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独自路線

本日1回目の更新です。

……………………


 ──独自路線



 アロイスは案の定、ハインリヒの屋敷に呼び出された。


「親父さんに情報を売った奴を本当にまだ生かしているのか?」


「仕方がない。コバンザメでも使いようはあるし、下手に幹部を殺して、暴君だとは思われたくはない」


 同行するマーヴェリックが尋ねるとアロイスはそう返す。


「殺すならあたしに頼みな。生きたままミディアムレアに焼き上げやる」


「どちらかと言えば灰にしてほしいね」


 ノルベルトはまだ価値がある。なんだかんだで古参の幹部だ。アロイスがヴォルフ・カルテルという帝国を引き継ぐときに、それをスムーズに行わせてくれるだろうという期待があった。それにむやみやたらに幹部を殺して、暴君だと思われれば、アロイスの戴冠に賛同しない幹部たちも出てくる。


 そうなるのは困る。皇帝不在の帝国は分裂の危機を迎える。


 毒食わば皿まで。ドラッグビジネスに一度足を踏み入れたからには、ヴォルフ・カルテルという帝国を完全に相続し、自分のものとする。そして、その帝国を以てして自分の身を守るのだ。その帝国こそが自分の首を絞めると分かっていても。


「若旦那様。お帰りなさいませ」


「やあ、イーヴォ。体調を崩していたりしないか?」


「私は大丈夫ですが、旦那様が……」


「父さんが? どうした?」


「医者から煙草とアルコールを止めるように言われ、苛立っておられます」


「そうか」


 安心しろよ、親父。あんたは母さんのようにベッドでは死ねない。お空の上で八つ裂きにされるんだ。母さんの死に涙のひとつも流さなかったあんたにはお似合いの死だ。


「では、ご案内いたします」


 だがしかし、父さんの出張にはイーヴォも同行する。そして、イーヴォも死ぬ。


 この善良な男まで殺すのか? 自分のために?


 イーヴォの死を何とかして避けられないかと思ったが、どうしていいのかアロイスには分からなかった、下手にメッセージを送ると、ハインリヒはアロイスが命を狙っているということに気づいてしまう。


 畜生。神なんて本当にいやしない。


「旦那様。若旦那様がお帰りになられました」


「通せ」


 イーヴォが恭しく扉を開くのにアロイスとマーヴェリックが中に入る。


「誰が女を連れてこいと言った」


「彼女は俺の護衛だ」


「実家を訪れるのに護衛がいると」


「信頼し合う家族は子供の電話を盗聴したりしない」


 アロイスは睨むようにしてハインリヒを見た。


 肥満は止まっている。だが、肉が落ちたわけではない。医者から酒と煙草を止めるように言われたそうだが、がんというわけではなさそうだ。がんならもっとガリガリに痩せている。がんは人間の体力を奪うのだ。


 恐らくは心肺能力の低下と脂肪肝を指摘されたのだろう。長生きしたければ健康に過ごしましょうということだ。


 まあ、そうやって長生きしようとしてもどうせくたばるんだがな。


「偉そうに。お前はこのビジネスを始めてから何年目だ? たったの2年だ。大物になったつもりか? 所詮は親の七光りだ。私がいなければ幹部たちをまとめ上げることもできん。少しは親の話を聞け」


「俺は父さんが生み出したスノーホワイト栽培と精製技術には敬意を払う。それが哀れなカールおじさんから分捕ったものだろうとも。だが、その製造されたスノーホワイトを“国民連合”で売り捌いているのは誰だ? 父さんの雇ったギャングにチンピラか? 違うだろう。密売ネットワークを作ったのは俺だ」


 アロイスは強く言い返す。


 何が親の七光りだ。あんたのせいで俺は地獄に落ちるんだぞ。あんたのは呪いだ。親の呪いだ。くたばりやがれ、クソ親父。


「だからと言って“国民連合”政府の人間と話すとはどういうことだ。私たちを売るつもりか? 親を裏切るのか?」


「あれはそう言う取引じゃない。俺は“国民連合”政府に密かに金を渡す。その金で“国民連合”政府は共産主義との戦争を進める。その見返りに俺たちは“国民連合”政府からの庇護を受けるんだ。そういう取引だ」


「信用できるはずがない。おとり捜査ではないとどうして言える?」


 あんたは馬鹿か? と思わず言いそうになってアロイスは口をつぐむ。


「いいか、父さん。西南大陸の情勢を新聞やニュースで見てるだろう? あちこちに共産主義者が入り込んでいる。そいつらは“国民連合”にとってドラッグカルテルより脅威なんだ。それに一度ドラッグマネーを受け取っておきながら、おとり捜査だったなんて言い訳が通用するはずがないだろう?」


「“国民連合”政府は陰謀屋の集まりだ。戦略諜報省のようなならず者を飼っている。我々を罠に嵌めるつもりならば、なんだろうとするだろう」


 ハインリヒはアロイスの前で煙草を取り出して吸い始める。


 明らかにストレスが溜まってきてるなとアロイスは思う。禁煙を勧められても、吸うということはそれだけニコチンの力に頼らなければ、今の状況に勝てないということの現れだ。アロイスは煙草もアルコールもストレスの解消には使わない。


「とにかく、“国民連合”との取引は止めろ。ヴォルフ・カルテルを危機に晒す。アロイス、分かったな?」


 ああ。分かったよ。あんたがどうしようもない馬鹿だってことがな。


「頭に留めておきます」


「いいか。絶対にやめろ。裏切られるのがオチだ」


 ハインリヒが退出の許可を出す前に、アロイスとマーヴェリックは部屋を出た。


「お帰りですか、若旦那様」


「ああ」


「機会がありましたらまたお越しください。私めも若旦那様が成長されて嬉しく思うのです。奥方様が生きていらっしゃったらもっと喜ばれていたでしょう」


「そうか」


 イーヴォはアロイスが赤ん坊だったころからネテスハイム家に仕えている。アロイスの成長もその目で見守ってきた。


 それだけにイーヴォが死ぬ運命にあるというのはアロイスの心を痛ませた。


 だが、イーヴォに飛行機には絶対に乗るなとは言えない。


「親父さんかんかんだったね」


「いつもああだよ。親父はいつまでも俺が子供だと思っている。その癖に責任を押し付けるんだ。ドラッグカルテル幹部の地位だとかね。自分が矛盾した行動をとっているってのが分からないのか」


 マーヴェリックの運転で車が屋敷を出る。


「親父さん、邪魔なら消そうか?」


「いや、いい。そこまでする必要はない」


 そうだよ。どうせ“国民連合”が消してくれるんだ。


 偉大なる“国民連合”を讃えよ。親父は正しい。戦略諜報省はならず者の集まりだ。旅客機を共産主義のテロに見せかけて爆破するぐらいのならず者どもだ。


 自分の敵ははっきりと分かっている辺りは、親父は完全な無能ではないなとアロイスは思う。だが、死を回避するための手段はないだろう。


 今回の件をブラッドフォードに話せば、彼は戦略諜報省に命じて親父を消すために動き始めるだろう。もちろん、『自分たちがあなたの父親を殺すのでご安心ください』とは言いはしないだろう。作戦は秘密裏に進み、ブラッドフォードは何食わぬ顔で『お悔やみを申し上げます』と言うだけだ。


 だが、それで結構。幹部に“国民連合”に頼んで親父を消してもらったなどとは思われたくはない。今回の盗聴器の件もそうだが、どこで誰が話を聞いているのか分からない。取引は慎重に進めるべきだ。


 少なくとも自分が隠居するまでは、とアロイスは思った。


……………………

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