再び東海岸へ
本日1回目の更新です。
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──再び東海岸へ
アロイスはチェーリオが会ってほしい人がおり、その人物とは電話では話せないことがあると言われて、飛行機に乗り、フリーダム・シティを再び訪れた。
都市の活気は相変わらずだが、そこに静かに毒が浸透しつつある。
スノーパールだ。
アロイス=チェーリオ・ネットワークで東部に流れ込んだスノーパールは、5大ファミリーの残骸を再構成して作ったドラッグ密売ネットワークによって売り捌かれる。チェーリオは上手くやっている。アロイス=チェーリオ・ネットワークを最大限に活用し、末端の売人にまで目を光らせて、自分たちの関係が露見するのを防いでいる。
ヘマをしない。裏切らない。
そのふたつの約束は今のところ、守られている。
アロイスは空港で待っていたチェーリオの部下に連れられて、チェーリオの新しいオフィスに向かう。チェーリオは表向きは交易会社を営んでいることになっている。まあ、実際にドラッグを交易しているわけだが。
「今回は退屈そうだ」
「そうそう抗争があってもらっても困るよ」
マーヴェリックがぼやくのに、アロイスが苦笑いを浮かべる。
車はチェーリオの新しいオフィスの前で停まる。
オフィスは近代建築のそれで、新しいものが好きなフリーダム・シティらしさを感じさせた。この8階建てのビルが全てチェーリオの会社のビルなのは驚きだった。アロイスだってまだ地価の高いフリーダム・シティにこんなオフィスを構える金はないだろう。
「チェーリオ様がお待ちです」
とてもマフィアには見えない男がオフィスビルから出てきてアロイスたちに一礼してからそう言った。
「では、いこうか」
「いざ、ドラッグビルへ」
オフィスの中を見て、さらに不思議に思ったのは社員のほとんどが堅気の人間と思われるところだった。入れ墨なし、銃の携行なし、ゴールデンアクセサリーなし。
警備員はマフィアの人間らしく懐を膨らませていたが、それ以外は堅気の人間だ。となると、この会社はマネーロンダリング用の会社かとアロイスは見当をつける。
「チェーリオ様。アロイス様がいらっしゃいました」
「通してくれ」
最上階の一番広い部屋でチェーリオが待っていた。
「やあ、チェーリオ。久しぶりに会うね。調子は?」
「上々。儲かってる。金の使い道に苦労するぐらいにな」
チェーリオは以前のマフィアらしい白いスーツではなく、いかにも会社の上役とでも言うような茶色のスリーピースのスーツを身に着けていた。
「だが、まずはお前に謝っておきたい」
「何を?」
ヘマをしたのか? それともここに麻薬取締局の捜査官がなだれ込んでくる流れか?
「別の組織と取引した。ホワイトフレークを扱っていた連中だ」
「キュステ・カルテル?」
「そう。一度だけだが、スノーパールより売れると言われてネットワークを利用した。お前の許可なく、別のカルテルと取引したことを謝罪しておきたい」
「構わないよ。君のネットワークでもあるんだ。それにそれは俺にとってはいいニュースになるかもしれない」
「ふむ? どういう意味だ?」
「その取引したキュステ・カルテルのメンバーの連絡先などがあれば紹介してほしい。今、ヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルは冷戦状態にある。“社会主義連合国”が第五元素兵器を配備しようとして全面戦争寸前まで行った後にホットラインができたように、俺もキュステ・カルテルとホットラインを持ちたい。不幸な勘違いなどを防ぐために」
「なるほど。分かった。後で紹介する」
これはわざわざフリーダム・シティに足を運んだ甲斐があったとアロイスは心中でにんまりと笑みを浮かべた。
「それで、俺に会わせたい人ってのは?」
「場所を変えよう。デリケートな問題だ」
いちいち芝居がかっているが、アロイスには少しだけ予想ができた。
だが、まだ確信には至っていない。
あくまで憶測。もしかするとレベルの予測。
チェーリオとアロイスたちはオフィスビルを出て、スモークグラスの車に乗り込むとフリーダム・シティをぐるぐると回るように移動しながら、ホテルに到着した。
「うちの不動産のひとつだ。盗聴の心配はない」
チェーリオはそう言って、アロイスをホテル内に案内し、ホテルにいたマフィアの構成員と思しき男たちが警戒する中、エレベーターで最上階に向かった。
「まず最初に誤解がないように言っておきたいのは、俺はヘマをしてないし、裏切ってもいない。だが、向こうはお前のことを知っていた。俺のことも知っていた」
「政府の人間?」
「ああ。それもかなり上位の」
予想が確信に変わりつつある。
「だが、麻薬取締局じゃない。連中は今回の件には全く首を突っ込んでいない。東海岸でちんたら抗争の跡を調べているだけだ。証拠は完全に消した。残っているものは灰だけだ。後は苛性ソーダでできた人間のシチュー」
「食欲が失せる」
アロイスは凄惨な殺し方を1度目の人生では存分にやってきたが、人間のシチューなんてものはアロイスでも気分が悪くなる。
「ボス。お客は中でお待ちです」
「ご苦労。引き続き警戒しろ」
「了解」
チェーリオは扉の前の護衛と話してから、部屋の中に入った。
「ああ。ミスター・カルタビアーノ。こちらがミスター・ネテスハイム?」
部屋にいたのはワイバーンだった。
紺色のスーツに身を包み、ネクタイをしっかりと締めている。鱗の色などから40代前後と思われた。アロイスの偏見からすると“国民連合”のワイバーンは大抵は軍人だが、この男はそうは見えない。
「アロイスと」
「では、ミスター・アロイス。私はブラッドフォード・ブレアム。お互いに誤解のないようにしておこう。私は君たちの犯している法について追及する立場にはない。私の公の身分は国家安全保障問題担当大統領補佐官だからだ」
「国家安全保障? ドラッグとの戦争でも始めるおつもりで?」
「いいや。言ったが私は君たちの法律への些かの解釈の違いについて文句を言いに来たわけではない。私は君たちと友になりに来たのだ。ともに共産主義の脅威と戦うための友として君たちと手を結びたいと思っている」
アロイスの中の予想や憶測は完全な確信へと変わった。
「つまり、こういうことですか。『ドラッグとの戦いはおいておこう。それよりもドラッグを扱っている連中と手を組んでドラッグより性質の悪い共産主義を叩こう』と?」
「その通りだ、ミスター・アロイス。我々は手を結べると考えている」
ブラッドフォードはそう言って、アロイスの反応を見た。
「我々は何をすれば?」
「西南大陸で共産主義勢力が跋扈しているのはニュースでも知っていると思う。西南大陸は“国民連合”の裏庭だ。君には悪いが“連邦”もまた“国民連合”の裏庭である。にもかかわらず、共産主義者たちが“社会主義連合国”の支援を受けて、ゲリラとして活躍し、終いには武力で国家を乗っ取るようなことが起きている。由々しき事態だ」
ブラッドフォードはそこで言葉を区切る。
「だが、議会は植民地主義的だとして、各地の反共勢力を支援することに後ろ向きだ。それでも我々は反共主義の戦士たちを支援しなければならない。分かると思うが、戦争には金が要る。議会が承認しないなら、別の方法で資金を調達するしかない」
「それで我々に資金的援助を、と?」
「その通りだ」
ブラッドフォードはそう言って満足げな笑みを浮かべた。
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