賭博場にて
本日1回目の更新です。
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──賭博場にて
「フリーダム・シティ市警だ。余計なことはするな。俺たちの引き金は軽いぞ」
武装した男たちが両手を上げ、男女も両手を上げる。
魔導式散弾銃の示威行為は強力だ。今のところ、全員が平伏している。
これが暴力かとフェリクスは実感する。
「そこのお前たち。ポケットの中身を見せろ」
「令状はあるのか?」
「銃声が聞こえたんだ。武器を調べるのに令状はいらない」
「クソッタレ。その手の捜査は立件できないぞ」
「おやおや。法律に詳しいのか? だったら、警官の言うことに耳を貸した方がいいことは分かるだろう」
「畜生」
男たちが文句を言うが、トマスは気にせず男たちのポケットや懐を調べていく。銃口を男たちに向けたまま。いつでもお前たちを撃ち殺せるぞと示したまま男たちを調べる。フェリクスは魔導式散弾銃の銃口を用心深く男たちに向けている。
「おやおや。こいつは意外な代物だ。スノーパールか?」
ビンゴ。お目当てのブツを見つけた。
「さて、これについて言うべきことは?」
「立件はできない」
「どうだろうな。検察官の気分次第だ」
トマスは取引をしている。はったりとでたらめを混ぜた取引だ。むしろ、はったりとでたらめしかないというべきか。トマスは間違いなく男たちを立件できないし、スノーパールを所持している男は勝利する。
だが、トマスのバッジがはったりとでたらめをそう見せないでいる。
「この男からスノーパールを買った方は? 正直に言わないと、ここで違法賭博をしていたことを告発するぞ。違法賭博はフリーダム・シティでは5年の懲役だ。辛いぞ。ムショでの5年ってのは。あんたらみたいな連中はムショの中のギャングの餌にされる」
いい取引だ。マフィアの男たちは自分たちを立件できないことを知っている。だが、客はそれを知らない。自分たちの身が危ういものだと思っている。無論、トマスは事実のみを語っていない。フリーダム・シティでも初犯ならば懲役5年はない。
だが、刑務所は辛い環境なのは事実だ。刑務所の中はギャングがのさばっているし、環境はホテルのそれではない。リンチ、強姦、殺人。なんでもありだ。
そのことを連想した男女は震えあがり、スノーパールを買った男女が手を上げる。
「これでスノーパールの売買も罪状に追加だな。懲役25年だ。どうする?」
「畜生。何が望みだ?」
「お前らのボスは誰だ?」
男たちは黙り込む。
「言った方がいいぞ。お前たちのボスはお前たちの代わりにムショに入ってくれるわけじゃない。お前たちが25年ムショに入っている間、連中はバカンスだ。それでいいのか? お前たちがボスの名前を言えば、25年の懲役はゼロになる。保証してやる」
「クソッタレ」
「ありがとよ」
男たちはまだ両手を上げているがいつ懐に手を伸ばして魔導式拳銃を抜くのかは分からない。ピリピリとした空気をフェリクスは感じていた。海兵隊時代に何度も味わった感覚だ。銃口と銃口が交錯する感覚。
「言わない。どうせ、お前は立件できない。クソッタレの警官め。はったりもいい加減にしろ。何が銃声がした、だ。その手の手口はもう通用しない」
「じゃあ、令状を取ってこようか? その間、俺の相棒がお前たちを見張ってるぞ?」
トマスの視線がフェリクスの方を向き、フェリクスは頷く。
「……証人保護は得られるのか?」
「お前たちの持ってる情報次第だ。俺たちが望む名前が出てきたら、保護してやる」
男たちは考えてるようであった。
弁護士立ち会いなし。非合法な取り調べだ。俺たちは法律のすれすれを歩いてる。いや、もう境界線の向こう側に踏み込んでいるのかもしれない。これからこの男たちが証言したとして、令状は取れるのか?
フェリクスが疑問に思う中、トマスは平然としている。その自信を見習いたいとフェリクスは心の底からそう思った。
「ボスはリカルド・ローザ。彼からスノーパールを買ってる。俺たちは売り上げの4分3を彼に納める。彼が誰からスノーパールを買っているかは知らない」
「上出来だ。証人保護を受けさせてやる。今すぐがいいか?」
「当然だろう。俺たちの命はもうあんた次第なんだぞ」
「オーケー。分かった。車に乗れよ。証人保護の手続きをしに署まで連れて行ってやる。そこで証人保護を受けて、この街から失せろ。クソッタレの売人どもが」
凄いなとフェリクスは感嘆とする。はったりとでたらめだけで本当に男たちから証言を引き出した。これが公に使える証言になるかは分からないが、証言を得たことは紛れもない事実だ。この証言が使えれば、もっと上の層を捕まえられる。そこから頂点にいる人間まで辿っていける。
「フェリクス。連中を車に押し込め。武装解除してからな」
「了解」
フェリクスは魔導式散弾銃をスリングで肩に下げると、男たちをひとりずつ武装解除していった。魔導式拳銃を次々と没収してはバックの中に放り投げていく。そして、全ての武器を押収すると、フェリクスはトマスに合図した。
「よし。出発だ」
無理やり後部座席に4名の男を詰め込み、自動車はフリーダム・シティの中を走る。迷路のような狭い路地を走り、男たちを署へと連れていく。
「お手柄だな、フェリクス。これで一気に敵の懐に飛び込めるぞ」
「泳がせた方がいいのでは? 名前は分かりました。顔もすぐに分かるでしょう。後は令状を取って電話を盗聴し、暫くの間、誰と接触したかを調べて、もっと上の人間に迫った方がいい。違いますか?」
すぐに獲物に食らいつくのは獣だ。
獣が巣まで戻って、家族と接触したところを纏めて仕留めるのが害獣駆除だ。
「そいつはちと難しい。こいつらを署に連れて行った時点で情報が漏れる。件のリカルド・ローザは警告を受けるだろう。そうすればとんずらされる。奴が逃げる前に捕まえなきゃならん。それか奴が始末される前に、か」
「確かに……」
これまでマフィアは狡猾だった。情報が漏れればすぐに対処する。そして、市警内に情報源を有している。トマスがこの連中を連れて帰った時点で、連中は判断するだろう。情報は漏れた、と。
そうなれば連中のすぐ上にいるリカルド・ローザはさっさとフリーダム・シティから逃げ出してどこかに隠れるか、もっと上の人間に始末される。
「この連中はかつての5大ファミリーの残滓だ。そして、恐らくはリカルド・ローザという男もそうだ。カルタビアーノ・ファミリーは自分たちの直接の配下にある連中は直接的な取引とは遠ざけているだろう。だが、どこかに接点はある。それを追いかけ続けるだけだ。猟犬のように一度食らいついた獲物は逃さない」
これから速度との勝負だ。
リカルド・ローザが情報漏洩に気づいて逃げ出す前に捕まえる。そして、もっと上の人間の情報を吐かせる。そうやって徐々に上に向けて進んでいく。
これで市警が完全に信用できたならば、問題はないのだがとフェリクスは思う。
リカルド・ローザは末端のちょっと上の売人だ。その程度では戦果にならない。中間の売人を捕まえて、中間貯蔵施設を叩き、カルタビアーノ・ファミリーの頂点に至らなければ。すなわち、チェーリオ・カルタビアーノをどうにかしなければならないのだ。
だが、一先ずは自分たちの勝利だとフェリクスは勝利の味を味わった。
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