そして、その背後では
本日1回目の更新です。
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──そして、その背後では
チェーリオの飼っている警官から麻薬取締局から派遣されてきたのはフェリクス・ファウスト特別捜査官だと判明し、それがアロイスに伝えられたのはフェリクスがトマスとあった直後というとても早い段階だった。
『どう始末すればいい?』
「俺としてはフェリクスには死んでもらいたい。だが、君たちの事情を鑑みるに、それが難しいことだというのは分かっている。やってもらいたいのは時間稼ぎだ。3日間、時間を稼いでくれ。その間にどうにかする」
チェーリオからかかってきた電話にアロイスはそう答える。
『3日で何ができる?』
「ブラッドフォードに正式に資金援助を行う。それから“国民連合”政府による保護が始まる。“国民連合”政府の最高レベルの権力が動くんだ。市警に圧力ぐらいは簡単にかけられる。だが、それまでにヘマをしたら、それで終わりだ」
ブラッドフォードとの取引は3日後。
ブラッドフォードが指定した租税回避地の銀行の口座にアロイスが100億ドゥカートを振り込む。それからはブラッドフォードたちがそれを防衛機密費などとして利用し、西南大陸の反共主義者に対する軍事支援に変える。
それからの取引はブラッドフォードを介して、アロイスが兵器ブローカーと交渉し、兵器を購入してメーリア防衛軍などの反共組織に提供することになる。もちろん、アロイスが直接出向くのが難しいところは引き続きブラッドフォードたちが支援を行う。
いずれにせよ3日。
3日でアロイスは“国民連合”政府の保護が受けられる。
フェリクスを止めるには3日。たった3日でいい。チェーリオたちが捜査妨害を行い、フェリクスたちがアロイス=チェーリオ・ネットワークに手を出すことのないようにしてくれさえすればいいのだ。
『本当に3日だな?』
「ああ。だから、殺しはなし。警官や麻薬取締局の捜査官に死人が出たら、“国民連合”政府もどこまで庇ってくれるか分からない。俺個人としてはフェリクス・ファウスト特別捜査官にはあの世への片道切符を贈呈したいところだけどね」
フェリクスは“国民連合”の庇護を受けていたはずのアロイスを射殺した。“国民連合”の庇護もどこまで通用するか分からない。
『分かった。3日間、捜査を妨害し続ける。まあ、どうせ3日程度で俺に辿り着けるような作りにはなっていないが。こちらも用心してネットワークを構築したつもりだ。カルタビアーノ・ファミリーに辿り着くのは相当難しいはず』
「君は聡明だ、チェーリオ。君のような人間をビジネスパートナーに迎えられて嬉しい。それではこちらの準備が完了したら連絡する。それまでは時間稼ぎを」
『了解』
アロイスは思う。
チェーリオは確かに賢い男だ。だが、野心がある。野心のない人間は成長しないが、野心を持ちすぎている人間はそうであるが故に破滅する。アロイスにとって気がかりなのはその点だった。
欲をかきすぎれば破滅するのはどんなおとぎ話にもことわざにもあるものだ。人間は無欲ではいられないが、欲深すぎるのは破滅へのチケットを手にしているようなものだ。
アロイスの欲望と言えば平穏な生活だ。
ドラッグビジネスから今さら手は引けない。もうアロイスはドラッグビジネス界の幹部だ。ここまで来て、逃げられるなどとは思っていない。
だが、29歳で死ぬのはごめんだ。
緩やかに年を取り、ドラッグビジネスで築いた帝国を徐々に他の人間に分け与えながら、権力だけは保持しておく。そして、そのまま“連邦”の暖かな気候の西海岸に別荘を買い、そこでゆっくりと老後を過ごす。
アロイスは皇帝になる運命を背負わされた。だが、皇帝だって死ぬまで絶対君主的な皇帝である必要はないのだ。息子に譲位したり、緩やかな立憲君主制に移行することだってある。アロイスの望みはそれだった。
ただ、それだけを望んでいる。
たとえ、両手が血に塗れようと、この地獄から逃げ出すことを望んでいる。
それがどれだけ自分勝手なことなのかはアロイス自身が分かっている。大勢を殺しておいて、自分は平穏な生活を? 刑務所に入って罪を償うこともせず、のどかな隠居を楽しもうって言うのか?
だから、ある意味ではアロイスは酷く冒涜的で、酷く強欲だ。
アロイスが“連邦”にある自分の屋敷──ハインリヒとは別居してる──でそう思っていたとき、既にチェーリオたちは動いていた。
『売人がチクりました』
「分かった。処理する」
チェーリオは指示を出す。
ブルーボーイという売人がチェーリオの売人を売った。ブルーボーイを始末すると同時に、売人のスノーパールに関する証拠を隠滅しろと。
部下たちが動く。汚職警官や5大ファミリーの残骸がフリーダム・シティを走り回る。チェーリオの仕事をこなせたら特別ボーナスがある。500万ドゥカート。暫くは遊んで過ごせる額の金だ。
汚職警官のひとりとマフィアのひとりがフェリクスとトマスの姿を見つける。スキンヘッドの売人は取り押さえられていた。
「お前が撃て。当たったとしたら、犯人を取り押さえる際の流れ弾だと証言してやる」
「分かった」
汚職警官は魔導式拳銃をマフィアの男に渡す。
そして、銃撃。
フェリクスは素早く飛びのき、取り押さえられていたスキンヘッドの売人が逃げる。
「よう、兄弟。無事か?」
「ああ。ずらからねえと」
「その必要はない」
フェリクスを撃ったマフィアの男から魔導式拳銃を受け取った汚職警官がスキンヘッドの売人を撃つ。胸に2発、額に1発。確実な死をスキンヘッドの売人に与える。
それから汚職警官とマフィアの男は売人のバッグを漁る。
「スノーパールだ。これを持って逃げろ。直に応援が来る」
「ああ」
こうして証拠は消え去った。
フェリクスがやってくるのに汚職警官は自分は味方だという態度で接し、捜査に協力して見せる。だが、フェリクスを撃った男については何も知らない、見ていないを貫き通す。フェリクスがバッグを調べてもスノーパールは一粒も出て来ない。
チェーリオのために仕事をしたこの汚職警官とマフィアの男はチェーリオに認められ、特別ボーナスを受け取る。マフィアの男はそれを持ってほとぼりを冷ますためにレニに休暇に向かい、汚職警官は妻に贈り物をする。
薄汚いドラッグマネーで事件は隠蔽され、警官が撃たれるも、犯人はすぐに射殺されるとのニュースが報道されただけに終わった。
フェリクスたちの初日の捜査は空振りに終わり、チェーリオは初動を潰した。
もちろん、チェーリオは自分の売人を売った野良の売人を許すつもりはなかった。
ブルーボーイは6時間かけて生きて、意識があるままに体をバラバラにされた。
死体は見せしめのようにゴミ捨て箱に捨てられ、市の清掃業者が発見する。
このフリーダム・シティでチェーリオの意向に背いた行動をすればどうなるかということをチェーリオははっきりと示した。
売人たちは沈黙こそ生き延びる術だと思って口を閉ざす。
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