ドラック・エンパイア
本日1回目の更新です。
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──ドラック・エンパイア
一連のドラッグ取引を巡る抗争は終わった。
カルタビアーノ・ファミリーは勝利し、5大ファミリーの生き残りはカルタビアーノ・ファミリーの傘下に入り、ドラッグ取引を始めた。
新たなる密売ネットワークがここに完成した。
アロイス=チェーリオ・ネットワークの完成だ。
アロイス=ヴィクトル・ネットワークが西海岸を、アロイス=チェーリオ・ネットワークが東海岸を。それぞれ支配する。ドラッグはネットワークを通じて行き渡り、ハインリヒを介さない新しいネットワークはアロイスの巨大な収入源となった。
これで軍隊が養えるとアロイスは思った。
軍隊が消費する大量の武器弾薬も、軍隊の兵士たちの給与も、任務に対する特別ボーナスも、全て支払い可能だ。アロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークがもたらす富は月に100億ドゥカートを超える。
チェーリオはヴィクトルよりプロフェッショナルだった。
彼もヴィクトル同様に警官を買収していたが、より高レベルの警官を買収していた。高い階級にいて、高い情報収集の力を持った警官。それがチェーリオたちに情報をもたらす。ここまでは捜査の手が及んでいる。ここから先は大丈夫、と。
それによれば、西海岸でしくじって同僚を殺された麻薬取締局の捜査官が東海岸に来ているとのことだった。
フェリクス・ファウストだ。
アロイスはチェーリオからの伝言を聞いて思う。
彼は既にフリーダム・シティを離れ、“連邦”に戻っていた。
彼は“国民連合”の西部にも東部にもドラッグを輸出している。ノルベルトは正しい方を選択した。ハインリヒという年老いた皇帝よりも、もっと重要な若きプリンスに投資することにしたのだ。
スノーパールはハインリヒの意図を無視して、アロイスに5ミリグラム20ドゥカートで売り払われ、若きプリンスであるアロイスはそれを100ドゥカートでヴィクトルとチェーリオに売却する。
ブランド物のスノーパールはより高値で売られる。ノルベルトは5ミリグラム30ドゥカートでアロイスに品質管理され、高度に精製されたブランド品のスノーパールをアロイスに売り、アロイスは300ドゥカートでそれをヴィクトルとチェーリオに売る。
ブランド品は数は限られるが、高利潤の商品だ。たっぷり売りすぎてはいけない。品数は少なければ希少価値が生じる。ドラッグの稀少価値。金持ち連中は大金を払ってブランド品のドラッグを買う。それが稀少価値があるが故に、よりぶっ飛ぶために。
若きプリンスはこの利益を生み、将来の安寧をもたらす取引が妨害されることを好まない。麻薬取締局が捜査に乗り出したなどというのは不快なメッセージに他ならない。
『どうすればいい?』
「そっちは上手くやっている」
『そうか? 俺たちの方にまで捜査の手は及ばないと言えるか?』
「ああ。君らは生贄の羊を準備した。かつての5大カルテルの生き残り。搾りかす。それを使って間接的に取引を進めている。正直、賞賛に値するよ。ここまで組織的に取引できる相手と大規模な取引ができるのは幸運だ」
『だが、麻薬取締局だぞ?』
「彼らが何か目立った功績を上げたことがあるか? せいぜい、おとり捜査でちんけな末端の売人を何人か捕まえたぐらいだ。その程度では我々のネットワークには傷はつかない。ただし、末端の売人たちには教育をしておくべきだ。誰が飼い主なのかを」
『理解した。そうしよう』
「そのように」
『ところで、もう一度こっちに来れないか?』
「どうして?」
『お前に会いたいという人間がいる』
会いたいという人間?
アロイスは首を傾げる。
アロイスに用があるのはせいぜい麻薬取締局ぐらいのものだろう。他にどんな人間がアロイスに興味を持っているというのだ。
「政府の人間か?」
『会って話そう』
チェーリオはそれで電話を切った。
「フリーダム・シティ市警が動いている状況で、その上、麻薬取締局まで動いているのにフリーダム・シティで会おうか。よっぽどのことだな」
アロイスは心当たりが全くないわけではなかった。
だが、連中が接触してくるのはもっと遅かったはずだとも思う。
「若旦那様」
精製施設の備え付けの電話を切った時、ノルベルトがやってきた。
「どうした?」
「ボスがお呼びです。急用だそうで」
「分かった。今行く」
アロイスはノルベルトの運転する車の後部座席に座った。
ノルベルトの車には妖精通信を備えている。妖精通信はまだ小型化が進んでおらず、大きな設備が必要になる。車になら搭載できるが、個人が持ち運べるようになるのは、まだ数年先の話である。
アロイスは車に乗ったまま考える。
チェーリオが本当に会わせたい人間は誰だ? “国民連合”の人間ならそいつはどこの所属の人間だ? 犯罪組織? それとも警察? あるいは麻薬取締局?
チェーリオとは約束した。お互いにヘマをしない。裏切らない、と。
アロイスは自分が不自然な死を迎えたら、アロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークの全ての関係者を暴露する文章を発表するようにしている。その中にはハインリヒがヴォルフ・カルテルという帝国の皇帝であることも記載されている。誰が殺しても、全員が地獄行き。これぞ保険だ。
彼は自分がハインリヒに殺される可能性にも備えている。
親子の亀裂は大きくなるばかりだ。日和見していたノルベルトがアロイスの側についたこともハインリヒを苛立たせていた。
皇帝には多額の上納金が支払われる。だが、全てが思い通りにはならない。
若いプリンスは皇帝の意向を無視して軍隊を作った。これが古の帝国であれば、それは皇帝への反逆の意志ありと見なされておかしくない行為である。軍隊を組織することは、近代的な国家への価値観からすれば、自分の国家を持つということを意味する。
帝国はいくつもの国家がひとつの皇帝の下に統治されている国家の形態である。かつてのエリティス帝国がそうであったように、かつてのドラコ帝国がそうであったように。
だが、帝国は分裂の危機を常に抱えている。
純粋な利権の問題。政治的問題。種族的問題。地理的問題。
だから、エリティス帝国から“国民連合”も“社会主義連合国”も相次いで独立し、エリティス帝国は砕け散り、その残滓がエルニア国として残るのみとなった。
ドラコ帝国も各有鱗族たちが共同統治する民族主義的スクアーマル大共和国となり、ドラコ帝国は地上から消滅した。ドラゴンの威信は失墜し、祖国を追われた支配階級であったドラゴンたちと軍人階級であったワイバーンが“国民連合”に亡命した。
帝国とはかくも脆く、常に内部に問題を抱えていると言っても過言ではない。
ハインリヒのヴォルフ・カルテルという名の帝国も分裂の危機を迎えている。
アロイスは帝国を分裂させるつもりはないが、そのような動きを見せている。そして、ヴォルフ・カルテルの事実上の従属国であるキュステ・カルテルはヴォルフ・カルテルへの敵意を次第に高め続けている。ヴォルフ・カルテル内部でもキュステ・カルテルとヴォルフ・カルテルが正面衝突すればどちらに付くべきかを考えている人間が山ほどいる。
我らが帝国はどうなるんだろうなとアロイスは思った。
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