『クラーケン作戦』
本日2回目の更新です。
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──『クラーケン作戦』
「話は分かりました。“国民連合”としての立場も。しかし、そのことで我々に何のメリットが? あなた方がドラッグを買ってくれるとでも?」
「我々は政府の最高レベルの立場にある。大統領もこの作戦に前向きだ。つまりは、だ。君たちは“国民連合”からの庇護を受けられることになる。“国民連合”の薬物に関わる法律を犯していたとしても」
これだ。これを待っていた。
アロイスは1度目もこの作戦に関わったことがある。
アロイスのドラッグマネーで反共主義の民兵集団や反共軍事政権を支援し、その見返りに“国民連合”からの庇護を得る。
“国民連合”政府の最高レベル──つまり、今の反共主義的保守政権を治める大統領すらもアロイスの味方になるということだ。
この庇護さえあれば、麻薬取締局にすら圧力がかけられる。
そう、1度目の人生では思っていた。
だが、フェリクスが暴走したのか、“国民連合”政府が心変わりしたのか、フェリクスは“国民連合”の庇護を踏み倒し、アロイスを射殺したのだ。
今回はそういうことが起きないようにしておきたい。
つまりはブラッドフォードの言う反共軍事支援のための作戦に全面的に協力し、“国民連合”政府の完全な庇護を受けるということ。フェリクスでも踏み倒せないような高くて、頑丈な壁を“国民連合”政府に準備してもらうために、アロイスは従順な飼い犬を演じる。『さあ、フリスビーを取ってきたよ。おやつをちょうだい』ってことだ。
「魅力的な提案だと思います。我々としても共産主義が蔓延するのは好ましくないと思っている。連中は農夫をテロリストに変え、秩序を乱す。共産主義者などこの世からいなくなってしまった方がいいでしょうね」
アロイスは共産主義者でも反共主義者でもない。日和見主義者だ。
マーヴェリックの方は興味深そうにブラッドフォードとアロイスの会話を聞いていた。反共主義を公言して憚らない彼女にとってはこの作戦は望ましいものだろう。
「我々としては全面的に協力したい。まずそちらの最初の提案を聞いても?」
「“連邦”にメーリア防衛軍という反共民兵組織が生まれた。それを支援してもらいたい。我々に資金を提供してくれれば、武器は準備する。教官役の元特殊作戦部隊員もこちらで準備する。君たちは資金を提供し、メーリア防衛軍に武器を渡してくれればいい」
「あくまで我々が軍事支援を行っていると」
「下手に作戦が露見した場合、その方が都合がいい。君たちは反共主義の同胞と見做され、我々は議会に承認されていない作戦を行っていないことになる」
作戦がバレてもブラッドフォードたちは保身ができるということだ。
アロイスについては庇護を失うだろう。
「では、まず100億ドゥカート支援しましょう。まずはメーリア防衛軍にそれだけ。俺も軍隊を持っているので分かりますが、軍隊の維持費は大変な額になる。この100億ドゥカートは誠意の表れのようなものです。これからの末永い取引のための」
「話がスムーズに進んで嬉しい、ミスター・アロイス。私は君を取引相手に選んで正解だったと思っているよ」
「それは何より」
これから“国民連合”はドラッグマネーで共産主義者だと思った連中全てに鉛玉を叩き込む、ギャングより性質の悪い集団を支援するのだ。そして、アロイスは多くの虐殺に関与していながら、“国民連合”政府にも“連邦”政府にもその罪を追及されない。
アロイスの人生の最初の失敗から学んだことはたくさんあった。アロイスはそこまで“国民連合”の作戦に前向きではなかった。稼いだ金がよそ様の戦争に使われる代わりに“国民連合”の庇護を受けるという意味を理解していなかったのだ。
だが、今回のアロイスは違う。彼は“国民連合”政府に協力することの意味をしっかりと理解している。それが自分の命綱になるということを。
「ですが、問題はあります。父であるハインリヒはあまり取引を快く思わないでしょう。彼はあなた方も知っての通り検事総長の立場にある。彼は“連邦”の捜査機関全てを支配下に置いていると思っている」
「そのようだね。だから、我々は君に取引を持ち掛けたのだ。君は検事総長じゃない。君の父であるミスター・ハインリヒが亡くなれば、君は“連邦”政府からその罪を追及される恐れがある。だが、“国民連合”が“連邦”に圧力をかければそのような心配は杞憂に終わるのだよ」
ブラッドフォードの言葉を正確に分析しよう。
彼はハインリヒではなくアロイスに取引を持ち掛けた。彼らはヴォルフ・カルテルのボスがハインリヒだと知っていながら、アロイスに取引を持ち掛けたのだ。
そして、ハインリヒの今の立場も知っている。検事総長の立場にあり、“連邦”の全ての捜査機関を操ることができるということを。
最後に彼らはハインリヒが死ねばハインリヒから受け取っていた“連邦”政府からの庇護をアロイスが失うことを知ってる。
その上でアロイスに取引を申し出たということを考えるとこうなる。
ブラッドフォードたちはハインリヒに早急に死んでもらい、アロイスに自分たちの庇護を受ける立場となってもらい、それと引き換えに莫大なドラッグマネーを手に入れたいということである。反共主義者たちを助けるために。
アロイスにとって父であるハインリヒは利用価値があるが、同時に邪魔でもある。生きていてくれればアロイスの代わりに罪を被ってくれる生贄の羊になるかもしれない。だが、キュステ・カルテルやグライフ・カルテル、そしてアロイスの私設軍である『ツェット』に対する態度を見る限り、死んでもらいたい。
アロイスはひとつの事実を知っている。
1度目の人生では1年後にハインリヒは執事のイーヴォとともに飛行機事故で死亡すること。いや、事故ではない。共産主義者によるテロだ。表向きは。
それからだった。ブラッドフォードのような“国民連合”政府の人間が接触してきたのは。まるでハインリヒがくたばるのを待っていたかのようだった。
今状況を整理すればあの飛行機事故は共産主義者のテロじゃない。“国民連合”のテロだ。“国民連合”としては共産主義者を非難できるし、取引に応じないハインリヒを排除し、協力するしかないアロイスを皇帝の座に据えることができて一石二鳥だ。
つまり、アロイスが有能であることを示せば示すほど、“国民連合”からの信頼を得れば得るほど、ハインリヒの死期は早まる。
「それはありがたいですね。私も父の死後のことを考えていましたから。父の死後にどうやっていけばいいのか。そちらと協力すれば、お互いにとって利益のある取引になるでしょう。俺としては歓迎したいと思います」
「そうか。こちらも共産主義との戦いが続けられて嬉しく思う」
ブラッドフォードは満足げに頷て見せた。
「ところで、この作戦には作戦名はあるのですか? それとも名無し?」
「国家安全保障会議ではこう呼んでいる」
ブラッドフォードが語る。
「『クラーケン作戦』と」
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