蜘蛛の糸
本日2回目の更新です。
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──蜘蛛の糸
フェリクスはフリーダム・シティ市警も売人から登っていく方式を取っていることに些か落胆した。西部ではそれで失敗したのだ。
だが、フリーダム・シティ市警は無能ではなかった。
「我々は独自の情報網を持っている」
トマスが言う。
「独自の情報網?」
「ちゃちな犯罪をするギャングやケチな売人のネットワーク。連中をムショに叩き込まない代わりに、こっちの情報提供者にしている。確かに犯罪は全て裁かれるべきだろうが、巨悪を叩くのにちんけで、大した被害もない犯罪を見逃すのは悪いことじゃない」
フェリクスにトマスはそう言って、フリーダム・シティ市警を覆面パトカーで出て、フリーダム・シティの摩天楼の並ぶ都市を潜り抜けていく。
「マフィアの抗争はどの程度の規模だったんですか?」
「酷いものだった。爆発と銃撃戦。現場は戦場のようだったと聞いている。民間人も59名が巻き込まれて死傷した。マフィアは暴力的だと思われてるが、実際はそこまで暴力を誇示することはない。連中はあまり目立って、我々に追われることを恐れているんだ」
マフィアでも警察を恐れる、かとフェリクスは思う。
だが、今回は連中は警察を恐れなかったようだ。現場となった場所を数か所見せてもらったが、本当に戦場のようであった。焼け落ちた壁紙と黒く焦げた床。床に染みた黒い血の跡。そして、無数の弾痕。フェリクスは海兵隊時代のことを思わず思い出してしまった。それほどに現場は悲惨な状況だった。
「ここまでの抗争が起きたのは禁酒法時代以来だ」
トマスはそう言って、犠牲となった民間人のために花束を手向けた。
「カルタビアーノ・ファミリーの詳細は?」
「このファイルに書いてある。今のボスはチェーリオ・カルタビアーノ。18歳でボスの座についた男だ。この男にはカリスマがある。負のカリスマだ。この男についていけば破滅する。地獄への水先案内人だ」
「18歳で? 本当ですか?」
「ああ。18歳の時にこいつの親父がくたばった。通り魔に殺されてな。それで王冠はこの若造の頭に授けられた。思えばこいつが問題を起こすのは時間の問題だったと言える。5大ファミリーのボスたちはチェーリオを軽視していた。若いから、と。それを憎んで報復に訴える可能性は前々からあったんだ」
「そして、ドラッグを巡って争いが起きたとき、この男は勝利した」
「そう、勝利した。驚きだ。こちらの情報筋ではカルタビアーノ・ファミリーは潰されると思われていた。だが、チェーリオは傭兵を雇ったらしい。マフィアの連中とは違う、明らかに軍事訓練を受けた連中が5大ファミリーの幹部を襲撃した」
「傭兵ですか?」
「詳細は不明だ。こちらの情報筋も何も把握していない」
もしかすると、その傭兵というのは“連邦”からドラッグカルテルが送り込んだ連中じゃないのかとフェリクスは思う。連邦は警察も腐敗しているが、軍隊も腐敗してる。腐敗した軍人をドラッグカルテルが雇い、自分たちのビジネスパートナーのために提供した。考えられなくはない。
「それでは我々の情報源に会いに行こう。慎重にな。銃は抜く必要はないだろうが、相手を怯えさせすぎると何をするか分からん」
トマスはそう言って、覆面パトカーはフリーダム・シティの狭い道を潜り抜けるようにして通っていく。そして、壁に落書きの多く、浮浪者の多い地区へとやってきた。
「あの男だ。ホワイトグラスの売人だ。前にしょっぴいて、少しばかり脅してやったらこっちの情報源になることに同意した」
「証人保護は?」
「ケチなドラッグの売人にか? 型どおりにやるのが悪いことだとは言わないが、手間ってものを考えるべきだぞ」
西部ではドラッグの売人が警察の保護を受けられず、惨殺され、それで売人たちは口をつぐむようになったんだよとフェリクスは心の中で悪態をついた。
「よう。ブルーボーイ。調子はどうだ?」
「わ、悪くはないね。うん。けど、トマスさんが来るなんて意外だ。それに知らない人もいる。どういうことだい?」
「この人は俺の友人。俺たちにするように親切にしてやってくれ。フェリクス、こいつはブルーボーイだ。もちろん、本名じゃない」
ブルーボーイは20歳になるかならないかというぐらいのスノーエルフとサウスエルフの混血だった。
「ブルーボーイ。ここ最近、妙な売人が増えたよな? 連中について知っていることはあるか? 何でもいい。教えてくれたら、そのポケットに入っているホワイトグラスのことは見逃してやる。今回で4度目だぞ?」
「あ、ああ。助かってるよ、トマスさん。確かに妙な売人が増えたね。あれは前に5大ファミリーの下で働いていた連中だよ。だけど下っ端も下っ端。ケチな脅迫やみかじめ料の徴収なんてことをしてた連中だ」
「確かか?」
「嘘は言わないよ。調べてみればいい。ミドルタウンのハンバーガー屋の駐車場にいる売人。身長180センチ程度。スキンヘッドで、肩にナイフの入れ墨をしているスノーエルフとハイエルフの混血。前に脅迫であんたたちがしょっぴいている。今はスノーパールを売っている」
「そうか。助かった。また何かあったら教えてくれ」
「また見逃してくれたらね」
ブルーボーイはそう言ってトマスに手を振った。
「5大ファミリーは完全にカルタビアーノ・ファミリーの傘下に入ったらしいな。5大ファミリーの時代は終わり。これからはカルタビアーノ・ファミリーの一強時代か」
「抗争で徹底的に相手を潰したと考えるべきだろうか?」
「だろうな。カルタビアーノ・ファミリーはここ最近落ち目だったのにここにきてキングになった。ドラッグって奴は本当に面倒な代物だ」
トマスは少し疲れたようにそう言った。
「問題はカルタビアーノ・ファミリーよりもカルタビアーノ・ファミリーと取引しているドラッグカルテルです。連中が金と暴力を与えた。金と暴力は権力を生む。カルタビアーノ・ファミリーは確かな権力を手にした」
「だな。となると、市警の中にもカルタビアーノ・ファミリーについた連中がいるだろう。残念だが、汚職警官って奴はゴキブリみたいに湧いてくる。なるべく捜査はふたりで行おう。成果がどうのとは言わない。新聞の一面を飾るためにこの悪事を見逃すわけにはいかないからな」
「そういってもらえて助かります」
市警にも話の分かる人間はいるのだなとフェリクスは安堵した。
「これから蜘蛛の糸を辿っていて、毒蜘蛛を見つける。売人が元5大ファミリーの構成員だったとしたら、どこかでカルタビアーノ・ファミリーとの接点があるはずだ。それさえ掴めば、令状が取れ、連中の拠点に乗り込める」
令状がなければ話にならないとトマスが愚痴る。
「まずはスキンヘッドの男からですね」
「ああ。まずはそいつだ。そいつをしっかりと締めあげてやる。職質と荷物検査でスノーパールが出てくるはずだ。後は売買目的だとして25年ムショにぶち込まれるのか、それとも上の人間をゲロって司法取引するかだ」
トマスは覆面パトカーを走らせて、ミドルタウンの目的地に向かう。
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本日の更新はこれで終了です。
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