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亡命

本日1回目の更新です。

……………………


 ──亡命



 アロイスが粛清を行っていたころ、フェリクスは捜査を続けていた。


 トマスとともにフリーダム・シティにてトマスの情報網を使い、合法的にチェーリオに手を伸ばそうとしていた。


 だが、捜査の進展は芳しくない。


 ブルーボーイが惨殺された事件は新聞でも大きく報じられ、トマスが当てにしていたギャングという名のチンピラ集団やケチなドラッグの売人は口をつぐんだ。逮捕をちらつかせても、殺されるぐらいならばと拒否された。


「連中は恐怖を示しました」


 フェリクスが苦々しく言う。


「恐怖は武器です。そう何度も行使できるものではありませんが、一度振るわれた強大な恐怖は伝染する。ペストのように。空気で伝染していく。情報で伝染していく。我々は後手に回ってしまいました。恐怖が振るわれる前に情報を得なければいけませんでした」


「証人保護が重要だったと言いたいのか?」


「ええ。必要でした。ブルーボーイを保護するべきでした。彼の死は、我々が得られるはずだったチェーリオ・カルタビアーノに到達するための情報を失わせてしまいました。もっとも、我々だけのミスではありません。汚職警官もいたのですから」


「汚職警官は言い訳にはならない。チェーリオのクソ野郎が起こした抗争でマフィアとつるんだ汚職警官がいるのは前々から分かっていたんだ。ああ。そうさ。俺たちのミスだ。いや、俺のミスだ。俺はブルーボーイを無意味に死なせ、チェーリオのケツを蹴り飛ばしてムショに叩き込んでやる機会を失った。クソッ!」


 トマスは苛立っているようだったが頭は冴えていた。


 彼はブルーボーイの死がただの売人の死ではないことを理解している。そして、ブルーボーイを失ったことで、恐怖により機能不全に陥った情報網の再構築を図っていた。次は簡単には殺されない汚職警官やマフィアの下っ端を狙い撃ちにして。


 汚職警官たちは内部監査をちらつかせると震えあがったが、チェーリオを売れとなるともっと震えあがった。彼らは自分たちがブルーボーイや消えた4名の証人のようになることを恐れていたのだ。


 恐怖は伝染する。


 マフィアが警官殺しをしないという神話は、トマス自身が撃たれたことで崩壊した。マフィアは警官だろうと容赦なく殺すということが明らかになった。だから汚職警官たちも自分たちが殺される可能性に怯えて、ちゃちな情報しかトマスに渡さなかった。


 汚職警官の情報で現場に向かっても売人たちはとっくに撤収しているか、ちょっとした功績を恵んでやろうとでもいうように数キロのスノーパールが残されているだけだった。たったの数キロのスノーパールだ。


 現在、東部には数百キロのスノーパールが流入していると麻薬取締局は見ている。それなのにたった数キロの押収で新聞はドラッグ戦争に勝利したかのように報道する。


 トマスも数キロの押収は自分たちへの施しだということを理解していた。このお駄賃をやるから市警は黙ってろというのがチェーリオからのメッセージだった。


 実際、市警はそれでほぼ黙った。


 本部長はトマスを褒めたたえる。ドラッグビジネスを潰してるとして。


 市長はトマスを訪問し、握手を交わし、勝利を祝おうとマスコミ映えする写真を撮らせる。まるでもう自分たちはドラッグビジネスを完全に潰し、フリーダム・シティはドラッグの脅威から救われたかのように。


 それがトマスの苛立ちのもうひとつの理由でもあった。


 市警は事件を終わらせようとしている。ブルーボーイ殺しの犯人も、チェーリオ・カルタビアーノを刑務所にぶち込むことも、フリーダム・シティに本当に蔓延しているドラッグビジネスの根本を叩くこともせずに、これで平和になったとしようとしている。


「……本部長からこう言われた。『トマス。事件は終わったんだ。俺たちは勝った。もう蒸し返すな。お前はドラッグ戦争の勝者として引退しろ』と」


「応じたんですか?」


「まさか。冗談じゃない。こう言ってやった。『ドラッグ戦争は今も続いてるし、俺たちは負けてる。俺を引退させたいなら、ドラッグ戦争の敗者として懲戒処分にしろ』と」


「トマス……。自棄になってもらっては困ります。我々には市警の協力が必要だし、自分にはあなたが必要です。本部長に喧嘩を売るのはやめてください」


「俺が喧嘩を売ったんじゃない。あいつが売ってきたんだ」


 畜生。俺たちは内輪もめできるような余裕はないんだぞ。お互いが現実を見て、協力し合わなければ、笑うのはドラッグカルテルとマフィアどもだ。


「フェリクス・ファウスト特別捜査官。お電話です。麻薬取締局本局から」


 ここでトマスのアシスタントがそう言って会話に割り込んできた。


「本局から?」


「出た方がよさそうだぞ」


「では、少し席を外します」


 フェリクスは電話に出る。


「フェリクスです」


『スコットだ。フェリクス。すぐに本局に戻ってこい。話がある』


「電話ではダメなんですか?」


『ダメだ。すぐに戻れ』


 麻薬取締局局長スコット・サンダーソンからそう言われては帰るしかない。


「トマス。幸運を祈ります。自棄は起こさないでください」


「ああ。そうするよ」


 トマスは手を振ってフェリクスを見送った。


 フェリクスは飛行機で首都エリーヒルに戻る。


「フェリクス。問題が起きた」


 スコットはフェリクスが戻ってくるなりそう言った。


「問題とは?」


「お前宛ての郵便物がここに届いた。中には爆弾だ。郵便係が指を3本失った」


「なんですって?」


「なあ、フェリクス。教えてくれ。お前が個人的にドラッグカルテルから狙われているということはないんだろうな? もしそうなら、俺はお前を捜査から引き上げさせなければならない。局員の安全確保は局長の仕事だ」


「自分は……」


 狙われている。西部でも銃撃を受けた。今度は郵便爆弾。


「自分は狙われていません」


「本当だな?」


「これは不特定多数を狙った犯行です」


 嘘をついたことにフェリクスの良心が痛む。スコットは自分のことを心配してくれているというのに。


「分かった。そうしよう。だが、身の安全には気を付けろ。それから家族にも。ドラッグカルテルは女子供だろうと容赦しないぞ」


「分かりました」


 フェリクスは北のセトル王国に家族を逃がすことを決意した。


 妻は西海岸生まれで冷たい気候には慣れていないと文句を言うだろう。仕事の関係だと言えばますます苛立つに違いない。『どうしてあなたがそんな危険なことを? 麻薬取締局は家族がいる局員にそんな任務を押し付けるの?』と。


 子供も不満を覚えるだろう。学校の友達と別れなければならないのだ。


 だが、それでもここで止まるわけにはいかない。俺がドラッグカルテルを追い詰めなければならないのだ。そうでなければ死んでいったものたちが浮かばれない。


「スコット。相棒をくれませんか。捜査パートナーを。自分だけでは荷が重いです」


「分かった。手配しよう」


 これでまた死人が増えるかもしれない。だが、やらなければ。


……………………

これにて第二章完結です!


面白かったと思っていただけたら評価・ブクマ・励ましの感想などよろしくお願いします。

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