5-4=1
本日1回目の更新です。
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──5-4=1
チェーリオが指定した講和会議の場はリクリア島の港にある倉庫だった。
通常5大ファミリーの集まる会合ではホテルなどが指定される。それがマフィアたちの富を示す場であったし、何よりホテルではあまり荒っぽいことはできない。安全策のひとつだったわけである。
だが、それでも5大ファミリーの幹部たちは応じるしかなかった。
このまま抗争を続ければ、自分たちは完全に潰されてしまうのだ。そうであれば苦汁をなめてでも、生き残りを図らなければならない。
5大ファミリーはカルタビアーノ・ファミリーの出す条件を全て認めるつもりだった。その代わり、自分たちのファミリーの存続も認めてもらうつもりだった。彼らはファミリーの存続のために会合に応じるのであり、それが最低条件だった。
チェーリオは交渉次第では応じると事前に返答しており、それが5大ファミリーの幹部たちに期待を抱かせた。
そして、会合の日がやってきた。
「いよいよだね」
「ああ。これで俺たちはビジネスを本格的に始められる」
アロイスが倉庫の壁にもたれかかって言うのに、チェーリオは拳を握り締めた。
「東部はいい市場になる。期待している」
アロイスにとっては5大ファミリーの抗争はどうでもよかった。ただ、ドラッグを扱うのがチェーリオしかいなかったために、抗争に手を貸しただけだ。アロイスが望むのは自らの平穏のみであり、それ以外のことは二の次だった。
しかしながら、アロイスにも少しばかり思うところがあった。
チェーリオはアロイスと同じような境遇なのに、彼は身の保身ばかりを考えていない。アグレッシブに行動し、勝利を勝ち取ろうとしている。消極的というよりも、野心のないアロイスにはそれが不思議だった。
親の家業を継ぐことにそこまで熱中できるものなのだろうか?
親の罪を子が背負うことに苦痛はないのだろうか?
どうしてそんなに大きな野心を持てるのだろうか?
「お客さんだよ」
そして、アロイスがそんなことを考えていたとき、マーヴェリックが報告に来た。
「だ、そうだ。邪魔者は消えた方がいいか?」
「いいや。いてくれ。最後まで見届けてくれ」
5大ファミリーの幹部たちがひとりひとり車から降りてボディチェックを受ける。
チェーリオにとっては笑いの止まらない話であった。
ついこの前はチェーリオのドラッグビジネスを認めないと喚いていた老人たちは綺麗さっぱりいなくなり、その後任たちは逆にチェーリオに許しを求めているのだ。これが笑えなくて何が笑えるというのだろうか。
「皆さん。この度は私の主催する会合にお集まりいただきありがとうございます。顔ぶれもかなり変わったようですね」
そう言われて、5大ファミリーの幹部たちは眉を歪めた。
顔ぶれが変わったのはお前が民間人も何もかも区別せず、殺しまわったせいだろうと言いたかったが、そんなことを言って、この場で主導権を握っているチェーリオの機嫌を損ねたくはなかった。
「顔ぶれが変わったように時代も変わったのです。今時、恐喝やみかじめ料程度では組織を維持できない。もっと挑戦するべきだ。新しいビジネスに。つまりはドラッグビジネスに挑戦するべきなのだ」
「我々はカルタビアーノ・ファミリーのドラッグビジネスを認める。異論はない」
チェーリオが宣言すると、会合に出席している5大ファミリーの幹部のひとりがそう言って頷いた。
5大ファミリーはもうカルタビアーノ・ファミリーのドラッグビジネスに干渉しない。そのことは既に全てのファミリーの間で同意が取れていた。
「言いませんでしたか? 時代は変わったのだと。これから我々のファミリーだけではなく、全てのファミリーでドラッグを扱うのです。自分たちだけは手を出さず、麻薬取締局にカルタビアーノ・ファミリーを売ろうと考えている人間がいないとも限りませんからね。十字架は全員で背負おうではありませんか」
「しかし……」
「異論はなしだ。既にそちらの若い連中とは話が付いている。上の年寄りどもにはご退場願い、新しい世代で新しい秩序を築いていくのだと。我々こそが本当の意味でフリーダム・シティを支配するのだと」
チェーリオが両手を大きく広げるのが合図だった。
護衛役について来た男たちが自分たちの幹部の頭をテーブルに押し付け、そこに拳銃を向ける。銃口がこめかみに突き当り、幹部たちが顔面を蒼白とさせる。
「話が違う!」
「いいや。5大ファミリーは残る。カルタビアーノ・ファミリーを頂点とし、4つのファミリーが隷属する。ともに若い世代がドラッグを売り捌き、ファミリーは繁栄していくのだ。俺はファミリーは存続させると言ったが、あんたたち年寄りを始末しないとは言ってない。だろ?」
チェーリオの視線がアロイスに向けられる。
アロイスは肩をすくめ、哀れな処刑寸前の幹部たちを見渡した。
「紹介しよう。我々の新しいビジネスパートナーのアロイス・フォン・ネテスハイムだ。彼が巨万の富をもたらしてくれる。彼と手を組むことに最初から反対せず、協力していればこんなことにはならなかったんだがな」
「我々家族のようなファミリーよりよそ者のスノーエルフとサウスエルフの混じりものを信じると言うのかっ!」
「家族のようなファミリー? あんたらは俺のファミリーが危機的なときに何をしてくれた? あんたらが俺の部下を何人殺してくれた? そうだな。俺たちは家族だ。似た者同士の叔父と甥だよ。血の繋がりを感じるね。この有様には」
チェーリオは明らかにこの状況を楽しんでいるなとアロイスは思った。
とことん屈辱を味わわせたいのだ。これまで自分を若造と舐めていた年上の世代に。連中に屈辱の味をしっかりと味わわせ、自分はこれからの5大ファミリーの主導権を握り、同じような若い世代とともに繁栄していく。そのことを見せつけたいのだ。
歪んでいる。コンプレックスの持ち主だったのだろう。恐らくは父親が殺されたときから彼は復讐の機会を待ち望んでいたに違いない。
「どうだ、爺ども! 俺は俺の帝国を作るぞ! このフリーダム・シティに! 富と権力が集まるこの都市を支配するのはこの俺だ! お前たちは墓場の中でめそめそと泣いているがいい! 俺たちが偉大なる帝国を作る音を聞き、自分たちが忘れ去られるのを知り、ただただ捨てられた娼婦のように泣いているがいい!」
チェーリオ劇場は最高の盛り上がりを見せた。
押さえつけられた幹部たちは何も言えず、ただただ青ざめている。押さえつけている護衛たちはチェーリオに羨望の混じった視線を向けている。
「さあ、ギロチンの刃を下ろせ。革命のときだ」
「やめ──」
計3発の銃声が立て続けに響いた。
5大ファミリーのうち3名の幹部は頭から血を流し、机からだらんと手を下ろしている。だが、ひとりはまだ生きていた。
「全員、殺すんじゃなかったのか?」
「ああ。殺す。だが、その前にそちらの覚悟のほどを知りたい。俺たちはスーパーマーケットじゃない。ドラッグを扱うことになる。それはいくつもの法にも触れるし、スーパーマーケットでキャンディーを売るのとは訳が違う」
「それはそうだ」
生き残ったひとりの幹部が椅子を蹴られて地面に転がされ、護衛の手でアロイスとチェーリオの前に跪かされる。
「お前がやれよ、アロイス。俺に覚悟を示せ」
そう言ってチェーリオはアロイスに魔導式拳銃を手渡した。
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