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同じ罪を背負ったもの

本日1回目の更新です。

……………………


 ──同じ罪を背負ったもの



 ブラッドフォードとの一度目の会合は資金を受け渡す銀行を指定することで終わった。その後のことはまた別の人間が来て説明するそうだ。


 ブラッドフォードとは長い付き合いになるだろう。彼らの計画した『クラーケン作戦』は西南大陸から共産主義勢力が一掃されるまで続くのだから。


 西南大陸は今はカオスだ。


 共産主義ゲリラが反共主義寄りだと思った農村を襲って農家を殺す。それに対して反共主義勢力は共産主義寄りだと思った農村を襲って農家を殺す。


 クーデターは日常茶飯事。武力で政権を奪い取る共産主義者がいれば、選挙で選ばれて政権の座に就いた共産主義者もいる。どちらも反共主義ゲリラの攻撃と国軍のクーデターを受けて、政権は風前の灯火か、とっくになくなった。


 共産主義者は馬鹿だ。だが、反共主義者が賢いわけでもない。


 どっちも救いようのない馬鹿で、どっちも武器と権力を望んでいる。


 “国民連合”の支援を受ければ反共主義者が勢いを得て、共産主義は根絶されるか?


 そんなことはない。共産主義とがんは似ている。一部を切除しても他の場所に転移する。患者を切り刻み続けるか、抗がん剤というなの武力行使を行って民間人もろとも始末するしかない。それでも共産主義は完全に消え去ることはない。


「申し出、受けるのか?」


 チェーリオがアロイスに彼のオフィスで尋ねる。


「申し出は受ける。ただ、そうすることで親父の死は確定する」


「何故?」


「親父が取引に応じそうにないからだ」


 ハインリヒは余計なリスクを抱えてまで“国民連合”政府と取引しないだろう。彼は検事総長という立場にあり、“国民連合”の庇護を必要としていないのだ。


「俺が取引に前向きになればなるほど、親父の死は確定していく。俺は間接的に親父を殺すことになる。それがどうにも困るのだ」


 今は意見が一致しないが血を分けた肉親だ。身を案じたりはする。


「前に話したかもしれないが、俺の親父は通り魔に殺された」


「ああ。知っている」


「だが、それは正しくない。正確には俺が殺した」


 チェーリオの告白にアロイスはただ無表情にそれを受け止めた。


「邪魔だったのか?」


「ああ。邪魔だった。親父がカルタビアーノ・ファミリーのボスである限り、カルタビアーノ・ファミリーに未来はなかった。よく言えば昔気質、悪いくいえば頭の固い年寄り。ドラッグビジネスにも反対していた。反対の急先鋒だった」


「それで、殺した」


「そう、殺した。通り魔の仕業に見せかけて。このことを知っているのは俺だけだ。それから今ではお前もか」


 チェーリオはそう言って、アロイスの顔を見る。


「本当にお前は何事にも動じないな」


「そう見えてるだけだ。内心では口封じに殺されるんじゃないかってビビりまくってる。今のカルタビアーノ・ファミリーのボスの秘密を知ったんだからな」


「安心しろよ、兄弟。俺はお前の共犯だ」


 そうとも。アロイスが哀れな5大ファミリーの幹部の家族と幹部自身の頭に鉛玉を叩き込むところを、チェーリオは見ているのだ。


 お互いの秘密を知った関係だ。


「お前も血が繋がっているからとか、これまでの思い出があるからと言って、親殺しを戸惑うな。利益になるなら親ですら殺せ。この世界は厳しい。家族の繋がりは枷でしかない。この業界は家族の繋がりなんて馬鹿げたものでは動かない。無慈悲にして、冷徹な、残酷な機械だ。弱った人間は容赦なく潰されて、ミンチにされる。俺たちが5大ファミリーの幹部どもを人間のシチューにしたように」


「人間のシチューにはされたくないな」


 そうだとも。家族は枷だ。ドラッグビジネスにおいてもマフィアのファミリービジネスにおいても。家族は弱点になるだけで利益を生み出さない。


 ドラッグビジネスにどっぷり浸かっているような狂った連中が考えるか? 『あいつの親父さんと息子は仲がいいから見逃してやろう』などと。逆だ。『あいつの親父と息子は仲がいい。ならば利用してやろう。どっちか拉致って、死体をバラバラにして送りつけてやろうぜ』と思うのがドラッグビジネスに関わる人間の考えることだ。


 冷酷無慈悲な世界。神はおらず、天国は閉店。地獄だけが賑わっている。


 アロイスは父親であるハインリヒを生かしておこうとした。それが利益になると思ったからだ。いざ、“国民連合”の捜査機関に追及を受けたときに、生贄の羊にできると考えていたからだ。あのクソッタレなフェリクス・ファウストが撃ち殺すのが自分ではなく、ハインリヒにするためだった。


 だが、ハインリヒなしで、より確実に自分が助かるとしたら?


 ハインリヒを生かしておく価値はなくなる。


 アロイスは子供のころ、父が好きだった。厳格な父で、中央に単身赴任していることが多かったが、屋敷に帰ってくるときは必ずお土産を買ってきてくれた。自動車のプラモデルや戦車のプラモデル。アロイスはそれに色を塗って、組み立てて、楽しく過ごしたことを覚えている。父の顔を見れば、その楽しかった思い出が思い返せると思った。


 だが、あのプラモデルを買った金もドラッグマネーだったのだ。父は、ハインリヒは子供である自分を騙し続けた。自分の組み立てた玩具の軍隊が、血に塗れたドラッグマネーでできているとは思わせなかった。そして、アロイスをドラッグビジネスに引きずり込んだ。最低の父親だとアロイスは思う。


 親子の情など既にない。アロイスにドラッグビジネスのことを打ち明けてから、そんなものはなくなった。アロイスの夢を踏みにじり、唾を吐きかけ、打ち砕いたのだ。アロイスはただ人々の命を助けるための薬を作り、そして会社を引退したら、故郷のノイエ・ネテスハイム村で小さな薬局を開くことだけが夢だったのに。


 そんな些細な夢だったのに。アロイスが望んだことはそれだけだったのに。アロイスは富も権力も最初は望んでいなかった。ただ、自分の夢を叶え、平穏に暮らしたかっただけなのだ。チェーリオのような野心も抱いていなかったのだ。


 だが、もうアロイスの両手は血で真っ赤だ。無実の市民の血で、正義を求めた刑事の血で、犯罪者たちの血で、真っ赤に染まっている。


 金も暴力も必要になった。そんなものは欲しくなかったのに、今ではそれを手に入れるためにはどんなことだろうとしている。アロイスはクズだ。自分でそう思う。自分はクズだ。人間のクズだ。どうしようもなく救いようがないクズだ。


 ドラッグビジネスに関わる人間はクズだ。全員がクズだ。地獄に落ちてしまえばいい。全員揃って地獄に落ちろ。ドミニクも、ヴェルナーも、カールも、ヴィクトルも、チェーリオも全員地獄に落ちろ。ハインリヒ、あんたも地獄に落ちろとアロイスは思う。


「俺は恐らく君と同じ罪を犯すだろう。もう親父は必要ないんだ」


「そうだな。肉親であろうとも切り捨てなければいけないときはある。辛い決断になるが、仕方がないんだ」


 俺は辛くないよ、チェーリオ。


 親父を殺すのは俺の言葉で、実際に手を下すのは俺じゃないんだ。


 それにもう俺は親父のことを憎いとすら思っているのだから。


……………………

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