『クラーケン作戦』への最初の貢献
本日2回目の更新です。
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──『クラーケン作戦』への最初の貢献
指定された日時にアロイスは指定された口座に100億ドゥカートの資金を振り込んだ。それから1時間としないうちにブラッドフォードから電話がかかってくる。
『入金を確認した。そちらの誠意を嬉しく思う』
「早速だが、そちらの政治力を行使してもらいたい。フリーダム・シティで“我々”のことを嗅ぎまわっている麻薬取締局の捜査官がいる。奴を黙らせたい。できるか?」
『もちろんだ。手を回そう』
ブラッドフォードはピザの宅配のように軽く請け負った。
アロイスは待つ。チェーリオからの電話を。
電話のベルがなるのにアロイスはすぐに電話を取る。
『チェーリオだ。魔法を使ったな。こちらの人間が4人しょっ引かれて、何か証言したようだが、証人保護も何もなくただ釈放された。すぐに始末する』
「ああ。魔法だ。素敵な奇跡の力」
魔術は魔術師ならば使える。だが、神話に出てくるような魔法は使えない。
アロイスはブラッドフォードに要請し、市警に圧力をかけさせた。圧力は市長から市警本部長に繋がり、フェリクスとトマスに至る。彼らの捜査は妨害を受け、証人になるはずだった男たちは保護もなく、ただ外に追い出された。そして、外はサメの生け簀だ。
ただちに獰猛なサメたちが4人の男たちを八つ裂きにする。
男たちは倉庫まで連れていかれ、まずは両膝を撃ち抜かれ、それから頭を撃ち抜かれる。死体はドラム缶に放り込まれ、苛性ソーダでどろどろの人間のシチューにされる。出来上がった人間のシチューは海に流され証拠は消える。
全て順調だとアロイスは思う。
ブラッドフォードに、“国民連合”政府に協力している限り、法律からは逃れられる。少なくとも“国民連合”の法からは。
だが、アロイスはより以上のものを求めていた。
“連邦”の法からの保護。他のドラッグカルテルの暴力からの保護。そして何より、フェリクス・ファウスト特別捜査官からの保護。
それら全てをブラッドフォードに求めるほどアロイスは馬鹿じゃない。“連邦”の法は政府を買収すればいいし、他のドラッグカルテルの暴力には『ツェット』で対抗する。
ただ、フェリクスから逃れるためには、あらゆる手を尽くさなければならない。
あの男の前では“国民連合”からの庇護も役に立たない。
あの男は手段を選ばない。今回のフリーダム・シティでの行動を見てからもそれが分かる。あの男はアロイスがドラッグカルテルの大物だと知り、そして西部と東部でアロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークという巨大な密売ネットワークを構築していることを知れば間違いなく攻撃してくる。
文字通り、手段を選ばずに。
狂犬は手に負えない。あの男は麻薬取締局から辞職に追い込まれても、捜査を続けるだろうという確信がアロイスにはあった。それによほどのヘマをフェリクスがしでかさないと辞職させる条件が揃わない。条件が揃わずに麻薬取締局に圧力をかけることは『クラーケン作戦』の露見を意味し、ブラッドフォードが乗り気にならない。
忌々しいフェリクス・ファウストめ。狂犬ならば狂犬のように撃ち殺してやりたいところだとアロイスは思う。
だが、麻薬取締局の捜査官を殺せば、フェリクスたちの仲間の報復が始まる。それはどういう結果になるか、将来10年間の記憶があるアロイスにも分からなかった。そうであるが故に迂闊にフェリクスに手は出せなかった。
放置しても危険。殺しても危険。対策を講じても安心できない。
嫌な男だとアロイスは思う。
ドラッグビジネスに足を踏み入れた時点で、将来10年間の出来事はほぼ決まった。決まってしまっている。何が起きて、何が起きないかを予想できる。そのためある程度の対策は取れるが、フェリクスだけは例外だ。
どうすればいい? アロイスは己に問う。
脅迫? 調査によればフェリクスには妻子がいるそうだ。それを利用して脅迫するのはどうだろうかとアロイスは考える。
だが、それが火に油を注ぐような行為になることもまた否定できない。
畜生。もはや盤石な金と暴力、そしてそこから導き出される権力を手に入れたはずなのに、ひとりの男に怯え続ける羽目になるだなんて。
屋敷における自分の書斎──アロイスもついに自分の書斎を手に入れたのだ──の扉がノックされるのにアロイスは意識をそちらに向ける。
「何だ?」
「ノルベルトが来てます。通しますか?」
「ああ。通してくれ」
屋敷には料理人と使用人の他に『ツェット』の1個小隊が駐留していた。『ツェット』は高い給料をもらっているので使用人の真似事もする。特に来客者がドラッグカルテルの関係者だった場合などは。
「いったいどういうことなんですか、若旦那様」
「どういうことというのは、どういうことなんだ?」
「“国民連合”の政府の人間と話されたでしょう?」
「どうしてそれを知ってる?」
「ボスが若旦那様の電話を盗聴しろと……」
「すぐに止めさせろ! まさか“連邦”の捜査機関を動かしていないだろうな?」
「いいえ。簡単な盗聴器です。すぐに撤去しますので」
「いや。『ツェット』の技術者にやらせる。お前は引っ込んでいろ」
アロイスはすぐに『ツェット』の電子機器に詳しい技術将校を呼び、電話に仕掛けられていた盗聴器を除去させた。それから部屋の中をくまなく調べさせ、他に盗聴器がないか確認した。盗聴器は屋敷の中を全て探しても、電話に仕掛けられたひとつだけだった。
「ノルベルト。お前がこんな馬鹿な人間だっとはな。お前はどちらに忠誠を誓うべきか分かっている男だと思っていた。俺の考え違いだったようだな」
「若旦那様を裏切るつもりはなかったんです。ただ、若旦那様はまだドラッグビジネスに手を出されてから2年程度です。もしかすると、交渉で問題を起こされるかもしれないとボスは心配されていて……」
「ノルベルト、ノルベルト。それは苦しい言い訳だぞ」
アロイスは動物園の檻に閉じ込められた熊のように部屋の中をぐるぐると歩く。
「お前はふたつの獲物を追っている。だが、そういう人間はひとつの獲物も得られない。人間、強欲だと逆に損をするものだ。お前は俺か、親父かのどちらかに忠誠を誓わなければならない。どっちが将来有望だ?」
「……若旦那様です」
「ならば、それに相応しい行動を取れ。このことを親父は?」
「ご存じです。その、報告いたしましたので……」
アロイスはただため息をついた。
このコバンザメは俺と親父の両方に忠誠を示して、両方から美味しい汁を吸おうとして間抜けたことをしている。こいつがやったのは俺と親父をより分断し、こいつの両方のボートに乗せた足が引き裂かれんばかりに引っ張られるという状況を招いただけだ。
「ここで決めろ。親父か、俺かだ。どっちもはない。お前のせいでそれはなくなった。どうする? どっちに忠誠を誓う? 次に盗聴器を仕掛けるとしたらどっちだ?」
「若旦那様に絶対の忠誠を誓います」
ノルベルトは深々と頭を下げた。
「親父と話し合わないとな」
アロイスはただそう呟いた。
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