暴露される陰謀
本日1回目の更新です。
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──暴露される陰謀
アロイスは21歳の誕生日を迎えたが、それを祝ってくれたのはマーヴェリックだけだった。彼女は誕生日の贈り物に9ミリ口径の魔導式拳銃をアロイスに渡した。
「とうとう、俺も銃を持ち歩くのか」
アロイスはしげしげとエルニア国製の魔導式拳銃を眺めた。
「持っていて損はないよ。ドラッグカルテルの幹部なら誰でも持ってる」
「だろうね。だけど、俺はそういう連中の仲間にはなりたくなかったんだよ」
入れ墨を入れ、金のアクセサリーを身に付け、髭を伸ばし、スポーツカーを乗り回す典型的なドラッグカルテルのボス。アロイスはそういう人間を嫌っていたし、そうなりたいと思ったことは欠片もなかった。
マーヴェリックがプレゼントしてくれた魔導式拳銃がドラッグカルテルのボスが好みそうな金メッキのそれでないことをアロイスは少しばかりありがたく思った。
「で、今日は親父さんに陰謀を暴露しに?」
「君たちが暴れた原因を説明しなければならない。親父は激怒している。『ツェット』が勝手に暴走したと思い込んでいる。そうでなくとも、俺が“反抗期”になって、親父の組織を滅茶苦茶にしようとしていると考えている」
「あたしは心理学の専門家じゃないが、あんたの歳で反抗期はないよ」
「そうとも。俺は反抗期なんかじゃない。親父が更年期障害を起こしているだけだ」
マーヴェリックが笑うのにアロイスは肩をすくめて返した。
「また酒の量が増えているだろうな。煙草の数も。自分で死に進むのは勝手だが、俺たちを巻き込まないでもらいたい。死ぬならひとりで勝手に死ねってんだ」
アロイスが毒づくのに、マーヴェリックがやや驚いた表情を浮かべていた。
「どうかした?」
「いや。あんたが親父さんのことが嫌いなのは知っていたけど、そこまで殺意を剥き出しにするのは珍しかったからさ」
「そうかな」
親父は今年で死ぬ。
俺が殺意を抱こうと抱くまいと、“国民連合”政府が、戦略諜報省が、親父を航空事故に見せかけて始末する。それで諸問題の半分は万事解決だ。
問題は親父はまだ生きていて、息をしており、権力を有しているということ。
そうアロイスは考える。
今はまだアロイスはハインリヒに従って見せなければならない。
今はまだ、ハインリヒの力が必要なのだ。皇帝の権威と権力は未だに健在だ。ハインリヒが今回の件でアロイスか、あるいは『ツェット』を本格的に敵視したら、“連邦”の全ての捜査機関と軍が敵に回る。それに加えて“連邦”入りしているという“国民連合”の麻薬取締局の捜査官すらも敵に回すことになる。
それは避けなければならないことであり、避けられることである。
マーヴェリックが運転するアロイスの車はハインリヒの屋敷の敷地に入った。
「お帰りさないませ、若旦那様。お待ちしておりました。旦那様がお待ちです」
「ああ。調子はどうだ、イーヴォ? 困ったことはないか?」
「ございません。旦那様と若旦那様の両方にお仕えできて幸福であります」
そうか。イーヴォ、お前は幸福なのかとアロイスは思う。
お前はこれから1年と経たない間に親父を狙った航空事故──いやテロに巻き込まれて死ぬんだぞ。それでも幸福なのか? お前を救うことのできない俺のことを恨んではいないか? 俺はお前からならば憎まれても仕方ないと思っているよ。
アロイスはそう思いながら、マーヴェリックを連れ、イーヴォの案内で屋敷の中を進む。屋敷の中はまるで変化がない。アロイスの母がいなくなってから、花瓶に花が添えられることもなくなり、ただイーヴォが綺麗に保っているだけだ。
「旦那様。若旦那様がお見えです」
「通せ」
イーヴォが扉を開け、アロイスたちが中に入る。
「また女を連れてきたのか。情婦を連れまわすのもいい加減しろ」
「忘れたのかい、父さん。彼女は俺の護衛だ。『ツェット』の隊長でもある」
「『ツェット』『ツェット』『ツェット』! お前の戯言はもうたくさんだ。その『ツェット』というのが街で暴れて、我々の組織を攻撃したんだぞ。何が護衛だ。何から何を守っている。『ツェット』は解体しろ。さもなければ私が捜査機関を動かして叩き潰してやる。徹底的に、容赦なく」
「父さんはその決断をする前にこの録音テープを聞くべきだよ」
アロイスはそう言って、録音テープを再生機に入れて再生する。
『やあ、カール。この間の話の続きか?』
『そうだ。ヴォルフ・カルテルを攻撃する準備はできているか? ヴォルフ・カルテルはキュステ・カルテルの攻撃と同時に反乱を起こす人間が潜んでいる。攻撃を仕掛ければ必ず勝てる。シュヴァルツ・カルテルもハインリヒを憎んでいる。攻撃に参加するだろう。そうなればお前たちのビジネスを邪魔しているハインリヒは消える』
『どうだろうな。もう少し考える時間をくれないか? こっちもヴォルフ・カルテルと一戦交えるならそれ相応の覚悟と準備が必要になってくる。それにあんたはどうするつもりなんだ、カール?』
『俺はおこぼれがもらえればそれでいい。ハインリヒさえくたばるならば』
『そうか。分かった。準備だけは進めさせておこう』
『いいか。チャンスは今しかない。今、仕掛けなければ次のチャンスはいつ巡ってくるか分からないぞ。いいな?』
『ああ。カール。分かっているよ』
そこでアロイスは録音テープを止める。
「これが今回の攻撃の事実だ。俺たちが攻撃した下部組織はカールの息がかかっていた。奴らが反乱を起こす前に潰した。そういうことだ」
アロイスはそう言って、ハインリヒを見た。
ハインリヒは顔面蒼白だった。まるで幽霊でも見たような顔をしている。
「キュステ・カルテルは攻撃してくるのか?」
「この録音テープを俺がどこから手に入れたと思っているんだ、父さん。キュステ・カルテルのヴェルナーからだ。彼はカールを売って、ヴォルフ・カルテルに忠誠を示した。分かっただろう。カールは裏切者だ」
「そんな馬鹿な……」
哀れなハインリヒ。彼はカールの帝国を奪い、屈辱を味わわせたのに彼と親友になったつもりでいたのだ。その間にもカールは復讐の爪を研ぎ、そして今まさにヴォルフ・カルテルにその爪を突き立てようとしていたのだ。
「カールとは……話し合う。真意が知りたい」
「話し合う? ここまでの証拠が揃っているのに? 殺すべきだ。裏切者の末路は死だと決まってる。そうだろう? 何故、そんなにカールを特別視するんだ? カールなんて裏切者のクソ野郎じゃないか」
「黙れ。これは私とカールの問題だ」
「いや違うね。カールと俺と父さんの問題だ。カールはヴォルフ・カルテルを攻撃しようとしたんだよ? ヴォルフ・カルテルは俺が引き継ぐ帝国でもある。それを攻撃しようとしたのだから、俺も関係がある。それにカールの裏切りの証拠とその陰謀を阻止したのは父さんが毛嫌いした『ツェット』だ。俺たちが陰謀を砕いたんだ」
「陰謀ではない。意見のすれ違いだ」
クソ親父! クソッタレの豚の小便め! カールを庇ってあんたに何の得がある!
「いいか。アロイス。私は確かにカールの帝国を奪った。カールが私を憎むのは当然だ。だが、俺たちは取引を交わしている。秘密協定だ。お互いの身の安全とこの帝国の譲渡に関する情報をカールが黙秘する代わりに、私はカールに庇護を与えた」
「だが、カールは現に父さんを脅かした。ヴォルフ・カルテルも」
「そう決めつけるのは時期尚早だ。カールには何か考えがあるかもしれない」
ああ。そうだろうな。あんたを殺して、ヴォルフ・カルテルを滅茶苦茶にする陰謀をまだまだいくつも考えているだろうさ。
アロイスは何も言わず、マーヴェリックを連れて屋敷を出た。
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