東海岸においての協定
本日1回目の更新です。
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──東海岸においての協定
「で、信頼すると?」
「信頼する。そして、君を信頼してるよ、マーヴェリック」
「その信頼には応えないとな」
ヴェルナーの指定してきた会合場所は“連邦”の東海岸にあるホテルだった。
そのロイヤルスイートでアロイスとヴェルナーは話し合うことになる。
「尾行はないね?」
「ない。マリーが確認している。車に発信機がないのも『ツェット』の技術将校が確認した。問題はなしだ」
「では、乗り込むとしよう」
マーヴェリックの運転で車は会合場所に指定されたホテルまで向かう。
問題のホテルはどうやら今日は貸し切りらしく、ドラッグカルテルの男たちが正面入り口から警備に当たっている。懐を魔導式拳銃で膨らませた男たちが、悪趣味な金のアクセサリーと入れ墨を見せつけて『今日は貸し切りだ』ということを示していた。
「やあ、アロイスだ。ヴェルナーに会いに来た」
アロイスは男にそう言うと、男は行けというように親指でホテルの入り口を指し示した。アロイスは男の指示通りに、ホテルの中に入っていく。
「アロイス・フォン・ネテスハイム様ですね。お待ちしておりました。ヴェルナー様は最上階のロイヤルスイートでお待ちです。ご案内いたします」
ホテルのスタッフはドラッグカルテルの人間ではなく、堅気の人間のようだった。いや、ドラッグカルテルの出資しているホテルの職員の時点でもう堅気ではないのかもしれない。いずれにせよ、ホテルの人間は見せびらかすような金のアクセサリーも入れ墨も、そして懐を膨らませる魔導式拳銃もなしだった。
「こちらでございます。ではごゆっくり」
ホテルの人間はまたドラッグカルテルの人間が警備する扉の前までアロイスたちを案内するとそそくさと逃げ出していった。
「ボディチェックだ、アロイスの若旦那」
「俺は構わないけど、彼女は困るな」
「安心しろ。そっちを調べるのは同じ女だ」
男がそう言って合図すると部屋の中から黒いスーツの女性が出てきた。パンツスーツ姿でドラッグカルテルの人間とは思えないほど美人だった。
「わお。嬉しいね。体の隅々まで調べていいよ。隅々まで、ね」
マーヴェリックは嬉しそうにそう言って、両手を上げる。
「あいつ、イカれてんのか?」
「彼女は女性もいける方なんだ」
「なるほどね」
ドラッグカルテルの人間は興味なさそうにそう頷くと、アロイスが魔導式拳銃を装備していたり、盗聴器を装備していないかをしっかりと調べ上げた。
職務に忠実な猟犬を飼っているのはどこも同じかとアロイスは思う。
「よし。行っていい」
「ありがとう」
アロイスとマーヴェリックはホテルのロイヤルスイートに入る。
「よう、アロイスの若旦那。待ってたぜ」
「こっちもだ、ヴェルナー」
ヴェルナーはアロイスを抱擁すると、応接間のソファーを勧めた。
「それで、本当にハインリヒは関わっていないんだな?」
「関わっていない。関わっているとしたら不味いのは俺の方だ。分かるだろ?」
「そうだな。ちょっとした親への反抗じゃ済まされない。俺たちと直に取引するってのは、完全にハインリヒを裏切っている。しかし、そこまでして俺たちと取引する理由はなんだ? 何か理由があるんだろう?」
「あんたらとの友好を求めているという電話の説明だけでは納得できない?」
「できないね。何か裏があるんじゃないか?」
「裏があるのはそっちだろう、ヴェルナー」
アロイスが声のトーンを落とす。
「カールのクソ爺になんて炊きつけられた? 今ならば独立は確実だからヴォルフ・カルテルを攻撃しろ、か? それとも向こうから仕掛けてくるように挑発し続けろ、か? いずれにせよ、カールのクソ爺に誑かされてやしないか?」
「……確かにカールにそう言われた。盗聴器でも仕込んでたのか?」
「俺は親父と違ってカールを全く信頼してない。カールは裏切者だ。裏切者の中の裏切者だ。あいつは地獄の最下層に落ちるに相応しい。だから、カールがあんたに接触したという時点でさっき述べたことを疑った。それだけだ。盗聴器はなし」
アロイスはそう言って両手を上げる。
「カールに誑かされるな、ヴェルナー。あいつはヴォルフ・カルテル、シュヴァルツ・カルテル、キュステ・カルテルが殺し合って、弱体化したときに再び自分の帝国を取り戻すためにあんたたちを炊きつけているだけだ。抗争を起こして一番得をするのはカールのクソ爺だけだ」
「そうだな。だが、俺たちのことも考えろよ。長年、ヴォルフ・カルテルのために働いて、上納金を納め続けて、ようやく独立だと思ったら、ハインリヒの野郎は未だに俺たちを自分たちの部下扱いしやがる。俺たちは対等な立場のはずだ、そうだろう?」
ヴェルナーは率直に不満を述べた。
「分かっている。だから、俺がこうしてきた。俺はあんたらに敬意を払っている。立派なドラッグカルテルだと。いちいち小学生みたいに親にあれこれ指図されなくてもやっていける大人だと」
「なら、どうするんだ?」
「電話にあった通りだ。“国民連合”の東海岸における自由な取引を認める。認めるというよりも俺の作った密売ネットワークを利用してもいいってことだ。ただし、ヘマはするな。裏切るな。それだけは守ってくれ」
「ああ。それは大金を生むだろう。ホワイトフレークは?」
「扱っていい。ただし、今の麻薬取締局はスノーパールが西部と東部で氾濫を起こしているのにピリピリしている。そこにホワイトフレークまで加えるのは、あまり賢い選択肢だとは思えないが」
「扱うなら用心しろってことか。確かに今の状況をホワイトフレークで混ぜ返すのは賢いとは言えんな。それにそっちの密売ネットワークはスノーパールの密売しか行ってきたなかったんだろう? ホワイトフレークの扱いは素人。そうじゃないか?」
「そういう問題もある。保管場所の管理や売人への売買の方法まで見直さなければならない。ホワイトフレークは水増ししやすい。錠剤にして混ぜ物を防ぐなりなんなりして、取引に使わないと相手も困る」
「了解。スノーパールが大規模に売れるだけでもありがたい」
ヴェルナーはそう言って満足そうに笑った。
「ヴェルナー。繰り返しになるが、カールを信じるな。奴の言う言葉は聞き流せ。奴が会談を求めてきたら応じてもいい。ただし、盗聴して、録音しておいてくれ。それを親父に聞かせれば、親父の目も覚めるはずだ」
「それが友情の証明ってことか? カールを売るのが?」
「ああ。それが俺の求める友情だ」
ハインリヒの目を覚まさせるにはカールの陰謀を暴くしか方法はない。
アロイスはそう決断した。アロイスはヴェルナーにカールが再び接触するのを予想し、カールがキュステ・カルテルにヴォルフ・カルテルへの攻撃を開始するか、それに準じた行為を唆す瞬間を記録させる。そして、それをハインリヒに聞かせる。
流石のハインリヒも証拠を突き付けられれば、考えを改めるだろう。そして、カールの思惑に従わず、あくまでヴォルフ・カルテルを選んだヴェルナーのことを再評価するに違いない。それはヴェルナーにとっても利益がある。
「ヴェルナー。俺は友情を望んでいる。確たる友情をだ。お互いに利益になる行動を取ろう。俺たちのために」
「ああ。俺たちのために」
こうして、キュステ・カルテルとの交渉は纏まった。
だが、カールの陰謀はまだ続いてる。
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