崩落防止措置
本日2回目の更新です。
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──崩落防止措置
アロイスはもう一度電話に盗聴器が仕掛けられていないかと確認させると、ある番号に電話をかけた。
『もしもし?』
「こんにちは、キュステ・カルテルのオスカー・オーレンドルフさんだな? ヴォルフ・カルテルのアロイス・フォン・ネテスハイムだ。そちらのボスと話がしたい。場所の指定はそちらに任せる。お互いに有益な話が出来ると思う」
『ちょっと待て』
アロイスが電話したのは以前、東部でチェーリオにホワイトフレークを売りに来たキュステ・カルテルの幹部だった。連絡先を交換していたチェーリオから情報を譲ってもらい、こうしてアロイスはキュステ・カルテルの幹部に電話している。
ハインリヒにこのことがバレれば問題になる。
キュステ・カルテルはあくまでヴォルフ・カルテルの傘下というのが、ハインリヒの考えだった。だから、彼らが独立したりすることのないように、経済制裁を課してきたのだ。アロイスの接触はその経済制裁に対して間違ったイメージを与える恐れがある。
間違ったイメージとはヴォルフ・カルテルがキュステ・カルテルを対等の立場として扱うこと。そして、経済制裁を解除するということだ。
『ボスが会う。場所はこちらで指定する。後日連絡する』
「連絡を待っている。間違わないで欲しいが俺は個人的に連絡しているのであって、ネテスハイム家の屋敷からかけてるわけじゃない。これは親父も知らない連絡だ。連絡先は次のようになる。────以上だ。メモしたな」
『メモした。間違わずに連絡しよう』
「それでは」
アロイスはそう言って電話を切った。
「親父殿はお怒りになるんじゃないのか? 勝手に子分と取引したら」
「構いやしないさ。どの道、キュステ・カルテルは不発弾だ。安全に処理するには住民を退避させて、爆破処理するしかない。いずれにせよ、ドカンだ。問題は誰がそれに巻き込まれて、俺たちはどうすればそれに巻き込まれずに済むかだ」
マーヴェリックが笑いながら言うのに、アロイスは肩をすくめた。
「いいね。破滅の臭いがする。どうなると思う?」
「これから情勢は一気に動く。キュステ・カルテルは独立するし、シュヴァルツ・カルテルはより盤石になり、かつ汚職警官による取り締まりを避けられる」
「そして、親父さんはそれを望んでない」
「そう、望んでない」
ハインリヒはキュステ・カルテルを未来永劫下っ端にしておくつもりだったし、シュヴァルツ・カルテルを生贄の羊にするつもりだ。全ては自分の安寧のために。ヴォルフ・カルテルのためではなく、アロイスのためではなく、自分のために。
アロイスはそんなことを認めるつもりはない。
確かにキュステ・カルテルにも、シュヴァルツ・カルテルにも、生贄の羊になってもらう。だが、それはハインリヒのためでも、ヴォルフ・カルテルのためでもなく、アロイスのために。
「だが、俺は望んでいる。それで十分だ。親父がどういうつもりなのかは分かっている。キュステ・カルテルをずっと3人目の情婦のように扱い続け、シュヴァルツ・カルテルを生贄の羊にする。既に親父の行動は始まっている」
キュステ・カルテルは経済制裁を受け、シュヴァルツ・カルテルは売人を次々に逮捕されている。シュヴァルツ・カルテルにはいずれ“連邦”の捜査機関が乗り込むだろう。その前にシュヴァルツ・カルテルに警報を発して阻止する。
そのための準備は進んでいる。
「まずはキュステ・カルテルとの交渉を進める。キュステ・カルテルを破滅から救い、こちら側に繋ぎとめておく」
「でも、親父さんもある程度理由があってキュステ・カルテルを下っ端にしてるんだろう? 何か問題が起きるんじゃないか? あたしが燃え上がって、脳みそが焼け付きそうなほどの問題と破滅が」
「ある。キュステ・カルテルはこれまでも、これからもヴォルフ・カルテルの傘下になくちゃならない。何故ならば、下っ端が一度上役から独立することに成功すれば、次は自分もという連中が出てくるはずだ」
そう。ドミノ理論だ。クソッタレなドミノ理論。“国民連合”が泥沼の共産主義との戦いに突入したシンクタンクの理屈。ひとつ倒れれば、次々に倒れる。そして、瞬く間に帝国は崩壊するというわけである。
キュステ・カルテルの独立はその最初のドミノになる。崩壊が始まり、それを止めるにはどこかでドミノを押さえなければならない。
アロイスはそれが抗争の原因になることを知っている。
キュステ・カルテルの独立騒ぎはヴォルフ・カルテルに混乱を呼び込んだ。抗争が起きて、流血が続き、ヴォルフ・カルテルは弱体化した。そこから回復させるのに、アロイスは酷く苦労した。
もっとも1度目の人生では、だが。
今回は2度目だ。いろいろと前もっての知識がある。
最低限の流血で抗争を終わらせる。
「破滅と破壊と殺戮の予感がするね。好きな臭いだ。人の焼ける臭いが今からぷんぷんと漂ってくる」
「君の望むような展開になるよ、マーヴェリック」
アロイスは覚悟していた。血は流れる。肉は焼ける。女子供は死ぬと。
電話が鳴ったのはそのときだった。
「アロイスだ」
『よう、若旦那。わざわざ俺に話がしたいって? お前の親父さんはこのことを知らないんだろう?』
「やあ、ヴェルナー。そうだ。話がしたい。というよりも、あんたには俺と話す義務がある。俺の密売ネットワークを利用したんだからな」
『お前の密売ネットワーク?』
「そうだ。チェーリオ・カルタビアーノから話は聞いている。ホワイトフレークの取引をしただろう。知ってるぞ。せめて、俺に許可を取ってほしかったな」
『畜生。あのマフィア野郎。そんなことは一言も言わなかったぞ』
「だろうね。儲かっただろうから」
ヴェルナーには貸しひとつ。そして、アロイスがチェーリオに警告したら、もうヴェルナーは“国民連合”の東海岸で商売できない。東海岸の主要な市場はチェーリオが牛耳っているからだ。つまりは、キュステ・カルテルは儲けの大半を失うことになる。
「だけど、俺はそんなに気にしてないんだよ、ヴェルナー。むしろ、ともに働ければと思っている。俺は親父とは違うんだ」
『俺たちを助けると?』
「あんたを助けるわけじゃない。ともに稼ぎたいんだ。儲けの3割は手数料としていただく。その代わり、あんたは自由に東海岸で取引できる。スノーパールでも、ホワイトフレークでも自由だ。俺はこのことを親父に喋ったりしない」
『……本当か?』
「本当だ」
しばらくの沈黙が流れる。
『乗った。しかし、条件はそれだけなのか?』
「俺個人との友好を保ってもらいたい。俺が王座に就いたときには、ヴォルフ・カルテルとも友好を。それだけが条件だ」
『友好? そんなもので?』
「友情は大切だよ。友情というより信頼というべきか。信頼は大切だろう? 商売は信頼第一だぞ。信頼がなければ儲けも繁栄もない」
『分かった、分かった。俺はお前と友達だ。で、どこで取引の話を?』
「指定された場所で。自由に指定してくれ。信じているよ」
アロイスはそう言って、ふたことばかり言葉を交わしてから電話を切った。
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