帳消し
本日2回目の更新です。
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──帳消し
4人の男たちは正式な証言を取るために一時的に留置所に入れられた。
これから取り調べが行われ、そこでリカルド・ローザの名前が出る。そうすれば、それは令状を取ってリカルド・ローザに関する全ての施設に踏み込むだけだ。
情報漏洩は既に始まっていると思われた。一刻も早く行動しなければ、リカルド・ローザをとり逃す。それだけは避けたかった。
「では、リカルド・ローザからスノーパールを買ったことを認めるんだな」
「買ったという言い方は正確じゃないと思う。俺たちは任されたんだ。リカルド・ローザからこのスノーパールを売り捌けって。そして、その一部が俺たちの給与になる。完全な出来高制のビジネスなんだよ」
今のところ、全ては上手く進んでいる。
売人の証言は録音され、公式な記録になった。
令状は取れるはずだ。
このままカルタビアーノ・ファミリーを潰し、そしてドラッグビジネスを潰す。ドラッグカルテルは密売ネットワークのひとつを失い、連中は打撃を受ける。
少なくともフェリクスはできることをしている。そう思っていた。
同僚のうち何名かは“連邦”に入り、そこで現地の捜査機関と合同でドラッグカルテルを潰しにかかっている。“国民連合”と“連邦”の両方で打撃を受ければ、ドラッグカルテルのひとつは潰せるかもしれない。
「裁判でもそう証言するな?」
「裁判は無理だ。出席できない。殺される」
「裁判で証言しないなら証人保護はなしだ」
「畜生、分かった。証言する。ただし、警備は大統領並みに固めてくれ」
「ケチな売人が偉そうに」
トマスは口でそう言いながらも売人を最大限に利用している。
どこで取引しているのか。どういう人間がリカルド・ローザの護衛についているか。5大ファミリーにおけるリカルド・ローザの立場はどの程度のものだったのか。そういう情報を吐き出させるだけ吐き出させている。
もちろん、『銃声がしたと通報があった』方式で男たちは立件できない。だが、それよりも性質の悪い連中を逮捕する機会が巡って来た。
西部では失敗した。西部の失敗のせいでフェリクスはギルバートを死なせることになった。今回はそうはならない。決してそうはさせないとフェリクスは決心していた。トマスにも家族がいる。その家族からどうしてトマスが死んだのかと聞かれるのはごめんだ。
「供述書にサインしろ。明日から証人保護を受けられる」
「明日から? 殺されちまう」
「安心しろ。今日はここの留置所だ。護衛もつけてやる」
トマスは取り調べを終えて出てきた。
「やりましたね、トマス」
「ああ。やった。だが、これはほんの始まりだぞ。これから大物を仕留めていく。ひとりずつ、確実に。そうして頂点にいる野郎をムショに叩き込んでやるんだ。俺とあんたなら確実にやれるはずだ」
「ええ。確実に仕留めていきましょう。あなたのような優秀な刑事と組めて、光栄です。自分にとっても大きな経験になりました」
「おいおい。大げさだな。俺みたいにはなるなよ。キャリアを台無しにするぞ」
トマスはそう言って笑った。
「トマス!」
大声でトマスの名が呼ばれたのはそんなときだった。
「これは本部長。どうしました?」
「どうしました、じゃない。お前、『銃声がしたと通報あった』方式を使っただろう。あれは使うなと何度も言ったはずだ」
「実際に通報があったんです、俺個人に」
「馬鹿にしているのか?」
「とんでもない。落ち着いて話しましょう、本部長」
やってきたのはフリーダム・シティ市警本部長のハイエルフの男だった。
「我々は悪党を捕まえた。これはいいことです。それからその悪党の上にいる連中を捕まえなければなりません。カルタビアーノ・ファミリーが今や5大ファミリーをスクラップにして、フリーダム・シティの犯罪を牛耳っているのは本部長もご存じでしょう」
「それぐらいは知ってる。だから、問題なんだ。こういう捜査は手続きを踏んで、慎重に進めなければならない。いいか。相手は金も暴力も権力も持っている。そんな相手を法廷でぶちのめすのにお前のやり方は通用しない。奴らの弁護士は言うだろう。『その情報は本当に信頼できるものなのですか』と。そこで『銃声がしたと通報があった』方式を使っていたことがバレたら、奴は無罪放免だ」
「考え過ぎです、本部長。俺たちが最初に捕まえるのはちゃんと令状を取って、正規の手続きで逮捕する人間です。そいつからじわじわと上に登りつめていく。裁判では問題にならない範囲のことですよ、今回の件は。ケチな売人のことなんて誰も気にはしません」
「それが分からないのが法廷だ。チェーリオ・カルタビアーノが雇う弁護士はあらゆる手段で警察と検察の証言や証拠の信頼性を貶めるだろう。トマス、お前がやり手の刑事であることを知らない人間はここにはいない。だが、弁護士はお前をペテン師同然だという評価を陪審に植え付ける。こんな捜査方法を行っていればそれは容易い」
「しかし……」
「言い訳は聞かない。チェーリオ・カルタビアーノの首を取りたければもっと手続きを踏んだ捜査を行え。ひとつの疵も許されない。私だって、チェーリオ・カルタビアーノがこのフリーダム・シティで好き放題やっているのを黙って見ていたいわけじゃない。仕留めるならば確実な銃とカートリッジで頭をぶち抜くんだ」
本部長はそういうと立ち去っていった。
「畜生。振り出しだ」
「リカルド・ローザは捕まえられます。市警が動かないなら麻薬取締局で」
「聞いただろう。弁護士は警察と検察の証拠と証言を徹底的に貶めてくると。確かにそうだ。弁護士連中はそういうことに長けた人間がやる仕事だ。最初から俺と別行動ならよかったが、俺と一緒に行動しているところをあんたは見られている。そして、弁護士はこういうだろう。『このような法の手続きに背いた捜査を行う人間と行動を共にしていた人間の捜査に信憑性があるとでも?』と」
「クソッタレ」
「ああ。クソッタレだ。リカルド・ローザは捕まえられない。令状を申請してもいいが、リカルド・ローザで捜査は止まる。今の証拠でチェーリオ・カルタビアーノをムショにぶち込むのは不可能だ」
トマスはそう言って胸ポケットから煙草を取り出した。
「畜生。せめて連中の証人保護の確保とリカルド・ローザの逮捕だけはしておかないとな。この街から少しでもドラッグが消えるなら、それはちゃちな勝利でも、勝利は勝利だろう? リカルド・ローザから上に登れないとしても」
「苦しい勝利ですね」
「これほど嬉しくない勝利もない」
フェリクスとトマスはともにため息を吐くとそれぞれの仕事にかかった。
トマスは証人保護申請とリカルド・ローザへの令状申請。
フェリクスは本局への報告。
だが、トマスの方は失敗した。
「証人保護申請も、令状の申請も通らなかった? 冗談でしょう?」
「マジだ。どっちも却下された。それからさらに悪いニュース。リカルド・ローザがこの街から姿を消した。もう奴は捕まえられない」
トマスの顔は苦渋に歪んでいた。
「証人は殺されますよ」
「分かっている。だが、できることはない」
フリーダム・シティ市警本部から釈放された証人4名が行方不明になったとの知らせが入ったのは翌日のことだった。
フェリクスはまたしても戦争に負けた。
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