ドラッグの進化
本日2回目の更新です。
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──ドラッグの進化
フェリクス・ファウスト特別捜査官は東部にやってきた。
西部を逃げ出したりしたわけではない。行き詰まったのだ。
唯一の協力者であったギルバートが殺されてから、フェリクスはレニ都市警察へのコネも州警察のデータベースへのアクセス権も失った。
売人殺しから上を洗うという件は頓挫している。あの銃乱射事件が起きてから、売人たちも、民衆すらも口が堅くなった。下手をすれば、自分たちまでも銃撃に巻き込まれると思った人々は何も語らなくなった。
そもそも売人殺しの件は州警察の管轄だ。麻薬取締局がいつまでも食らい付いていられるものではなかった。フェリクスは捜査から締め出され、情報を得ることもなく、無駄な時間だけがすぎていった。
麻薬取締局局長スコット・サンダーソンから『無駄な仕事を引き上げて、本局に戻ってこい』と命令されるまで、そう時間はかからなかった。
「フェリクス。東部も酷いことになり始めた」
スコットはフェリクスを自分のオフィスに呼び、そう言った。
「どういうことです?」
「スノーパールだ。スノーパールが大量に東部に出回っている。手口は不明だ。だが、オーバードーズで死んだ人間が山ほど出ている。これは大事件だぞ。西部に続いて、東部もだ。一体全体何が起きているのか調べてほしい」
フェリクスは西部で捜査に当たっていたため、全体ミーティングには参加できなかった。だが、麻薬取締局の全体ミーティングではこの問題が話し合われていた。東部におけるドラッグクライシス。
西部の汚染が収まらないうちに東部でまでドラッグの汚染が始まった。
「ドラッグの供給源は同一だと思いますか?」
「分からない。ただ、ブランド品と呼ばれるスノーパールが出回っている。西部と同じだ。ブランド品、ブランド品、ブランド品! 俺は女房が倹約家でね。ブランド品なんかには手も出さない。だが、どうしようもない連中がいる。ドラッグのブランド品に手を出すような連中だ」
「この手の手段を使うのは大抵ひとつのカルテルです。西部と東部を荒らしているのは売人こそ異なれど、供給源は同一のカルテルのはずです」
「言い切るな。確信があると?」
「あります。まずスノーパールの歴史を思い出しましょう」
フェリクスが語る。
「最初にドラッグ市場にスノーパールが現れたのは1968年代。最初のころのスノーパールは純度もでたらめで、“バレットパール”と言われていました。銃弾のように当たるか、当たらないかが分からないドラッグという意味です。そのときのドラッグカルテルはまともな精製施設を持っていなかったものと思われています」
バレットパール。マスケットの弾丸のように狙いがでたらめで、当たればオーバードーズで死に、当たらなければハイになれない。そんな品質の悪いドラッグだった。
「だが、次第にカルテル側もドラッグの精製技術を上げていった。スノーパールがバレットパールではなく、スノーパールと呼ばれるようになったのは1972年代からです。それでもドラッグの精製技術は高くなかった。麻薬取締局以前の連邦捜査局の調査では、スノーパールはドラッグカルテルがつけた名称と違って、2月の溶けかけた泥交じりの雪という程度でした。すなわち、40%から50%の精製度」
「それは私も知っている。私も以前は連邦捜査局にいて、そこでドラッグに関わる事件を調査していた。そのころはスノーパールのオーバードーズなどジョークの類だった」
「だが、状況は大きく変わった」
フェリクスがスコットに述べる。
「スノーパールの精製技術は大きく進歩した。今では70%から75%が平均。オーバードーズを引き起こすには十二分の純度です。そして、そのブランド品というのは?」
「純度90%。今までのスノーパールに慣れていた人間がいつもの感覚でやれば、オーバードーズは確実だ。ブランド品は普通人間に幸福感を与えるものだが、スノーパールのブランド品は死を与える」
「酷い話です」
ドラッグカルテルは毒薬を高値で売っている。
いや、廉価版の毒薬もある。ドラッグ。ドラッグ。ドラッグ。ホワイトグラスも、スノーパールも、ホワイトフレークも全て毒薬だ。
オーバードーズによる速やかな殺処分される野良犬のような死か、緩やかに破綻していく打ち捨てられた野良犬のような死か。
「西部も東部も汚染されて行っている。ブランド品とやらで、汚染は確実なものになりつつある。それから悪いニュースだ。事件の中心地はフリーダム・シティ。フリーダム・シティ市警は麻薬取締局への捜査協力を渋っている」
「我々はまたしても嫌われ者ですか?」
「中央の捜査機関とはそういうものだ。市警は押収したドラッグと一緒に報道陣に写真を取られるのがお望みなのさ。それを麻薬取締局に横取りされるのが気に入らないんだ。だが、交渉によっては市警と取引はできるはずだ。もっとも、君のキャリアには繋がらない仕事になるだろうが」
「構いません。俺の願いはドラッグカルテルを潰すことです」
「分かった。では、フリーダム・シティ市警麻薬取締課と協力してことに当たれ、連中のプライドを傷つけるな。お嬢様を取り扱うように丁重に扱って差し上げろ。君はこの件で麻薬取締局には評価されるだろうが、世間的に評価されるのは市警だ。連中にメディア映えする写真を撮らせてやれ」
「了解」
スコットの言わんとすることは理解できていた。
市警も州警察も、縄張りを荒らす中央の捜査機関にはうんざりする。捜査協力の拒否や嫌がらせは日常茶飯事。自分たちがメディア映えするドラッグの押収写真を撮らせたがる。くだらないプライドのせいでどれだけの犯罪が見過ごされてきたか。
ドラッグカルテルもそのプライドには敬意を払っている。連中はわざと売人を時折逮捕させて、写真を撮らせてやるのだ。民衆にドラッグは取り締まられており、わざわざ大事にする必要はないと思わせるために。
ドラッグカルテルは国境を越えて、“国民連合”の犯罪組織と取引するというのに、それを取り締まる側は街を跨いだだけで、州を跨いだだけで、途端に機能不全に陥るのだから、勝負になるはずもない。
もっと捜査機関同士が協力しなければならないというのに!
フェリクスはそう思いながらも、どうすれば捜査がスムーズに進むかを考える。
市警だって純度90%のスノーパールなど流通させられては困るどころの騒ぎではないはずだ。街はヤク中の死体で溢れかえることになる。それに裕福なハイエルフの家庭にまで汚染が進めば、市長から圧力がかけられる。
麻薬取締局にあって市警にはないもの。それは高感度の検査機器とデータベース。西部の州警察と東部の市警が協力しなくとも間に麻薬取締局が入れば、ドラッグ事件を引き起こしている連中について分かることがあるはずだ。
ドラッグカルテルは一度俺を殺そうとした、とフェリクスは思う。
だが、俺の息の根を止められなかったことを心底後悔させてやろう。フェリクスはそう誓い、飛行機で麻薬取締局本局が設置されている首都エリーヒルからフリーダム・シティへと飛んだのであった。
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