吹き荒れる粛清
本日2回目の更新です。
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──吹き荒れる粛清
アロイスによる粛清は情け容赦なく始まった。
アロイスからの命令を受けた『ツェット』の部隊がカールと接触のあった下部組織並びに1度目の人生でアロイスを裏切った連中を強襲し、ひとり残らず蜂の巣にする。
不意を打つためにはマリーも手を尽くした。
件の人間爆弾が小さな組織ならば丸ごと吹き飛ばし、肉片と血と炎だけが残される。この奇襲攻撃によって下部組織の組織的な反撃は不可能になった。
ふたりの元エルニア国陸軍特殊空挺偵察大隊の男たちに指揮された『ツェット』の部隊は下部組織からさらに抵抗力を奪うべく、彼らが蜂起のために貯えていた武器弾薬庫を襲撃する。
激しい銃撃戦が繰り返されるが、高度な訓練を受けた『ツェット』の兵士と所詮は街のチンピラに過ぎない下部組織のメンバーでは戦闘力に差がありすぎた。『ツェット』は敵を確実に射殺していき、武器弾薬庫を押さえ、爆薬を仕掛けて爆破する。
装備を鹵獲するという選択肢はなかった。連中が手に入れた装備はどこから手に入れたか不明だ。カールが準備したとすれば、ヴォルフ・カルテルにとって不利になるような武器を渡している可能性がある。よって等しく爆破処理だ。
どうせ武器弾薬には困っていない。兵器ブローカーであるネイサン・ノースとアロイスの取引は続いている。アロイスはネイサンから武器を買い、それを独占する。ネイサンは纏まって取引でき、かつ安定した収入が得られることを歓迎している。
市街地は騒然となる。
街の酒場などを拠点にしている下部組織も『ツェット』の襲撃を受けた。迷彩服に身を包み、ボディアーマーを身に付け、ヘルメットを被り、タクティカルベストの弾薬ポーチにたっぷりのカートリッジを収め、手榴弾を吊るした彼らは市民から見れば、軍隊と変わりなく見えた。軍によるドラッグ取り締まり作戦だと思い、市民は通報もせずに、巻き込まれることを恐れて逃げ出す。
そして、炎が吹き荒れる。
マーヴェリックだ。
彼女はその発火魔術を最大限に行使して、下部組織の連中を焼き殺していた。彼女が言うには生きたままミディアムレアの焼き加減にされている。
生焼けの死体が発する臭いを肺一杯に吸い込み、マーヴェリックは大笑いする。
「最高! 最高にイケてる! ドラッグも、煙草も、アルコールも! こいつには勝利できない! こいつこそが最高にぶっ飛ばしてくれる!」
マーヴェリックは獲物を焼き殺す。
反乱分子に指定された下部組織の男たちを焼き殺す。
銃で殺された相手には刻印を刻む。
“裏切者”と。
これで誰が殺したかがはっきりする。
そして、これは強力なメッセージになる。
ヴォルフ・カルテルを裏切ろうとすれば、どういう末路を辿るのかというメッセージを。他の下部組織もこれを見て思うだろう。ヴォルフ・カルテルに逆らうべくではないということをしっかりと頭に刻むだろう。
そう、これは見せしめだ。ただの粛清じゃない。アロイスはこう何度も下部組織を攻撃する余裕はないと考えていた。粛清が慢性化すれば、恐怖の効果は薄まる。独裁者が永遠に恐怖で国を長続きさせられないことと一緒だ。
恐怖だけでは統治はできない。だからと言って、恐怖なしでも統治はできない。
アロイスは必要があればこれからも粛清を行うだろう。暴君として振る舞うだろう。だが、ここまで大規模な粛清はこれで最後だ。マーヴェリックは不満に思うかもしれないが、そう何度も粛清のカードを使っていれば恐怖より反感が持ち上がる。
特にアロイスは最初からドラッグビジネスにいた人間ではない。下部組織の人間からすれば新入りが好き勝手にやっているように見えてもおかしくない。
今でこそ、『ツェット』という暴力装置で恐怖を刻み込み、ヴォルフ・カルテルという名の帝国の支配を強固なものにしようとしているものの、もしこの恐怖が緩めば、もし彼らが自分たちがいなければアロイスの帝国は存続しないと気づいたら、恐怖は消え、アロイスに対する反感だけが残る。
だから、そう何度も粛清はできない。
しかし、やるときは徹底的にやる。末端の売人から汚職警官のひとりまで、アロイスを裏切ろうとした連中は皆殺しにする。
「さあ、もっともっともーっと焼いていこうぜ。炎の熱を感じ、髪の焦げる臭いと、脂肪の焼ける臭いを思う存分吸い込んで、ぶっ飛んでいこう。鉛玉を浴びせて、阿鼻叫喚の地獄絵図を作って死体全てに刻印してやろう。“裏切者”と」
マーヴェリックは焼き続ける。『ツェット』は殺し続ける。民間人が巻き込まれようがお構いなしに焼いて、撃って、切り裂いて、吹き飛ばして、殺し続ける。
汚職警官たちのうちでもヴォルフ・カルテルに忠誠を誓っている人間は逃げ出している。市民を保護することもせず、我先に逃げ出した。ヴォルフ・カルテルを裏切ろうとした汚職警官はマーヴェリックに焼かれる。
裏切者の汚職警官への制裁は残酷を極めた。ドラム缶に生きたまま放り込まれ、ドラム缶を燃やされる。哀れな汚職警官は蒸し焼きにされて、その表情には恐怖と苦痛と後悔の色が刻み込まれていた。
そして、死体には刻印がされる。
“忠誠を選べ”と。
もはや、汚職警官たちの中でも忠誠を誓う相手をひとつに選ぶ必要性が生じてきた。今までの小遣い稼ぎのために、ドラッグビジネスを見逃すのではなく、ドラッグカルテルの手先として働かなければいけなくなった。
“連邦”では汚職警官たちもまたドラッグの売人だった。彼らに対する報酬は金で支払われることもあったが、もっぱらドラッグで支払われることの方が多かった。彼らはそれを“連邦”にいるヤク中たちに売り捌き、利益を丸々懐に入れた。
所詮は小遣い稼ぎ。そう汚職警官たちは思っていた。
だが、ルールは変わったということをアロイスはしっかりと示した。
将来、汚職警官たちが自分たちの敵に回るようなことがあれば、追い詰められるのはドミニクでも、ヴェルナーでも、カールでもなく、自分たちになるということをアロイスは理解していた。今でこそ、ハインリヒが検事総長の座に就き、全ての捜査機関の情報を収集し、そして捜査機関を操ることもできるが、ハインリヒはいずれ退場する。
それでも汚職警官たちを味方につけておくには買収だけでは不十分だ。
恐怖が、やはり必要なのだ。
それから1週間の間、『ツェット』による銃殺刑執行とマーヴェリックによる炎と血の宴は続いた。アロイスはハインリヒから何度も呼び出されているのを、全ての粛清が終わるまで無視し続けた。
全ての裏切者がいなくなり、ヴォルフ・カルテルは安定するまで彼は父親と話すつもりはなかった。そして、キュステ・カルテルのヴェルナーからカールの裏切りを裏付ける証拠が届くまで父親と会うことを保留し続けた。
そして、電話のベルが鳴る。
『終わったぞ。もうあんたの帝国に裏切者はいない』
マーヴェリックがそう言う。
「まだ俺の帝国じゃないよ」
そう今はまだあんたの帝国なんだよ、親父。だが、それを引き継ぐときにくだらないことで俺は血を流したくないんだ。分かってくれるよな?
そして、また電話のベルがなる。
『ヴェルナーだ。カールと会った。あの野郎、ぬけぬけと今が攻撃のチャンスだと言いやがったぞ。ばっちり録音してある。どこで渡せばいい?』
「俺が受け取りに行く。こっちの馬鹿騒ぎももうすぐ終わりだ」
『いいニュースだ。カールの野郎に危うく騙されるところだった』
そうとも、いいニュースだ。
これでカールはお終いなんだからな。
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本日の更新はこれで終了です。
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