密売と軋轢
本日2回目の更新です。
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──密売と軋轢
何度か小規模輸送を繰り返して、アロイスは倉庫でチェーリオに商品であるスノーパール100キログラムを渡した。
最初はサービス。これで儲けを得たら、次からは代金を支払ってもらう。
「これっぽちのドラッグが、400ドゥカートで売れるのか……」
「肝心なのはヤク中がまた薬を欲しがるようにしておくことだ。決してオーバードーズで死体にするのではなく、ヤク中からは搾り取れるだけ搾り取らなければならない」
「つまり、これはヤク中がオーバードーズを引き起こさない程度の量だと?」
「人によるけれどこれ以上になると危険だ。それから助言だが、商品に手を出さない方がいいよ。碌な結末を迎えない」
「肝に銘じておく」
ドラッグの売人でドラッグに手を出す奴は馬鹿だ。三流だ。本当に利益を享受している人間はドラッグなどに手を出さない。
「ブランド品のドラッグは?」
「流石にそれはサービスできない。金を作って買ってくれ」
ブランド品のドラッグまでサービスするほどアロイスはお人よしではない。
「まあ、いい。まずはこれを捌き切ろう。フリーダム・シティの中だけでも捌き切れそうだが、リスクは分散させるべきだろうな」
「そこは任せる。だが、約束してくれ。お互いヘマはしない。裏切らない」
「約束しよう。ヘマはしない。裏切らない」
アロイスは恒例の約束を交わす。
「それでは吉報に期待している。次の会合は2週間ほど先でいいか?」
「ああ。それまでには捌き切れる」
それではお手並み拝見といこう。
チェーリオはまず目標に選んだのは労働階級の人間たちだった。今のご時世、労働階級は苦労している。夢を見るような余裕はない。労働に次ぐ労働。資本主義陣営でも、共産主義陣営でも、労働者は力のない存在だった。
チェーリオはそんな労働階級に比較的安値でドラッグを売り払った。効果は絶大だった。夢を見ることもできない労働階級はドラッグを使用しているときだけは、夢を見ることができたのである。
労働階級にドラッグが行き渡ると、次は金融街の証券マンなどを相手にしてドラッグビジネスを続けた。高給取りだが、ストレスの多い職場で働いている金融街の住民たちは、仕事の辛さから逃れるためにドラッグを購入した。
誰もがスノーパールを叩き割り、水を少し含めて加熱し、それを注射器で吸い上げて、自分の腕に注射する。もっとカジュアルにやりたければ、鼻から粉末を吸うという方法もあった。大抵の人間は後者のやり方で、より深刻なヤク中は前者のやり方を選んだ。
何はともあれ、ドラッグは売れている。
チェーリオたちは瞬く間100キログラムのドラッグを捌き切った。
だが、誰もがドラッグビジネスを快く思っているわけではなかった。
5大ファミリーのボスたちはカルタビアーノ・ファミリーがドラッグビジネスに手を出したと聞いて激怒した。直ちに制裁を加えるべしとして、ドラッグの売人を拷問してから殺害した。
これに反応したのは他でもないチェーリオだった。
チェーリオは年寄りたちが自分の取引の邪魔をしているとして、5大ファミリーの庇護下にある商店に向けて火炎瓶を投げ込むなどして報復に走った。
この暴力の連鎖は瞬く間にエスカレートした。
売人が殺されてゴミ捨て場に捨てられ、一方の5大ファミリー側はみかじめ料を収めてる商店が攻撃を受け、加えてドラッグの売人を拉致しようとしたところを待ち伏せされ、自分たちの部下が拷問されてゴミ捨て場に捨てられるようになった。
抗争の勃発である。
5大ファミリーのボスたちはこれ以上は警察の介入を招くとして、チェーリオを会合に参加するように呼びかけた。
チェーリオは自分のメッセージを持った人間を送り込むだけで出席はしなかった。会合が死刑執行の場にならない保証はないのだ。
チェーリオのメッセージを受け取った男は伝える。
「我々はドラッグビジネスを続ける。他のファミリ-にも参加の機会を与える。5大ファミリーがこのまま惨めに歴史から消えるか、それとも今の苦境を生き延びるのかはドラッグにかかっている。自分はドラッグビジネスを決して止めない」
それを聞いた5大ファミリーのボスたちは怒り狂った。
「若造め!」
「ドラッグを扱えば政治的庇護はなくなるんだぞ!」
5大ファミリーのボスたちは激怒した。
そして、この問題を解決するためにはカルタビアーノ・ファミリーを潰すしかないと判断した。他のどのような手段でも不十分だ。5大ファミリーを虚仮にし、ドラッグビジネスを続けるカルタビアーノ・ファミリーは危険だ、自分たちに影響が及ぶ前に排除しなければならない。
かくして、カルタビアーノ・ファミリー対カルタビアーノ・ファミリーを除いた5大ファミリーの衝突が発生した。
ヒットマンが魔導式短機関銃を車から走行しながら乱射し、カルタビアーノ・ファミリーの構成員を殺す。そうされれば、チェーリオは相手の幹部の家族を拉致し、惨殺して体のパーツを幹部に送りつける。
まさに血で血を洗う戦いが繰り広げられた。
「援軍を頼みたい」
そう、チェーリオがアロイスたちに申し出たのは抗争が始まってから3日後のことだった。カルタビアーノ・ファミリーは劣勢。それもそうである。相手はフリーダム・シティを牛耳るマフィアたちだ。その組織力は極めて高い。
「いいよ。手伝おう。とはいっても手を貸すのは、俺じゃなくてこのふたりだけれどね。準備はいいかい、マーヴェリック、マリー」
「凄くワクワクしてるよ」
マーヴェリックは今にも暴れ出しそうなほどにうずうずしていた。
「しかし、抗争と言ってもお互いを完全に潰し合うまで行うのか? 末端の人間からトップに至るまで全て叩き潰すのは勝利条件? それだと些か長引くし、警察の目も引く。もっとスマートに終わらせられないかな?」
「幹部たちを暗殺するというのは手だろう。ボスの首が取れればなおいい。マフィアも指揮系統を失えば、組織力を失い、ただのチンピラと変わらなくなる。武器は手に入らないし、そもそも何をしろって命令も下らないからな」
「では、俺たちは幹部連中を狙うとしよう。幹部をひとりずつ仕留め、連中が講和の場につくことを強制する。そこで講和してもいいし、裏切って皆殺しにしてもいい。とにかく、交渉のテーブルには付けさせよう」
「助かる。だが、今のボスや幹部たちは身の周りを厳重に固めている。何せ、抗争の真っただ中だからな。迂闊に近づけば、民間人でも蜂の巣だ。警官たちも今は抗争を見てみぬ振りをしている」
「そちらの抱え込んでいる警官は?」
「ある程度はいる。だが、連中を抗争に巻き込むのは無理だぞ。連中はこういうだろう。『俺たちがそこまでする義理はない』と」
「だが、捜査は遅らせたり、証拠を隠滅したりすることはできる?」
「できる。その程度ならば」
「ならば、問題はない」
今ここにアロイスがいて、抗争に関わったという記録が残っては困るのだ。アロイスは今のうちから追われる身になるのはごめんだった。
チェーリオの抗争の件は手伝うが、自分が表に立つのは断る。これはあくまでチェーリオの戦争だ。アロイスたちはビジネスパートナーの観点から手伝いはするが、そこまでだ。それ以上のことはしない。ヴォルフ・カルテルとしては参戦しない。
「では、君の戦争をちょっとばかりお手伝いしよう」
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本日の更新はこれで終了です。
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