻薬取締局が自分を追いかけていることを知っているだろう。だが、どうすることもできない。
ポーカーのチェスともうひとつ違う点はいかさまができる点だ。
アロイスはいかさまをしている。カードを意図的に操った。ブラッドフォードを通じて“国民連合”政府を動かすことにより、自分に回ってくるカードを有利にし、カールに回ってくるカードを貧相なものにした。
やがて、“国民連合”政府は“連邦”政府に圧力をかけてグライフ・カルテルを壊滅させることに協力させようとするだろう。
だから、弁護士に電話しろ、カール。保険を確かめろ。俺に保険の場所を教えろ。
アロイスはそう思いながら、実際にマリーとポーカーを楽しんでいた。
マーヴェリックは意外かもしれないがポーカーに弱い。彼女はすぐに負けて飽きてどこかに行った。マリーは好敵手だ。彼女の表情からは全く手持ちのカードが窺えない。彼女ははったりも使い、そのせいでアロイスは何度かマリーに負けた。
それでも全体成績ではアロイスが勝っている。
「あなた、カードゲーム強いのね」
「我らが一族は表情筋が死んでるんだ。そのせいだよ」
マリーは恐らくツーペア。アロイスの手札はワンペア。
このまま勝負すれば負けるが、ここははったりの見せ所だ。
「ところで──」
「ゲームは終わり。ヘリのローター音がする」
マリーはそう言って手札を晒した。ツーペアだ。
「ヘリ? まさか連中、ヘリで強襲してきたってのか?」
「そういうことかもね」
マリーが手早く傍に置いていた魔導式自動小銃を手にする。
アロイスも魔導式拳銃を抜くが、マリーが首を横に振った。
「あなたは役に立たないし、警護対象。ここにいて」
「分かったよ」
アロイスは椅子に座る。
この間にも襲撃は始まっていた。
この『ツェット』の基地を襲撃してきたのは3機の汎用ヘリ。乗員6名の汎用ヘリのドアガンナーが魔導式重機関銃を乱射して着陸地点を確保し、ヘリは降下しようとしていく。魔導式自動小銃と魔導式機関銃で武装した兵士たちを降ろそうとして。
そこに対戦車ロケット弾が叩き込まれる。
ヘリの一機がそれに直撃され炎上し、滑走路に落ちていく。
2機のヘリは着陸に成功したが、すぐに魔導式重機関銃をマウントしたピックアップトラック──テクニカルに囲まれた。魔導式重機関銃が乱射され、ヘリが蜂の巣にされる。だが、襲撃者たちは地面に降り立ち、地面に伏せテクニカルと応戦する。
テクニカルの射手が倒れ、たちまち退散する。
汎用ヘリから降り立った襲撃者たちは牽制射撃を行いながら、プロらしい仕草で行動していく。匍匐前進から立ち上がり、お互いの死角を潰しながら、アロイスの立て籠もる『ツェット』の施設に迫る。
「残念だったな! そこまでだ!」
突如として先頭を進んでいた襲撃者たちが燃え上がる。
マーヴェリックの登場だ。
襲撃者たち半数がマーヴェリックに銃口を向け、半数はそのまま施設への突入を図る。銃口は向けられた傍から火を噴く。だが、マーヴェリックにそれが到達することはなかった。マーヴェリックはすぐに飛びのき、それから交代するように炎を放つ。
襲撃者の3分の2はこの時点で壊滅だ。マーヴェリックにとってミディアムレアに焼き上げられ、6名の襲撃者が倒れる。マーヴェリック好みの人間の焼ける臭いがする。
「マリー。お仕事だ。イカす仕事だぞ」
「あなたのいうイカすの定義は未だ不明」
施設内からマリーたちが応戦する。
マリーはただ魔導式自動小銃を撃ち返すだけでは済ませなかった。死んだ襲撃者たちを生き返らせ、そいつらにも銃を撃たせた。墜落して死亡したはずの襲撃者がむくりと起き上がり、かつての仲間たちを銃撃する。
不意に挟み撃ちにされた襲撃者たちは強行突破を図る。
手榴弾を一斉に投擲し、進撃路を切り開く。
銃弾は何百発と乱射され、マリーたちは施設内に後退する。
マリーたちの射撃は襲撃者たちよりも遥かに精密かつ正確だった。胸に二発、頭に一発。確実に相手を仕留めていく。マリーたちも手榴弾で応戦し、襲撃者たちが倒れる。
そこから一気にマリーが畳み込んだ。
魔導式機関銃から鉛弾を叩き込み、襲撃者たちが薙ぎ払われる。
射撃は続き、マリーは死者を生き返らせ、手榴弾を起爆させる。突如として炸裂した友軍の手榴弾で襲撃者たちは壊滅した。
いや、生き残りはいた。
辛うじて生き残っている襲撃者たちはマリーたちに捕虜にされた。
そして、この手の作戦で捕虜たちが辿る運命とは悲惨なものだ。
アロイスはまたしても自分の命を狙われて激怒。マーヴェリックは自分たちの城が襲われてご立腹。マリーも部下を負傷させられて苛立っている。
拷問は苛烈を極めた。
捕虜になった全員は二度と物を噛めない口になり、二度と大地を歩けない足にされ、二度と物を握れない手にされ、そして二度と物を考えられない頭にされた。それもそうである。連中の脳みそは地面に散らばっているのだから。
「カール。カール。カール。カール・カルテンブルンナー。あの野郎、また俺の命を狙いやがった。もう容赦をする必要があるか?」
「ないね。徹底的に叩き潰すべきだ」
「そう、叩き潰すべきだ。ただし、カール・カルテンブルンナーではなく、この襲撃者たちの親玉を、だ」
「カールはあんたも殺せない?」
「奴の保険が残っている間は」
マーヴェリックが一番腹を立てていた。
彼女はアロイスが彼の父であるハインリヒと同じようになっていると思っていた。すなわち臆病に。敵を恐れ、行動に出ない。攻撃できない。腰抜けの司令官。そういう風にマーヴェリックの目にはアロイスが映っていた。
「保険さえなくなれば、奴を切り刻むチャンスはある。保険があるうちは手を出せない。保険、保険、保険。マーヴェリック、君が指摘したんだぜ。カールにはデッドマンスイッチがあるってことを」
「そりゃそうだけど、殴られたままであんたいいのか?」
マーヴェリックが憤って唸る。
「もちろんよくはない。カールには地獄を味わわせてやる」
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